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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

30.⭐微睡みにあの人は温かな手を差し伸べて

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 ──すり

 ぼんやりしてるのと、なにか夢を見ていた名残かな? 枕元にある私の左手を握っている、カインハウザー様の手に、頰をすり寄せる。

 それに気づいたカインハウザー様は、右手は私の手を握ったまま、左手を広げ、枕からこぼれる私の頰を受けとめる。


私の頰がすっぽり入る大きな手。

 ──温かい。しばらくこのままでいいかな……

 二度寝しそうなほど心地よく、カインハウザー様の手を握り返す左手から力が抜けると、カインハウザー様はそっと手を離し、横向いた事で顔にかかる私の髪を、梳きあげて後ろへ流してくれた。


 ──コンコン

 ノックの後、リリティスさんが入ってくる。

あるじ、シオリを清めに…… シオリ!?」
 手に桶と手拭いをもっていたけど、取り落としかけて慌てて持ち直し、足早に近寄ってくる。

「シオリ、どこか、具合の悪いところは?」
「……大丈夫です。ご心配おかけしました」
「もう。また、子供らしくない事を!
 そんなのはいいわ。初めて精霊を使って、無理をしたんでしょう? よく見えないとか、話せないとか、手足が動かないとか、不具合はない?」

 起きてみないとわからないけど、たぶん大丈夫そう。

「ほらほら旦那様、シオリのほっぺは心地よい柔らかさなのは解りますがね、放してくださいね、シオリは身を清めますよ」
 メリッサさんが、たくさんのタオルを持って、寝室に入って来ていた。

「ちっ違うの! これは、わたしが夢見て、甘えて間違いなの!」
 顔に熱が集まる。なんて事! リリティスさんと話しながらも、カインハウザー様の手にすり寄ったまんまだった。
「ふふふ。シオリはすっかり平常通りだね」
 私の頰を乗せた手の親指で、頰と鼻先を撫でるカインハウザー様。
 お父さんがもっと私に関心を持ってくれていたなら、兄弟がいたなら、こんな感じだったのかな。

「寝たきりだったんですから、身を清めましょう」
 カインハウザー様は衝立の向こうに追い出され、お湯を硬く絞った手拭いを何本か用意して、メリッサさんが私の寝間着の合わせ目に手を掛ける。
「お風呂に入れるようなら、入りますか?」
「入りたい……かな」
「了解しました」
 請け負うと、メリッサさんは、寝室に併設された浴場の準備に向かう。

 ベッドの上に残され、ぼんやりと考えながら、身を起こしてベッドの縁に座った。

 ──なんか、忘れてる?

 ネグリジェにも似た、膝まである長いシャツ。これ、初めて見る。メリッサさんが新調してくれたのかな。

 ──なんだっけ?

 この世界には、室内履きとかスリッパという考え方はなかったけど、私が使いたかったので、街の職人さんと試行錯誤して、作ったスリッパを履き、立とうとして、3日も寝てたからかクラクラする。

「シオリ、まだ起き上がらない方がよくない? お風呂まで、主に運んでもらいなさい」
 リリティスさんに支えてもらいながら立ち上がろうとしつつ、一生懸命考える。

「わたしの出番かな? お姫さま抱っことお父さん抱っこと、どちらがいいかな?」
 にこやかにカインハウザー様が衝立の向こうから顔を出す。

 ──そもそも、どうして3日も寝てたの? 私。

 楽しげに、カインハウザー様が私の膝裏に手を差し入れる。これ、お姫さま抱っこ?

 サイドテーブル上に、少し色褪せた白絹草の花冠が置かれている。


「かっ、カインハウザー様!! 花畑は!? 穢れや瘴気は!? あの子達はどうなりました?」
「ぅおっと! 急に危ないよ、シオリ」
 お姫さま抱っこされながら、上半身を捻ってカインハウザー様の襟元を摑み、あの後の状況を訊き出そうとする。

「大丈夫だよ」
「え?」

「君の気持ちが通じたのだろう、瘴気に取り込まれた妖精達は解放され、女神の掌に たなごころ 還った。
 瘴気は最小限の塊に縮み、闇落ちした山犬だった残骸とともに、あの場に張りつけられたまま、活動は停止しているし、育ってもいない」

「解放された? 女神の掌に還るって、やっぱり死んじゃったって事?」
「まあ、取り込まれた時点で、死んだも同然だからね。瘴気の中で、穢れになって怨嗟を振り撒き続けるよりいいだろう。いずれ、再び妖精として生まれてくるさ。それまで、女神の元で、闇に囚われた心を癒して眠ってるよ」

 ──よく頑張ったね。

 そう言って、カインハウザー様は、浴室の大きな盥の中に私を降ろし、頭を、髪をくしゃりとかき混ぜるように撫でてくれた。


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