上 下
271 / 294
Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち

109.ハビス羊牧場

しおりを挟む

 牧場に就くと、ハビスさんはすでに待っていた。そうだよね、寝坊したもん。

「すみません、寝坊しました」
「いいえ、連日の騒ぎでお疲れでしょう。どうぞ、こちらへ。チーズがお好きとお聞きしておりますので、幾らか用意してあります」

 硬めの大きなチーズ、氷室から出してきたというナチュラルチーズ系のものがいくつか。
「燻製すれば、旨味が出て長持ちするという話を聞きましてな、試してみたのがこれです」

 試したというだけあって、小さい物がコロコロとお皿に盛られている。一口サイズでおやつ感覚だ。

「この燻製機を発案されたのもフィオリーナ様だとお聞きしました」
「いえ、発案した訳では⋯⋯ あの、生まれ故郷にあったものなので、お教えしただけです」

 キャベツやメディ菜、ブロッコリーに似た花蕾もあったので、細かく千切って耐熱トレーに載せ、チーズをかけて、竈に入れた。
 程よく蒸し焼きになった物を取り出してもらう。

 シーグが熱がりながらもバクバク食べる。

「ちょ、シーグ、ちょっとは遠慮したら?」
 思わずそう言ってしまうくらい食べるのだ。
「そうは言っても、一昨日は犬の餌だったし、昨日はノドルでキノコと魚ばっかりだったからさ」
「いいですよ、収穫祭の醍醐味でもありますからな。それに、フィオリーナ様のおかげで今年はどこも例年にない大豊作でしたから。この野菜も、分けていただいたものですからお気になさらず」

 腹ごしらえが済むと、羊の毛刈り後の毛を洗ったりウール糸として紡いだりする加工場を見学する。

「羊毛にご興味がお有りかな?」
「毛織物も、ウールやフェルト糸、ムートン、お肉としてのマトンやラム、チーズやヨーグルト、角の加工品、どれも素晴らしくて⋯⋯
 内臓だって腸詰めに出来るし、こうしてみると無駄がないですよね?」
「そうですね。フィオリーナ様の知識があれば、もっと発展しそうですしね。カインハウザー様との話で、来年からは牛を扱う予定ですし、今後もよろしくお願いします」

 これは、ラノベによくある異世界知識チートとかってやつになるのかしら。
 魔法が便利に発展した世界は、魔法を使わない技術や科学に目を向ける機会が少ないのだろう。工夫して誰でも使える技術の発展という点が薄いのだ。

 とても風味のいいナチュラルチーズを分けてもらい、領主館へ持ち帰る約束をして、毛織物やウールなどの加工場も見学する。今は収穫祭で休業中だったけれど、器具や羊に触れて、とても楽しい時間を過ごした。
 牧羊犬をやると言っていたシーグは、冗談ではなかったのか、人型のまま、睨みを効かせて羊の群れを移動させていた。

「牧羊犬ってそうやるんじゃないと思うけど⋯⋯」
 群れからはみ出る子を、吠えて戻したり、群れの移動先がズレそうなら回り込んで調整したり、動く事でコントロールするものだと思う。

「言うこときかせられるんならなんでもいいだろ」
「いやいや、慣れた者でも、気をそらす羊たちを扱うのは難しいのに、すごい才能ですな」

 違います。魔力を載せた威圧で、ビビらせて操っているだけです。普通じゃないです。
 羊たちも、コイツの言うことを無視したらヤバいって、本能で従ってるだけですよ。とは言えなかったし笑って誤魔化したけど、ハビスさんは本気で感心していた。

「ああいうのなら、俺でも出来そうかな」
 ここではどうかわからないけど、私の(地球での)常識だと、羊飼いの見張り番って子供の仕事だったような。近所数件分の羊を受け持ったり。
 或いは、ヨーロッパの山岳地方とかだと、全くの放置で草地に放し飼いで、定期的に回収してるだけのとこもあったかな。
 いずれも、本やテレビの紀行番組とかの、偏った知識の破片だけど。

