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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

43.恩人への、初めての隠し事⑦

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 キーシンさんに追い払われるように、田んぼまで戻って来た私は、誰の目にも明らかに落ち込んでいた。

 お爺ちゃんズは、そんな私を気遣って、殊更明るい調子で冗談を言い合いながら、一緒に草抜きをしようと誘ってくれた。

 本当はそんな気分でもなかったけれど、美味しいお米を作らなくちゃという気持ちはあったので、手伝った。

 夕方の鐘がなる頃には、お爺ちゃんズも片付けを始める。
 農家の一日は、朝が早く、夜も早い。

 カインハウザー様の畑の様子を見ると言って、サヴィアの待つしゃが芋畑へ急ぐ。

 初めてこの畑に来たときのように、しゃが芋の白い花は、雫を含んできらきらと光っていた。

《シオリ、今日はもう帰った方がいいわ》
「え? どうして? まだ、こちらのお手伝い出来てないわ」
《でも、人間は、濡れたら風邪ひくんでしょ?》
「濡れる?」

 サヴィアの言うには、この後、夕立が、それも雷を伴ったかなり強い雨が降ると言うのだ。

「そんな事も解るの?」
《まあね。私は、あの花の精達よりずっと長い事、この畑を護ってきたのよ? いろんなお天気や空気の変化を見てきたの。それくらいはわかるわ》
 反っくり返るほど胸を張るサヴィア。

 それじゃ、雷が鳴らないうちに帰らなきゃ。

 朝取って萎びた雑草の束を手にかき集める。
 いつも狼犬が残飯や糞を埋めていく辺りを確認しようとして、ふと思い出す。

「エルバレオの下で、枝ぶりも張ってて直接雨に打たれるか解らないけど、あの子、大怪我して弱ってるのに、雨にあたったら、病気になったり怪我が悪化したりしないかしら……」
《まあ、あり得るわね》

 慌てて、林の中に入る。

 金茶の狼犬は、私が手当をした時のまま、エルバレオの根に顎をのせて休んでいた。

 なんで来た?

 そう言いたげに、億劫そうにこちらを見る。

「これから雨が降るんですって。きっと、傷に障るわ。心配なの……」

 実に人間臭い感じで、ため息をつくと、再び根に顎をのせて目を閉じる。

「なんだ、そんな事か」って言われてるような気になる。

「いつも、ここで寝てるの? 雨が降ったら、かかるの? 大丈夫なの?」

 妖精や精霊と話せるように、狼犬とも話せるといいのに……

 狼犬のそばにしゃがみ込んでいたけれど、知らんぷりされるし、諦めてため息を吐きながら立ち上がると、妖精の羽衣の端が、エルバレオの根の一部から出ている新芽に引っ掛かり、肩からズレる。

 …………っ そうだ、これを!

 泉やお風呂に、この羽衣を巻いて入っても、冷たさを感じず、出たらすぐ乾く優れ物。

 きっと、雨からも護ってくれるわ。

 肩からショールのようにかけていた妖精の羽衣をハズし、広げてフワッと、狼犬の全身が隠れるように被せる。

「これはね、とてもいい布なの。濡れてもすぐ乾くし、熱さ寒さも凌げるし、弱い魔獣は寄ってこないんだって」

 意味を解ってくれてるか判らないけど、とりあえず、嫌がらなかったのでよかった。

 色々心配だけど、後ろ髪引かれる思いだけど、これ以上、今は出来る事はないので、雨が降ってくる前に街に戻る事にした。


 * * * * *

 お爺ちゃんズは、私が林から畑に戻ると、待ってくれていた。

「ヒラスがの、そろそろ天気が崩れるっちゅうて、今日はもう帰った方がええと言うんじゃ。
 どうじゃ、嫁ッコも、一緒に戻らんか?」
「ありがとうございます。さっき、サヴィアも同じ事を言ってたので、帰ります」

 木の根元に置いておいた、お弁当やお手拭き、簡単な畑道具を入れたバスケットを持ち、サヴィアに挨拶をしたら、お爺ちゃんズに混じって、耕地を後にした。

 途中のどの畑の農民達も、バラバラと帰宅を始めていた。

「みなさん、お天気の崩れるのが判ってるんですね。いつもより早いんじゃないですか?」
「そうさな。雲の流れる早さ、風向きや風の湿り気具合、匂いなどで、だいたいわかるもんじゃよ」

 私も、子供の時、図書館で見た本にあった気がする。高い位置の雲、低い位置の雲、その流れる早さを見極めたり、飛行機雲がすぐ消えるのは上空の湿度のせいだとか、蜘蛛の巣が湿気ているとか……

 夕立の前に、生暖かい風が吹いて、これはひと雨来るなって解るとか。

 ここの人達もそういった判断材料を幾つも、毎日の経験から多く知っているのだろう。

 街に帰るまで、誰も、妖精の羽衣の事は訊いてこなかった。
 街についても、門番の人も誰も訊かなかった。

 このまま、誤魔化せるかな?と思ったけど、リリティスさんやカインハウザー様を誤魔化すことは出来なかった。



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次回、Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

 44.恩人への、初めての隠し事⑧

 
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