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物心付いた時、ボクは既に商品だった。

手首と足首に麻の紐が巻かれていて、ボクの前にも、後ろにも、ボクと同じような子供達が一列に繋がれていた。

生まれてからの歳は良く分からなくて、誰にも教えられないまま、やっと人なりの言葉を話せるようになった頃だった。
親とか、兄弟が居たような記憶はどこにもなかったけれど。少なくともボクがこうして生きてるって事は、どこかにボクを産んだ人が居たって事なんだろう。
家族と言うのは、そんな遠いイメージでしかなかった。

とにかくいつもお腹がすいていて、あんまり難しい事は考えられなかった。

繋がれている子供達には、時々買い手がついた。
それは大抵、体格の良い男の子や、可愛い女の子で、背も低く、痩せっぽちのボクはいつまでも売れ残っていた。

そんなボクを、商人のおじさんが見下ろして
「所詮、拾い物か……」
と呟いた。

……拾い物?

ボクは、道端に落ちていたの?
ボクには、他の子みたいな、お父さんとか、お母さんはいないの……?

疑問が胸に湧き上がる。
けれど、商人のおじさんに話しかけた子供はいつも、その手にしている細い棒で叩かれてしまうのを知っていたので、ボクは黙っていた。
「維持費もかかるし、そろそろバラすか」と口にしながらおじさんが去って行く。
その後ろ姿をぼんやりと見つめていたボクの顎に、手がかかる。
くいっと顎を引かれて、強制的に顔を上げさせられる。

ボクの顔を覗き込む、見知らぬ男の人……。

紫色の髪を、肩の下でゆるやかに結んだその人は、眼鏡越しに微笑を浮かべたまま、ボクの顔をじっと見ていた。
親指の腹で、丁寧にボクの顔にこびりついていた泥を落とすと、細めていた目を一瞬うっすらと開いて、
「悪くないですね」
と呟いた。

ぽかんとしているボクの背中側に男の腕が回される。
男の人は、ボクの背骨に沿って指を這わせた。
「ひゃわぁぁぁあああぁあ!?」
思わず声を上げてしまったボクに、男の人は満足そうに頷いてみせた。
「反応も良いですね」
いつの間にか男の人の隣に、商人のおじさんが立っている。
子供を逃がしたり、連れ去られたりしないよう、おじさんはいつもお客さん達を見張っていた。

男の人は、商人のおじさんを振り返ると、いくらかのお金を手渡した。
たったそれだけで、ボクは縄を解かれた。

あっという間だった。


ここから抜け出すことが、あの、死を待つ列から抜け出すことが、こんなに簡単だったなんて。

考えた事もなかった。
ここ以外のどこかに、ボクが行けるなんて。


ボクの手を引いて、ボクの前を歩く、真っ白な上着の男の人……。

ボクはこの瞬間から、この人の物になった。

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