「シーグはああいう仕事がしたいの?」
「別に。シオリの近くで一緒に働きたいだけだ。カインハウザーのおやつ番を続けるなら、領主館で手伝える事を探す」

 気持ちは嬉しいけれど、私ありきの仕事の探し方では、仕事についても長続きしないんじゃないかと心配になる。

「まあ、一番いいのは、どこかに小さな家を建てて、シオリが好きなら羊を飼って、畑も作って、自給自足で暮らすのがいいな。お金は必要な時だけ、萬屋に行けばいいし、シオリには蜂蜜の販売もあるだろう?」

 たしかに、ここで拾われた最初の目標は、誰の目にも触れず、ゆったりと隠れ暮らすことだった。
 でも、色んな人たちと知り合って、関わりを持った今、それらのすべてを捨てて行く事も、受けた恩を返さずに離れる事も躊躇ためらわれた。

「シオリの好きにしていいんだ。俺は、それに合わせる。普通の人間たちより丈夫で力もあるから、そういう方向ならなんにでもなれるさ」

 まあ、その内、彼もやりたいことが見つかるかもしれない。

 そう思っておくことにした。

 毛織物の機織機は結構複雑で、私には直ぐには出来ないような気がした。ただ織るだけなら、練習すればすぐにでも出来そうではあるけれど、柄を考えて糸を組んだり、失敗部分を直したり、複雑な事を覚えるのは時間がかかりそうだった。

「そりゃあそうさ。あたしらも、子供の頃からおっかさんに習って、何年もやってきて、この年になってやっと、自分の考えたデザインで織れるようになるんだからね、いちんちふつかで出来るようになられちゃ、こっちも立つ瀬がないよ」

 私に機織り仕事の説明をしてくれるのに来てくれていた女性が大笑いをしてくれた。笑い飛ばしてくれてよかった。生意気なことを言ったと反省したけれど、相手によっては莫迦にされたと怒ったかもしれない。

「ちっさな花瓶敷きやランチョンマットくらいから始めるなら、教えてあげるからいつでもおいで」

 時間を取らせたことを感謝して礼を述べ、おみやげのチーズを抱えて、帰路につく。

 ああいう仕事もいいとは思うけれど、やりたい事とはちょっと違うかな。

 シーグは、来た時と同じように、門から離れた場所で壁を飛び越え、向こう側で待ち合わせる。
 北門は、出入りする巡礼者も落ち着いたようで、順番待ちすることなく街に帰れた。

 魔獣や闇落ち魔怪などがいる世界だから、どこも城壁のある囲われた街になる。その壁は高く、大都市や街が隣り合う地より、こうした自然に近いところほど、壁は厚く、強固になっていく。

 元々は砦だった領主館の城壁は、建物一軒分くらい厚みがあり、実際、二階の高さより上には、中に通路や部屋もあるらしく、見たことはないけれど、砦だった頃、大砲や、沸き立つ湯を流すための釜などが設置されているらしい。
 今は、砦壁の建つ丘の下に領民の街が出来たので、街に向かってそれらが使われることはない。
 でも、この街壁には、国境に向かって大砲を出す穴や、壁の上を歩けるようになっていて、定期的に釜や篝火を焚く台が設けられている。

 それは、南門──大神殿がある方角にも、当然あるのだ。







しおりを挟む
感想 112

あなたにおすすめの小説

わたくし、お飾り聖女じゃありません!

