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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち
85.久しぶりのハウザー①
しおりを挟むシーグは、唸りこそしなかったものの、噛みつかんばかりの鋭い目で私達を見上げる。
そう、私はまだ、カインハウザー様のお父さん抱っこからおろしてもらえてなかった。
「あの、もう大丈夫です。自分で歩きますから⋯⋯おろしていただけますか?」
確かに、右に左に前に後ろに高く低く、縦横無尽に走るシーグに、振り落とされないようしがみついていて、肩も首も背中もガチガチだったし、帰って来られた、カインハウザー様のお顔を見られたと思ったら、足に力は入らなかったし、全身が小刻みに震えてはいたけれど、ドルトスさんの懐かしい軽口を聞いてホッとしたら力は抜けたし、もう大丈夫だと思う。
抱き上げて、私の生存を首の付け根や肩に触れることで確認していたし、背を支えることで、震えてたのはバレてるとは思うけど、その震えが止まっているのも、わかっているはず。
「そうだね。この抱き方は『お父さん抱っこ』と言うのだっけ? 数日後に成人するレディに対して失礼だったね」
爽やかに微笑みながら腰を落とし、そっと私のつま先が地につく高さにしてくれる。
「ああ、ハウザーの地。やっと⋯⋯」
帰って来られたという実感に、恐怖や疲れとは違う、喜びの震えに手に力が入る⋯⋯る、け、ど?
「おおっと、ほら、まだだめじゃないか」
足には力は入らなかった。
地面に崩れ落ちる前に横から掬い上げるように背と膝裏を支えられ、お父さん抱っこの縦抱きとは別の意味で恥ずかしい横抱き──お姫様抱っこで拾い上げられた。
『カインハウザー!! 領主だと思って黙ってたら、何勝手に人の番いに手を出してんだ! シオリを抱き上げていいのは俺だけだぞ!』
「あ、だめ! 堪えて!! 後でちゃんと話すから、まだ我慢して」
シーグのまわりに揺らめきたったオーラのような魔力。アレが輝き出したら、人型に転身する前触れだ。
『なんでだよ!!』
「ここはカインハウザー様の領地で、私は領民だけど、あなたはまだ木札もない森の住人なの。ちゃんと領民になる手順を踏まなくちゃ」
そもそも、人間であることを誰も知らないのだ。
まずは、カインハウザー様にご理解いただいてから、ちゃんと、将来、私の伴侶として共に暮らすことをお許しくだるようにお願いしなくちゃ、今のシーグは不法滞在者になってしまう。
領民として許可をいただく前に、犯罪者にするわけにはいかない。
この世界では、木札を持たない人間は、あちらの無国籍児のような特殊事情のある人くらいで、貧民街に暮らす家のない人ですら、必ず持っているものだから。
所持していないという事は、不法滞在者として、国外退去や投獄しての処罰の対象になり得るのだ。
現状、いきなり青年姿で歩いていたら、ただの怪しい人になってしまう。
「後で、シーグについて話がある、と言う事でいいのかな?」
「はい。まずは、この騒動の事からですが」
「そうだね。それは、聞かせて欲しいかな」
結局、お姫様抱っこのまま、不機嫌に鼻面にシワを寄せたシーグを引き連れて、領主館に戻る事になった。
領主館につくと、跳ね橋の当番のお爺さんも、庭師のオジサンも皆、おかえりなさいと声をかけてくれる。
カインハウザー様に横抱きに抱えられている事については、だれも突っ込まない。突っ込まれても困るからいいんだけど。
本館の玄関口で、アリアンロッドとリリティスさんが待っていた。
そうか。アリアンロッドが姿を消したのは、フィリシアに任せたのもあるけど、カインハウザー様に報せに行ってくれてたのね。
「シオリちゃん、おかえりなさい」
駆け寄って、カインハウザー様に抱えられている私の頭を撫でながら、リリティスさんが優しく微笑んでくれる。
「なんで、だれも突っ込まないんだ? 何があったのかとか、どうして抱っことか訊かねぇんだ?」
《ネー。せっかくの面白いシチュエーションなのにサ。セルティックとシーグで火花散らしてシオリの取り合いをするトカ、まわりに盛大に揶揄われるトカ、面白いの期待したノニ》
サヴィアンヌとドルトスさんがつまらなそうにしている。
そんな事になったら、シーグの機嫌は益々酷くなるし、私がいたたまれません。
「シオリちゃんが困るでしょ。それに、いい加減、主が彼女を抱えるのは見慣れたんじゃないかしら?」
見慣れて欲しくなかったです。
「お嬢様、おかえりなさいませ、ご無事で何よりでございました」
中に入ると、家令としてセルヴァンスさんが使用人代表で迎えてくれ、正面への絨毯が敷かれた通路を挟んで反対側に、メリッサさんも家政婦長として迎えに来ていた。
「こ、こんな格好ですけど、ただ今帰りました」
「いいえ。色々と大変でしたでしょう。湯の用意も出来ておりますし、お疲れでしたら、食事は軽めに、お休みいただけるようにお部屋も整えておりますよ」
心情としては、このまま休みたい。
でも、ちゃんとカインハウザー様にお話をしなくちゃいけないし、クロノ神殿であった事の対策も相談しなくてはいけない。
でも、埃っぽいし失礼⋯⋯
「私ったら、砂や土に塗れて汚いのに、カインハウザー様にお手を煩わせてしまって、お召し物を汚れてしま⋯⋯」
「ストップ。君が立てなくなって運ぶのは、『精霊眼』の師匠で騎士である私の役目でもあると前に言ったね?」
そうだったかしら? 冗談で、元・騎士だからとは言ってたかも。でも、役目とまでは⋯⋯
「疲れをとる意味でも、君が旅の砂埃を気にするなら尚の事、まずは湯殿に行こう」
「え?」
* * * * * * *
『ちょっと待て! なんでカインハウザーが湯殿まで連れて行くんだ? 普通、男は立入禁止じゃないのか!?』
庭にある、冷泉の湧く大浴場に、加温してもらって今から入るところである。
「ここはわたしの家の湯殿で、わたしがいる理由は、シオリの足にまだ力が入らないようだったからお連れしたからだね。混浴は推奨してないが、特に男子禁制ではないよ。なんなら、君も後で入るといい」
岩風呂の、縁を囲む岩に座らされる。
「彼女は、お国柄、こういう開放的な温泉がお好きなのだそうだよ?」
にこやかに話すカインハウザー様と、不機嫌そのもののシーグ。
私は、はたくだけでパラパラ散るほど砂だらけで汚れたスカートとネルのシャツを順に脱いでいく。
「ちょっ、ちょっとシオリちゃん? まだ、主もいるのに何を⋯⋯」
慌てたリリティスさんが駆け寄ってくる。
「え? あ、ああ。大丈夫ですよ。中に、サヴィアンヌの湯着を着込んでいるので、このままお風呂に入れます」
そう。あれからずっと、シャツは変えても、中に着たままなのだ。
着衣のままでもアリアンロッドがクリーンしてくれるので、脱ぐ必要もない。
「通常運転だね。シオリが変わってなくて、安心したというか、何というか。うん、成長もしたのだろうけど、急に変わってなくてよかったよ」
目を細めて、カインハウザー様は笑ってくれた。
岩風呂の中で、お椀に花を一杯に敷き詰めて浮かぶサヴィアンヌと、そのまま入ったり出たり楽しんでいるアリアンロッドに癒やされながらも、足からゆっくりと浸かって、私もその中に混じった。
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