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研究所での暮らしは、見るもの全てが初めてのものばかりで、新鮮だった。
ボクを買ってくれた男の人は、周りの人達からラディーと呼ばれていた。
本当の名前は聞いたことがなかったけれど、ラディーと呼べば彼は返事をしてくれる。
ボクは、それが嬉しくてたまらなかった。
研究所に来てしばらくの間は、規則正しくご飯を食べて、血を採ったり、体重を量ったり、そんな生活だった。
手じゃなくて、スプーンやフォークを使ってご飯を食べる方法も教わった。
少しすると、ボクは今までよりずっと色んな事が考えられるようになった。
今までは栄養失調という状態だったんだと、ラディーが教えてくれた。
「あまり栄養が行き渡っても、その細い身体のラインが維持できなくなりますし、 そろそろ合成に入りましょう」
ラディーがいつものようにふんわりと眼鏡の奥で微笑む。
「うんっ」
ラディーが口にする言葉は、いつも聞いたことのない単語がイッパイでよく分からなかったけれど、ボクが大人しく言う事を聞けば、彼が喜んでくれるという事だけは分かっていた。
「ねえ、ラディーはどうしてボクにこんなに優しくしてくれるの?」
ボクの質問に、部屋を去ろうとしていたラディーが振り返って答える。
「私はね。君のような可愛い男の子が大好きなんですよ。 君が、限界まで追い詰められて、縋り付く様を見たいのです」
「ふーん……?」
やっぱり、よくわからないけれど、ラディーは、ボクの事が大好きって言ったのかな……?
「難しかったでしょうか?」
ラディーが苦笑する。
「え、ええと、よく分かんないけど、ボク、頑張る!!」
ラディーが喜んでくれるなら、何でもしたい。
ボクは少しでも彼の力になりたいと、心の底から願っていた。
「ええ、頑張ってくださいね。合成の後はしばらく辛いでしょうが、私も時々様子を見に来ます」
「うんっ!」
「それに……、合成後には、私の言った事が嫌でも分かりますよ」
「うん?」
なんだろう。
嫌っていうのは良くない言葉だよね……?
「私が、その身体に直接教えてあげましょうね」
ラディーがボクをじっと見つめて微笑んだ。
その表情が、なんだかすごく楽しそうだったので
ボクもつられて微笑み返した。
ボクが、別の生き物と合成されたのは、それから一週間後の事だった。
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絶え間なく訪れる痛みに、ボクの喉は嗄れ果てて、薄く開いたままの口から漏れるのは、乾いた荒い呼吸だけだった。
灼けるような熱さと、凍えるような寒さが交互に襲い来る、朦朧とした意識の片隅で、ただひたすらにこの苦しみが過ぎる事だけを祈った。
時々、ラディーが様子を見に来てくれたけれど、最初の十日はそれさえも分からなかった。
合成からひと月ほど経って、ボクはようやくラディーとまた会話できるようになった。
ふわふわの犬のような耳に繫ぎ合わされた耳は、まだぼんやりとしか聞こえないけれど、そのうち今までより良く聞こえるようになると、ラディーは優しく微笑んだ。
そういえば、包帯を毎日換えに来てくれるお姉さんが、ボクの事を可哀相だと言っていた。
麻酔も、痛み止めも、失神しない最低限度しか投与しないのは、ラディーが悪趣味だからなんだって。
悪趣味ってなんだろう。そう思ってラディーに聞いてみたら、
それはボクが知らなくてもいい言葉なんだと教えてくれた。
次の日から、お姉さんは来なくなった。
代わりに、ラディーが毎日来てくれるようになった。
ボクは嬉しくてたまらなかった。
今まで、三日に一度会えれば良い方だったラディーが、毎日来てくれるなんて。
ボクの包帯が左肩と両足の継ぎ目だけになった日。ラディーが、いつものように触診だとボクをベッドに寝かせてから、何故か眼鏡を外した。
ボクは、この日までラディーが眼鏡を外した姿を見たことがなかった。
