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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋
18.知っている事と黙っている事⑪
しおりを挟むまずは、畑に着いて荷を置くと、大雑把に野菜の説明をする。
やはり異界人なのだろう、目を見開いてあれこれ注視する。
なにやらこちらが居たたまれなくなるような、きらきらした眼で見上げてくる。
なにを期待しているのか。
まずは、精霊や霊気に慣れさせる事からだ。
「この野菜達を見て、どう思う?」
「歯ごたえありそうで、美味しそう。こっちの花も可愛くて、野菜とは思えないです。
美味しく出来るといいですね」
「………………」
「…………可愛い」
リリティスが思わずと言った感じでもらした。
わたしが訊きたかったのはそういう事ではないのだが……
ま、まぁ、精霊は見えないと言っていたし、子供らしい素直な意見ではある。
「うん。それも『感想』でいいんだけど、なにか、感じない?」
「感じる、ですか?」
再度、シオリは視線を畑に戻し、山や畑の向こうの川にまで目を移し、先ほどと同じきらきらした眼で見上げてきた。
「新芽が畝に沿って綺麗に並んで、お行儀のいい子供みたい。
お花を誉めたら、山の向こうからお顔を出したお陽さまに照らされて、キラキラして嬉しそうに見えます! 誉められたってお花もわかるんですね」
誉めて欲しくて尾を振る子犬のようだ。
「可愛い。素直で純真。主、コレクダサイ」
「ダメだ。わたしが先に見つけた」
リリティスも女だ、母性本能と言うやつを擽られたのだろうか、潤んだ眼を揺らしてこちらを見る。
が、面倒臭いので切り捨て置く。
改めてシオリの方へ向き、
「君が言った誉めたらキラキラして嬉しそう、と言うやつだが……」
解説をしようとしたのだが、シオリが頰を染めて眼を泳がせる。
わたしやリリティスは子供らしい素直な感想だと思ったが、子供じゃないと主張する彼女は、幼稚な意見を言ったと恥じているようだ。そこはどうでもいいのだが。
「この土野菜の花には、妖精が住んでいる」
「えっ。妖精? この、羽衣を作ったみたいな?」
出会った時のように頭から被ってはいないが、朝食の時はストールのように肩にかけていたし、今は細く捻って腰に巻いて、妖精の羽衣は常に身につけていた。
彼女は目立つからとたたんで屋敷に置いて行こうとしたのだが、わたしがいつでもつけているように指示した。
山は寒暖の差が激しく、これを被っていれば調整が利くし、茂みの陰や岩の裏などに溜まった瘴気や穢れから保護する役目もある。本来はそのための羽衣だ。
「それとは種族が違うが、まあそうだな。
この花に居るのは、野菜や花の成長を助ける妖力を持った妖精で、祝福をしてる。その妖精の祝福の力によって、より綺麗な花を咲かせ、より美味しく実る。
君に誉められて、本当に喜んでいるよ」
「私にも見えたらいいのに……」
「勿論、いずれ見えるようになるさ。今は、わたしが手伝ってあげよう、こちらへおいで」
あぜ道に片膝をつき、手招きすると素直に寄って来て、並んでしゃがむ。
わたしが背後から覆い被さるように寄り添い、肩に手を添えて妖精の居る花を指すが、勿論それだけではまだ見えていないだろう。
「いいかい? 花にはピントを合わせないで。遠くを見るときの眼をしたまま、意識を花に添えて見るんだ」
コツを摑むまでは、可視の物理的視野と、不可視の霊気的視野とを切り替える事は出来ないだろう。
わたしは生まれつき視ていたが、シオリは、自分に群がる精霊の存在をわかっていない。居ると聞いても、信じられないといった表情で周りを見るが、いずれの精霊とも視線も霊気もあってはいなかった。もしかしたら、魔術も魔法も違いすら判らない可能性もある。
まずは、わたしと同調させて彼らを視る、存在を仮想から現実のものにするところから始めないと、どういったものなのかすら理解できないかもしれない。
う~
すぐさまどうにか出来るとは思っていないが、シオリは小さく唸りながら、眼を眇めたり見開いたりしていた。
