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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

103. 巫女さくらと、詩桜里の共通点

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 ゆっくりと動き出した馬車に、主がにこやかに歩み寄る。
 さすがに、神殿側の人間だろうとも、御者も、人が近づくのを見て、走り出したりはしない。

「聖女様、巫女様方には、本当に感謝している。近々、お礼旁々かたがたそちらへ窺わせていただくよ」

 主が労いの言葉をかけると、窓からサクラが顔を出す。

「兵隊さんや使者の人が、代理で来るの?」
 サクラの言葉に、一瞬、この場にいる全員の思考が停止した。

「もちろん、わたし自身が出向くよ」

 にっこり微笑み返す主に、サクラは黄色い悲鳴をあげた。

「キャーッ やだっ♡ 領主様直々にいらっしゃるんですって! どうしましょ~」

 二頭立馬車キャリッジ車輌キャビンがゆさゆさと揺れたので、恐らくは、あの声の調子の通り、中でサクラが騒いでいるのだろう。

 労いの言葉もかけ、満足げな娘達と顎を反らす女神官を確認後、主が下がると今度こそ、聖職者には些か豪奢過ぎる馬車は、朝陽が林の上に上ってすっかり明るくなった街道を走り去った。


「シオリも本来は、彼女のようにああして、黄色い声をあげたり飛び跳ねたりする年頃なんだろうな」
「……なんだか、想像がつきませんが」
「あら? そう言えば、初めて会った時……
 主のこと『金髪碧眼で騎士様なんて絶対モテる』とか言ってましたね」
「そう言えば、そんな事もあったな」
「ええっ そうなんですか!?」
 肩を跳ねるほど驚いたロイスが、ちょっと苦笑いの主の袖を引いた。

「なんでそんなに慌てる事あるの?
 それにロイスだって金髪で、数少ない緑の眼じゃないの。見てくれだって、悪くは無いわよ」
 まあ、キリッとした表情をすれば、いい男の部類に入れてもいいんじゃないかしら?
 少なくとも、主よりは華やかな顔立ちだ。

 そう言ってやったけど落とした肩はあがらない。

「要は、大事なのは中身だよな、ロイス?」

 楽しそうに、ドルトスさんがロイスの背を叩く。

 まあ、否定はしない。
 一応、黒翼隊で小隊長を任されるくらいだし、魔術も私よりも早く正確だし、頭だって悪く無い。こと戦闘に於いては、勘の良さも見られる。
 騎士としては、優秀な方だろう。

「モテたいんなら、それだけじゃあダメだな?」

 笑い合いながら、みなで撤収する。

 キーシンはロイスと目を合わさないように遠巻きに、ハルカスさんもドルトスさんと笑い合いながら先を行く。
 寡黙なベーリング氏も、追い越しざまにロイスの肩をたたいていく。

 こういうところ、男って、よくわかんないわね。

 今回のことは当面、この場に立ち会った者だけの共有する情報である。

 ──大神殿は、新たな巫女を得た

 なぜ公表しないのかが気になるところだが、態々わざわざ突いて藪から蛇を出すこともないだろう。
 いずれにしても、この国はこのままでは緩やかに滅亡に向かっているのだ。いつまでも彼女達を隠してはおけないのだから。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




 私に与えられた小屋で、リリティスさんに今朝の出来事を聞いてる内に、だんだん、不安と安心が同時に襲ってきた。

「不安と安心が、同時に?」
「はい。彼女達が、無事に浄化術を使いこなせるようになったのなら、この国も安心ですよね」
「まあ、そうだね。巫女がいない国は、いずれ滅びるしかないからね」



 朝の畑仕事がなくなったので、クッキーやバターケーキなど、数日間の保存の利くお菓子を作っていると、ドルトスさんに元気づけられながらもなんだか益々項垂れていくロイスさんと、領主館に来ることがあまりないのか緊張しているキーシンさん、いつもの通り黙って行動するベーリングさんとハルカスさんを伴って、カインハウザー様が帰ってきた。

 精霊達が館の主の帰宅に騒ぎ出すので、何処にいても必ずわかる。

「シオリ。長く心配かけたけど、もう大丈夫だ。今日から、田んぼの向こうの花畑に行ってもいいよ」
「え? 本当に? 大丈夫なんですか?」

 今朝早く、カインハウザー様達がおでかけになったのは、大神殿から、美弥子達が来て、花畑の瘴気と、闇落ちの獣の残骸や呑み込まれた妖精の残留思念などの穢れも、すべて綺麗に浄化出来たという。

「まあ、しばらくは、清浄すぎて草も生えないだろうが、なに、すぐに元通りになるさ」

 清浄すぎて草も生えない、とは、水が澄みすぎてプランクトンも栄養もなくて魚が棲めないのと同じ原理かしら。
「さすがだね、シオリは、賢くて、細かく説明する必要がない。その通りだよ」

 椅子に足を組んで座る姿勢も、どこかノーブルな感じで、余裕を感じる。
 キーシンさんも貴族子息だけあって、座る姿勢はとても綺麗だ。二人ともまるで、ファッション雑誌のモデルのよう。
 細めの切り株に腰を下ろし、肩を縮めているロイスさんは、少し肩身が狭そうだ。

「ロイスさん、すみません、手狭ですけど、肩の力を抜いてくださいね」
 少しでもリラックス出来るよう、ハーブティーを淹れて手渡す。

「ああ、感激です。フィオちゃんの淹れたお茶を飲めるなんて……」
「お、大袈裟です。畑ではいつだってみんなと一緒に飲まれてるじゃないですか」
「これは、今の俺の状態を見て、特別に淹れてくれた、俺のためのお茶じゃないですか、いつものとは違いますよ」

 相変わらず感激屋で大袈裟なロイスさんだった。

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