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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋
31.神子の戦乙女と、守護獣⑥
しおりを挟むメリッサさんと、カインハウザー様のお部屋を片付けたりする若いハウスメイドのアリナが、身体に力の入らない私の入浴を手伝ってくれる。
瘴気や魔獣の残骸は張りつけ状態のまま、活動を停止している──カインハウザー様はそう言った。
て事は、浄化は出来ていないって事よね。
さくらさんは、来てくれなかったのだろうか。
来てくれたけど、力足りなかったのだろうか。
「シオリ、熱すぎませんか?」
「はい。すみません、お手間とらせて」
「いいわよ。ずっと眠ってたのだもの、身体もすぐにはゆうこときかないでしょう?
……旦那様も、リリティス様も、心配なさってたのですよ」
「申し訳なくて、またとてもありがたいことです。でも、何があったのかは、私、まだよく解ってないの」
覚えてるのは、カインハウザー様に抱え上げられて馬に乗せられて、興奮状態だったからか、カインハウザー様と魔力同調して精霊を視て彼らに働きかける第三の眼が発動しちゃって……
「闇落ちや瘴気に遭って、誰一人欠ける事なく無事に帰れたのですから、女神に感謝しないといけませんよ」
私にお湯を掛けながら、メリッサさんが言う。
申し訳ないのだけれど、地球人の私には、目の当たりにしてもまだ、どれほど恐ろしいことなのかの実感がなかった。
妖精がどんどん呑み込まれていく様子は恐ろしくて悲しかったけど、あまりにも簡単に妖精達が消えていき、現実味がなくて、夢か、スクリーンの中の映画を観てるような、どこか、遠い出来事のような感じなのだ。
こうして明るいお部屋で、みんなと話していればなおのこと、本当にあった事なのかしらとさえ思ったりもする。
でも、そうは言ってはいけないような気がした。
異世界から『聖女召喚』してまで誘拐同然に人を攫ったりするほど、ここの人達は逼迫している状況なのだ。
「そうですね。シオリは初めて見たのでしたか?」
「はい。瘴気も、穢れに感染した闇落ちと呼ばれる死なない魔物も、初めて見ました。
妖精達が呑み込まれる様子も……」
現実味は薄いが、思い出すと、目尻が滲み出す。
「いいのよ。今までこの砦街の中にいて、外の現状を知らずに平和に暮らしていたら、実感はなかったでしょう?」
「人は、想像の範疇を越えた事象は、己の眼で見るまで中々信じられないものですからねぇ」
メリッサさんが気遣うように優しくお湯をかけてくれ、アリナも、現実味がない私の事を察してか、優しい言葉をかけてくれる。
盥で掛け湯をして簡単に寝汗を流し、鍋つかみのような絹の手袋で背中の皮脂を落としてもらうと、カインハウザー様の長身を納められる大きなバスタブに移される。
花の香りのする薄桃色の湯に顎まで浸かると、体中が弛緩していくのを感じた。
寝起きで、恐怖と怒りと哀しみのショックで弱った身体は力が抜けているかと思ったのに、意外にも緊張し続けていたらしい。
「本当に、ご無事でようございました。耕地に闇落ちが出たと聞いて、街中が緊張に包まれ、衛士隊の者が物々しく武装して……私は生きた心地がしませんでしたよ」
湯から上がって、妖精の羽衣を羽織ると、一瞬でスッと乾く。乾いた肌に、アリナが花の香りの香油を擦り込んでくれる。3日間眠ったままだった身体に優しく染みこんでいく。
あの日、闇落ちと呼ばれる瘴気に感染した魔獣が躍りかかった時、恐怖で固まった身体は、逃げることも避ける事も出来ず、ギュッと眼を瞑るしか出来なかった。
覚えているのは、全身を支配する倦怠感と、目も開けられないほどの鮮烈な光。身体の奥に眠っている魔力や霊力をごっそりと持って行かれる虚脱感と背に走る冷たい怖気。
呪いの怨嗟のような不快な音声と、力強い雄叫びと金色の毛並み。
段々思い出してくるあの光景。
私を襲った、元は山犬だったのだろう冥い獣を光の槍と化した精霊が貫いた後、引き裂かれつつも飛びかかった勢いのまま私に迫るのを、横から飛び出した狼が金色の燐光を散らしながら、喉元に食らいつき地にたたき伏せた。そこまでは見てた。あの金色の狼は大丈夫だったのだろうか……
瘴気の穢れは、触れるだけで感染してしまうのではなかったか?
この世界に召喚された日から私の身を護ってくれていた、あの日より手触りのよい滑らかさも光沢も色褪せた妖精の羽衣を撫でる。
「すっかり古びてしまって……」
「この羽衣を織った妖精は、かなり(妖力の)大きな妖精だったのでしょう。お嬢様を瘴気から護ってくださったのですから、感謝してお手入れをしなくてはなりませんね」
アリナが優しい眼をして、羽衣を撫で下ろす。
闇落ちは狼がたたき伏せてくれても、冥い霧のような穢れの流れを止める事は出来なかったけれど、この羽衣が弾いてくれたのはなんとなくわかった。
その瞬間、感電したかのように熱い痺れが全身に走ったから。
妖精の声を聴いたような気がしたから。
この羽衣を織ったという妖精の声だったのだろうか、クリスタルガラスのゴブレットを床に落として割ってしまったような、硝子製の風鈴が鳴るような、澄んだ高い音が響いた。
「ずっと身につけていたから、お手入れなんてした事なかったわ。どうやるの? 教えてください」
「勿論ですわ。この羽衣の主であるお嬢様でなくては出来ない事です。お教えしますから、一緒にお手入れしましょう」
アリナがにっこりと綺麗に微笑んだ。
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