憧れが恋に変わったそのあとに――俳優×日曜脚本家SS掌編集!!

阿沙🌷

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 好きなひとの行きつけの喫茶店に天敵がいた。店内に一歩踏み入れた瞬間、窓辺の席に座っていた「ふわふわ頭」に新崎にいざき迅人はやとは、ぎくりと肩を震わせた。本人と目があった。
「あ! 新崎迅人!」
 指をさされて名前を呼ばれる。慌てて、新崎は彼――|松葉まつばゆうに駆け寄った。新崎にとっては憧れと尊敬と敬愛と恋慕の対象であ千尋ちひろ崇彦たかひこ編集者の重要な担当作家。それでいて千尋さんのストレスの原因が彼なのだ。以前、この店やロケ先で彼と遭遇してトンデモな目にあってばかりの新崎だ。
「いや、奇遇ですね! 奇遇ですね! 奇遇すぎますね!」
 大声で自分の名前をあまり言われたくない。黙ってくれないだろうか、と無言で圧をかけたが、この男にそれが伝わったという実感がもてない。それどころか、にこにこと、空いている向かいの席を指さされた。
「どうぞ~」
「いや、俺は……」
 ひとりでゆっくりしたくて、このお店にきたというのに。だが、目の前のにこにこ笑顔の美少年――に見えるが、実はとんでもない性格の人物の目は完全に新崎をロックオンしていた。
「そ、それじゃあ、甘えて」
 そう言いながら、松宮の向かいの空席に腰をおろした。あまりよい居心地ではない。
「ねえ、最近、ちーちゃんとはどう?」
「単刀直入ですね」
 まだ何も頼んでいないのに、松葉の質問攻めがはじめる。
「ていうか、新崎くんって、少しやせた? あれ? ダイエット中? それとも役作り的な?」
「い、いえ、別に……」
「ていうか、さぁ。全然日に焼けてねえじゃん、まあ、夏はこれからだけどさ」
 松葉はメロンソーダの上のバニラアイスをスプーンですくって口に運んでいる。
「ええ、まあ、インドア派なので」
 というよりスタジオ内のセットの中にこもりきりだ。
「あら、そうなの? 俺と一緒。ちーちゃんもインドア派」
「ええ、千尋さんは、休日――というか息抜き出来る暇があれば、本を読んでいることがおおいですから。あ、すみません、ブレンドをお願いします」
 近くを通り過ぎた店員は、新崎に話しかけられてニコリと笑った。
「そうなの? ちーちゃん、模型だがプラモだが知らないけど、やたら細かい作業するの、好きなはずじゃん。最近、それはしてないの?」
「ああ、それなら今も続けているはずです。ただ今は、『誰かさん』のせいで、仕事が大変らしくて」
「あは、そうなの、ウケる」
 その「誰かさん」である張本人は手を叩いて笑った。
「松葉先生こそ、休日は何してるんですか? というかちゃんと原稿しているんですか?」
「もちもち、ろんろん。そりゃもちろん。愛するダーリンと愛をはぐくむ休日を毎日送るために、そりゃもう必死で必死で」
「それなら来月はきっと千尋さんは今よりもっとゆっくりできるってことですよね?」
「……顔が整っていると、なんか変な圧がかかるんだね、新崎くん」
「え? 何のことですか? 俺はただ世間話をしているだけですが」
「敵対心丸見えすぎだよ。それでも役者かい?」
「舞台の上なら、サービスしますけど、ねえ……」
「え? ほんと? まじ? じゃ、俺のこと、うまい具合に見つめてくれる? 恋愛ドラマみたいな、きゅーんってやつを!」
「聞こえてました? 舞台の上でなら、っていってるんですけど」
「やってよ~、新崎~!」
「……やったら、原稿締め切りまでに終わらせてくれるんですよね? 先生」
「そりゃもう~~!」
 本当だろうか。あやしい。だが、これで、もし早めに原稿があがれば、すこしでも千尋の負担が減るはずだ。新崎は、覚悟を決めた。
「それじゃ。松葉先生、行きます!」
「はい、よし、来い!」
 途端、微妙だった空気が、ぴんと張り詰めた。新崎から放たれる何がが、変化した。さきほどと全く同じ人間のはずなのに、松葉の目の前にいる男は、完全に恋をする男だった。
 ただ無言で、じっとこちらを見つめてくる。瞳のすましたように落ち着いた表面の裏側に燃えるような激しい気持ちを隠して。
「こりゃすごいな」
 松葉が感心したように、新崎に手を伸ばした。新崎はそれをさけなかった。完全に、松葉に恋する男になりきっていた。松葉の手が、新崎の頬に触れる。触れた箇所が――。
「新崎くん? っていうか先生? おふたりで何しているんですか?」
 張り詰めていた空気が、ぐっともとの濃度にもどった。声の主は聞かなくてもわかる。新崎は、完全にフリーズした。
「ちちちちちちちちち、ちちひろさ」
「新崎くん、こんにちは。まさかこんなとrころで会うなんてね」
 千尋崇彦。大きな書類ケースを抱えて現れたのは、新崎迅人が思いを寄せる男だった。
「よ、ちーちゃん、邪魔するなよ」
 松葉がつまらなさそうに、唇をとがらせた。変な場面を見られてしまったと、新崎の頬が真っ赤にそまる。
「やけにふたりとも仲がいいですね」
「ま、まさか!」
「そうなの、そうなの! 新崎とは超ラブラブ!」
「え? いや、違います! 今のは全然! 全然!」
「そうなの? 新崎くん、ものすごい先生と見つめあっていたし、それに、手を……」
「ちちちちちち、違いますぅうううう! 違うんです! 俺は、俺はぁあああ!」
 机の上につっぷして悶える新崎に、きょとんと千尋は小首をかしげた。
「おまたせしました」
 ひきたてのコーヒーの香り。新崎の頼んだブレンドが到着した。店員は、倒れ込んでいる新崎をみて、一瞬、立ち止まったが、何事もなかったかのように、そっとカップを机の上に置いて、立ち去った。
「さて、それじゃ、今日の打ち合わせ、しましょうね、先生」
 にこやかに、千尋が、新崎の隣の席に座る。
「やだ」
 にこやかに、松葉が答えた。
 千尋さん、俺、なんかもう、いろいろと絶え絶えです。(了)

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