研究所での暮らしは、見るもの全てが初めてのものばかりで、新鮮だった。
ボクを買ってくれた男の人は、周りの人達からラディーと呼ばれていた。
本当の名前は聞いたことがなかったけれど、ラディーと呼べば彼は返事をしてくれる。
ボクは、それが嬉しくてたまらなかった。
研究所に来てしばらくの間は、規則正しくご飯を食べて、血を採ったり、体重を量ったり、そんな生活だった。
手じゃなくて、スプーンやフォークを使ってご飯を食べる方法も教わった。
少しすると、ボクは今までよりずっと色んな事が考えられるようになった。
今までは栄養失調という状態だったんだと、ラディーが教えてくれた。
「あまり栄養が行き渡っても、その細い身体のラインが維持できなくなりますし、 そろそろ合成に入りましょう」
ラディーがいつものようにふんわりと眼鏡の奥で微笑む。
「うんっ」
ラディーが口にする言葉は、いつも聞いたことのない単語がイッパイでよく分からなかったけれど、ボクが大人しく言う事を聞けば、彼が喜んでくれるという事だけは分かっていた。
「ねえ、ラディーはどうしてボクにこんなに優しくしてくれるの?」
ボクの質問に、部屋を去ろうとしていたラディーが振り返って答える。
「私はね。君のような可愛い男の子が大好きなんですよ。 君が、限界まで追い詰められて、縋り付く様を見たいのです」
「ふーん……?」
やっぱり、よくわからないけれど、ラディーは、ボクの事が大好きって言ったのかな……?
「難しかったでしょうか?」
ラディーが苦笑する。
「え、ええと、よく分かんないけど、ボク、頑張る!!」
ラディーが喜んでくれるなら、何でもしたい。
ボクは少しでも彼の力になりたいと、心の底から願っていた。
「ええ、頑張ってくださいね。合成の後はしばらく辛いでしょうが、私も時々様子を見に来ます」
「うんっ!」
「それに……、合成後には、私の言った事が嫌でも分かりますよ」
「うん?」
なんだろう。
嫌っていうのは良くない言葉だよね……?
「私が、その身体に直接教えてあげましょうね」
ラディーがボクをじっと見つめて微笑んだ。
その表情が、なんだかすごく楽しそうだったので
ボクもつられて微笑み返した。
ボクが、別の生き物と合成されたのは、それから一週間後の事だった。
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絶え間なく訪れる痛みに、ボクの喉は嗄れ果てて、薄く開いたままの口から漏れるのは、乾いた荒い呼吸だけだった。
灼けるような熱さと、凍えるような寒さが交互に襲い来る、朦朧とした意識の片隅で、ただひたすらにこの苦しみが過ぎる事だけを祈った。
時々、ラディーが様子を見に来てくれたけれど、最初の十日はそれさえも分からなかった。
合成からひと月ほど経って、ボクはようやくラディーとまた会話できるようになった。
ふわふわの犬のような耳に繫ぎ合わされた耳は、まだぼんやりとしか聞こえないけれど、そのうち今までより良く聞こえるようになると、ラディーは優しく微笑んだ。
そういえば、包帯を毎日換えに来てくれるお姉さんが、ボクの事を可哀相だと言っていた。
麻酔も、痛み止めも、失神しない最低限度しか投与しないのは、ラディーが悪趣味だからなんだって。
悪趣味ってなんだろう。そう思ってラディーに聞いてみたら、
それはボクが知らなくてもいい言葉なんだと教えてくれた。
次の日から、お姉さんは来なくなった。
代わりに、ラディーが毎日来てくれるようになった。
ボクは嬉しくてたまらなかった。
今まで、三日に一度会えれば良い方だったラディーが、毎日来てくれるなんて。
ボクの包帯が左肩と両足の継ぎ目だけになった日。ラディーが、いつものように触診だとボクをベッドに寝かせてから、何故か眼鏡を外した。
ボクは、この日までラディーが眼鏡を外した姿を見たことがなかった。
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