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1章:出会い
雨宿りと出会い 9話
しおりを挟む「あのままだと、ふたりとも食べられてしまうと思いました。それなら、どちらかひとりだけでも生き残るほうが良いと思って。狍鴞と視線が合ったのは私だったので、きっと私のほうを追ってくると考えたんです」
ほう、と皇帝陛下が興味深そうにつぶやく。護衛も感心したように朱亞を見ていた。その視線を受けて、ゆるりと首を動かして護衛の人に視線を移す。
「ああ、そういえば自己紹介をしていませんでしたね。わたしは李梓豪。皇帝陛下に仕えています」
そう名乗った青年は、恐らく桜綾と同じくらいの歳だ。
黄色みがかった薄茶色の髪を肩まで伸ばしていて、雨に濡れて水分を含み、ぽたりぽたりと毛先の束から水滴が落ちている。
瞳の色は蒲公英のように鮮やかな黄色だ。朱亞がじっとその目を見つめるから、梓豪はさっと目を隠すようにうつむいた。
「気味が悪い瞳の色でしょう?」
「あ、いえ。蒲公英の色だな、と思って。蒲公英っていろんな効能があるんですよ。仙人も愛用しているらしいです」
「……は?」
あまりに別方向からの言葉が返ってきて、梓豪は思わず朱亞を見つめてしまった。朱亞はにこりと微笑み祖父から教わったことを口にする。
「擦牙烏須髪還少丹という処方がありまして、これは歯を丈夫にし、筋と骨を強壮させる腎経の薬とのこと。八十歳以下の人がこの丹を飲むとひげや髪の毛が黒くなり、落ちた歯も再生できる。少年が飲めば老いるまで衰弱しないそうです」
「それもおじいさんの教え?」
桜綾に問われ、朱亞は素直にうなずく。多種多様なことを祖父は彼女に教え込み、それを覚えられるだけ覚えたのだ。
「仙人ねぇ……」
ぽつりとつぶやきをこぼす皇帝陛下。その目は面白いものを見つけたかのように、弓なりに細められた。それを感じ取ったのか、梓豪がこほんと咳払いをすると、朱亞は喋りすぎたと思い自分の手で口を塞ぐ。
「このまま後宮へ行きたかったが、そなたたちに風邪をひかせるのは忍びない。宿屋で一泊してから後宮へ向かうとしよう」
「お待ちください、陛下! 助けていただいたことは感謝しておりますが、わたくしは陛下の後宮に入る気はございません!」
後宮に入れば二度と外へは出られない。桜綾はそんな人生を送る気はまるでなかった。
彼女は自分に自信があった。商家の娘として生まれ、両親たちの商売を手伝うつもりでいた。そして、ゆくゆくは家を継ぐのだと自分の人生を定め、そのための知識を頭の中に叩きこんでいる。
それが狂い始めたのはいつからだろうか。あの商家の娘は絶世の美女だといわれるようになってからだと、桜綾は考える。確かに、自分は美しいという自負はあったが、それがまさか皇帝陛下の耳まで届くとは思っていなかった。
だから皇帝陛下が自分をわざわざ迎えに来るという噂を耳にして、衝動的に馬に乗り逃げだしたことを思い出し、桜綾はきゅっと唇を結ぶ。
馬以外にはなにも持たずに山へ迷い込み、川辺で馬は化け物に襲われてしまい、当てもなく山の中をさまよっている最中に強い雨が降りだしてきた。朱亞があの山小屋の扉を開けて呼んでくれなかったら、今頃どうなっていたかわからない。
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