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・甘いひととき
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夕食後の後片付けが終わり、これから床に入るまでの小さな時間を、ふたりでソファに座って映像作品鑑賞に充てているときだった。
新崎迅人は、身じろぎしたとき腰に違和感を覚え、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。そして、その感触から、今日の昼の出来事を思い出して、千尋に声をかけた。
「どうしたの? 新崎くん」
千尋は会社員をしながら劇団の脚本を書いている。そして、この新崎は千尋がよく脚本をおろす劇団から大きく羽ばたき、駆け出しの新人俳優として劇場だけではなく、テレビドラマにも顔をうつすようになった小さな話題の人物だ。
互いに忙しい毎日なせいで、オフが重なりあうことは滅多にない。けれど、空いた小さな時間があれば、こうして、並んで二人でいる。千尋にとっても、新崎が隣にいることが当たり前の存在で、新崎にとっては千尋こそが、自分が隣にいたい人物だ。そんなわけで、彼らが今いる千尋名義のマンションの部屋だが、千尋の部屋というよりも、今ではふたりの部屋というべきか。新崎の私物が増えたリビングの、テレビ画面に映った刑事姿の新崎が笑う。
「ちょっと、千尋さん、こっち、こっちですってば」
画面に視線を向けている千尋の肩を、新崎が必死になって叩く。たしかに、画面の中の男の顔も新崎の顔なのだが、いまは目の前にいる本物の自分を見てほしい。
「ああ、うん、ごめん、今、いいところで」
ドラマがクライマックスへと向かっている。無事、事件が終わったあと、新米の刑事の成長に主人公が声をかけるというシーン。ここで、新米の刑事を新崎が演じている。
「千尋さん~、もう」
けれど、焦ることではないか、と新崎は、ちょっとむっとしながら、彼の横顔を眺めた。
可愛いひとだ。
出版社に勤めながら、脚本を書いている。そのとんでもないハードワークな激務に追われながらも、こうもおだやかにいられる。ちょっとしたことで揺るがない、自分を持っている。そして、彼の書いた話が、新崎を演劇の世界へと導いた。――憧れのひとが。
そんな大切なひとが、いま自分のすぐ横にいる。そして、じっと自分の出演したドラマを見てくれている。
じんと、胸が熱くなる。
この感覚がある限り、自分はどこまでも入っていられる、走り出したくなる。
「千尋さん!」
エンディングに入って、新崎は千尋を呼んだ。
「ねえ、千尋さん、もういいよね!?」
千尋が振り返って、新崎を見た。いいよ、と小さくつぶやく千尋に抱きつきたくなる新崎だったが、それをぐっと抑えると、ポケットの中のものを取り出した。
「じゃ~ん!」
小さな包装紙に包まれた飴玉がごろごろと出て来た。
「今日の撮影の最中にもらったのを忘れてて、いま思い出したんです。千尋さん、お一つどうですか?」
千尋はそんな新崎に、目を細めた。
「今さっき画面で見たきみはもっと、かっこよかったんだけどねえ……」
目の前のきみは、仔犬だな、とは口にしなかったが、千尋は、吐息をもらして笑った。
「わ、なんですか! もしかして、こういうアメちゃんは苦手です?」
「ああ、いや、そうじゃなくて。はい、いただきます」
「どうぞどうぞ」
(了)
新崎迅人は、身じろぎしたとき腰に違和感を覚え、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。そして、その感触から、今日の昼の出来事を思い出して、千尋に声をかけた。
「どうしたの? 新崎くん」
千尋は会社員をしながら劇団の脚本を書いている。そして、この新崎は千尋がよく脚本をおろす劇団から大きく羽ばたき、駆け出しの新人俳優として劇場だけではなく、テレビドラマにも顔をうつすようになった小さな話題の人物だ。
互いに忙しい毎日なせいで、オフが重なりあうことは滅多にない。けれど、空いた小さな時間があれば、こうして、並んで二人でいる。千尋にとっても、新崎が隣にいることが当たり前の存在で、新崎にとっては千尋こそが、自分が隣にいたい人物だ。そんなわけで、彼らが今いる千尋名義のマンションの部屋だが、千尋の部屋というよりも、今ではふたりの部屋というべきか。新崎の私物が増えたリビングの、テレビ画面に映った刑事姿の新崎が笑う。
「ちょっと、千尋さん、こっち、こっちですってば」
画面に視線を向けている千尋の肩を、新崎が必死になって叩く。たしかに、画面の中の男の顔も新崎の顔なのだが、いまは目の前にいる本物の自分を見てほしい。
「ああ、うん、ごめん、今、いいところで」
ドラマがクライマックスへと向かっている。無事、事件が終わったあと、新米の刑事の成長に主人公が声をかけるというシーン。ここで、新米の刑事を新崎が演じている。
「千尋さん~、もう」
けれど、焦ることではないか、と新崎は、ちょっとむっとしながら、彼の横顔を眺めた。
可愛いひとだ。
出版社に勤めながら、脚本を書いている。そのとんでもないハードワークな激務に追われながらも、こうもおだやかにいられる。ちょっとしたことで揺るがない、自分を持っている。そして、彼の書いた話が、新崎を演劇の世界へと導いた。――憧れのひとが。
そんな大切なひとが、いま自分のすぐ横にいる。そして、じっと自分の出演したドラマを見てくれている。
じんと、胸が熱くなる。
この感覚がある限り、自分はどこまでも入っていられる、走り出したくなる。
「千尋さん!」
エンディングに入って、新崎は千尋を呼んだ。
「ねえ、千尋さん、もういいよね!?」
千尋が振り返って、新崎を見た。いいよ、と小さくつぶやく千尋に抱きつきたくなる新崎だったが、それをぐっと抑えると、ポケットの中のものを取り出した。
「じゃ~ん!」
小さな包装紙に包まれた飴玉がごろごろと出て来た。
「今日の撮影の最中にもらったのを忘れてて、いま思い出したんです。千尋さん、お一つどうですか?」
千尋はそんな新崎に、目を細めた。
「今さっき画面で見たきみはもっと、かっこよかったんだけどねえ……」
目の前のきみは、仔犬だな、とは口にしなかったが、千尋は、吐息をもらして笑った。
「わ、なんですか! もしかして、こういうアメちゃんは苦手です?」
「ああ、いや、そうじゃなくて。はい、いただきます」
「どうぞどうぞ」
(了)
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