友坂 悠
ファンタジー
「この私、レムレス・ド・アルメルセデスの名において、アナスターシア・スタンフォード侯爵令嬢との間に結ばれた婚約を破棄することをここに宣言する!」 その声は、よりにもよってこの年に一度の神事、国家の祭祀のうちでもこの国で最も重要とされる聖緑祭の会場で、諸外国からの特使、大勢の来賓客が見守る中、長官不在の聖女宮を預かるレムレス・ド・アルメルセデス王太子によって発せられた。 ここ、アルメルセデスは神に護られた剣と魔法の国。 その聖都アルメリアの中央に位置する聖女宮広場には、荘厳な祭壇と神楽舞台が設置され。 その祭壇の目の前に立つ王太子に向かって、わたくしは真意を正すように詰め寄った。 「理由を。せめて理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」 「君が下級貴族の令嬢に対していじめ、嫌がらせを行なっていたという悪行は、全て露見しているのだ!」 「何かのお間違いでは? わたくしには全く身に覚えがございませんが……」 いったい全体どういうことでしょう? 殿下の仰っていることが、わたくしにはまったく理解ができなくて。 ♢♢♢ この世界を『剣と魔法のヴァルキュリア』のシナリオ通りに進行させようとしたカナリヤ。 そのせいで、わたくしが『悪役令嬢』として断罪されようとしていた、ですって? それに、わたくしの事を『お飾り聖女』と呼んで蔑んだレムレス王太子。 いいです。百歩譲って婚約破棄されたことは許しましょう。 でもです。 お飾り聖女呼ばわりだけは、許せません! 絶対に許容できません! 聖女を解任されたわたくしは、殿下に一言文句を言って帰ろうと、幼馴染で初恋の人、第二王子のナリス様と共にレムレス様のお部屋に向かうのでした。 でも。 事態はもっと深刻で。 え? 禁忌の魔法陣? 世界を滅ぼすあの危険な魔法陣ですか!? ※アナスターシアはお飾り妻のシルフィーナの娘です。あちらで頂いた感想の中に、シルフィーナの秘密、魔法陣の話、そういたものを気にされていた方が居たのですが、あの話では書ききれなかった部分をこちらで書いたため、けっこうファンタジー寄りなお話になりました。 ※楽しんでいただけると嬉しいです。

知らない異世界を生き抜く方法

明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。 なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。 そんな状況で生き抜く方法は?

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

みんなからバカにされたユニークスキル『宝箱作製』 ~極めたらとんでもない事になりました~

黒色の猫
ファンタジー
 両親に先立たれた、ノーリは、冒険者になった。 冒険者ギルドで、スキルの中でも特に珍しいユニークスキル持ちでがあることが判明された。 最初は、ユニークスキル『宝箱作製』に期待していた周りの人たちも、使い方のわからない、その能力をみて次第に、ノーリを空箱とバカにするようになっていた。 それでも、ノーリは諦めず冒険者を続けるのだった… そんなノーリにひょんな事から宝箱作製の真の能力が判明して、ノーリの冒険者生活が変わっていくのだった。 小説家になろう様でも投稿しています。

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

家族はチート級、私は加護持ち末っ子です!

咲良
ファンタジー
前世の記憶を持っているこの国のお姫様、アクアマリン。 家族はチート級に強いのに… 私は魔力ゼロ!?  今年で五歳。能力鑑定の日が来た。期待もせずに鑑定用の水晶に触れて見ると、神の愛し子+神の加護!?  優しい優しい家族は褒めてくれて… 国民も喜んでくれて… なんだかんだで楽しい生活を過ごしてます! もふもふなお友達と溺愛チート家族の日常?物語

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

転生した愛し子は幸せを知る

ひつ
ファンタジー
 宮月 華(みやつき はな) は死んだ。華は死に間際に「誰でもいいから私を愛して欲しかったな…」と願った。  次の瞬間、華は白い空間に!!すると、目の前に男の人(?)が現れ、「新たな世界で愛される幸せを知って欲しい!」と新たな名を貰い、過保護な神(パパ)にスキルやアイテムを貰って旅立つことに!    転生した女の子が周りから愛され、幸せになるお話です。  結構ご都合主義です。作者は語彙力ないです。  第13回ファンタジー大賞 176位  第14回ファンタジー大賞 76位  第15回ファンタジー大賞 70位 ありがとうございます(●´ω`●)

処理中です...