彼女の両肩に置いた手から、強すぎて傷つけないよう弱めにそっと、わたしの持つ魔力を霊気で錬って彼女に注ぎ、両眼に流してわたしと同調させる。
あっ
誰が見ても解るほどパアッと、蕾が花開くように笑顔になる。
「小さな女の子がいます。緑のワンピースに薄いピンクと白の花の冠を被って……トンボみたいな透明の翅が背中に?」
「よし。それが、花の親心の妖精だ」
「えっ。これが?」
見えた事が嬉しいのだろう、満面の笑みで普通に花の方へ向き直った。
「ああ、消えちゃった……」
みるみる笑顔が萎れていく。
「個体差はあるけど、この子は恥ずかしがり屋さんのようだね。シオリとお揃いだ。でも、消えたんではなく、花の中から顔は覗かせてるよ? 見えなくなったんなら、ピントをずらしてごらん」
先ほどと同じように、眼を眇めたり開いたり苦心して、ようやくうっすらと見えたらしい。
「お名前はあるの?」
「聴いてごらん?」
優しいオニーサンらしく笑顔で促すと、同じく笑顔で頷き、妖精に意識を向け訪ねていた。
「こんにちは。綺麗なお花を咲かせてご苦労様。お名前はありますか?」
シオリも妖精も、俯き加減でもじもじしながら向き合い、妖精から鈴を鳴らすような音が聞こえてくる。
耳には鈴の音にしか聴こえないが、これが彼らの言葉なのだ。精霊や妖精への眼や耳を持った者ならば、頭の中で言葉になる。
《サヴィア》
「サヴィアさん? 綺麗な響きね。綺麗なお花を咲かせるあなたにピッタリね」
「凄い、素敵! なんて素敵な世界なの? こんな事が現実にあるだなんて……」
──世界
「国」や「地域」ではなく「世界」と言った。やはり彼女もどこか異界からの召喚者なのだ。
すっかり感激して振り返り、寄り添うわたしの両手を握って上下に振りながら、感激を伝える。よほど嬉しいのだろう。
「また、見えなくなっちゃった……」
「今まではわたしが手伝っていたからね。今度は、ひとりの力で見てごらん?」
素直なシオリは、自力でなんとか視ようと何度も芋の花を矯めつ眇めつ試みる。
「うう…… せんせぇ、見えませぇん」
「自分の中にある魔力や霊気を眼に纏わせて、ピントをずらして見てごらん?」
「それって、どうやるんですか? 魔力ってどこにあるの?」
「? どこって、君の中にたっぷりあるだろう? それをほんの少しだけ眼に意識してみて……」
「私、魔力って持ってるんですか?」
至近距離で見つめ合う。
そ、そこからなのか……
「そんなに見つめられると、さすがにわたしも照れるね。
シオリの得意な魔術はなんだい?」
「得意と言われても、魔法なんか使ったことないです」
「うん、魔法を使える人はそうはいないだろうね。簡単な魔術でもいいから、これなら出来ますってのはないのかな?」
「魔法と魔術って違うんですか?」
「…………」
「…………」
やはりそうか。今度はリリティスと見つめ合う。
「違いが解らずに使ってるの?」
「いえ、だから、使ったことないです。なにも」
「なにも? 灯りをつけたり、火をつけたり、風をおこしたりも?」
「そんな事が出来たら素敵ですけど、出来たことないですね」
リリティスは口を半開きにして、尚もなにかを言おうとして、結局言えずに諦める。
今後の対応のために、後でリリティスには、シオリは異界人だと知らせておこう。
なにか不穏な空気を感じたのか、シオリが狼に狙われた山リスのように怯えて縮こまり、みるみる青ざめていく。
色々話し合った結果。
なんて事だ。こんなにも、見える者には息もつまりそうなほどの精霊に纏わりつかれ、愛されているというのに……
女神の祝福と加護を持つ、愛し子だというのに!!
シオリは、精霊や妖精という存在が、仮想の概念で現実にはいない世界から来たのだ……!
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次回、Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋
19.知っている事と、黙っている事⑫
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