95 / 116
ノラン・カースティン男爵。 3話
しおりを挟む
わたくしは彼に、これまでのことをすべて話した。ベネット公爵家で受けていた扱いも、どんなことを考えて生きていたかを。
「――こんな思いをするために、わたくしは生まれたのですか?」
最後にそう尋ねた。情けないことに、涙声になってしまったわ。それでも、涙は流さない。
レグルスさまがわたくしに近付いて、そっと肩に手を置いた。
じんわりと広がる彼の体温に、そっと目を伏せる。
「――そんな、ことが……」
「入れ替わったことに気付いたお父さまが、ノランさまに話したと聞いています。そして、ノランさまがマーセルを手放さなかったということも」
「それは……っ」
カースティン男爵の瞳が揺れた。ぐっと下唇を噛み締めて、じわりと血がにじむのを見て彼の中でいろいろな葛藤があるのだろうと考える。
「――……きみたちが生まれる前、カースティン家は借金に苦しんでいた」
ぽつりと言葉をこぼすカースティン男爵に、わたくしは顔を上げた。マーセルもわたくしの隣にきて、「借金?」と眉間に皺を刻む。
「立ち上げた事業がうまくいかなくて……。オリヴィエにも相当苦労させてしまった。そんなとき、陛下から子どもを入れ替えることを提案されて……飛びついてしまった……」
淡々と言葉を紡ぐのを複雑な表情で見つめるマーセル。
どうやら、借金を返したくてその提案に飛びついたようだった。ゆっくりと息を吐き、陛下とどのようなやりとりがあったのかを教えてくれた。
「オリヴィエと陛下が、学生時代に恋人だったことは知っていた。彼女が自分の身分を理由に陛下から離れたことも。すべてを知ったうえで彼女と結婚した。だが……もしもオリヴィエが陛下に嫁いでいたのなら、金に苦労することなく、子どもも幸せに暮らせていたのではないのか……そう考えてしまった」
カースティン男爵は机の上に肘をつき、手を組んでうつむいた。陛下と結婚するのなら、王妃か側室か……どちらにせよ、自分と結婚するよりも良い暮らしができるのだと考えた、ということよね? そこに、彼女の気持ちはあるのかしら……?
「そんな、そんなの……!」
マーセルが拳をぎゅっと強く握って、わなわなと震えた。彼女を落ち着かせるように、背中をぽんぽんと優しく叩く。
弾かれたように顔を上げたマーセルに、緩やかに首を横に振った。感情に飲み込まれてはいけない、と。
マーセルはわたくしを見て、ぐっと言葉を呑み込んだようだった。
「お父さまは、それでお母さまが幸せになると思っていたのですか?」
「そうだ。借金で苦しむよりは、彼女も生活に余裕ができて良いだろうと……」
「……ふぅん、独りよがりだね」
そこまで黙って聞いていたレグルスさまが、呆れたようにつぶやく。
その言葉に、カースティン男爵が顔を上げた。
「――こんな思いをするために、わたくしは生まれたのですか?」
最後にそう尋ねた。情けないことに、涙声になってしまったわ。それでも、涙は流さない。
レグルスさまがわたくしに近付いて、そっと肩に手を置いた。
じんわりと広がる彼の体温に、そっと目を伏せる。
「――そんな、ことが……」
「入れ替わったことに気付いたお父さまが、ノランさまに話したと聞いています。そして、ノランさまがマーセルを手放さなかったということも」
「それは……っ」
カースティン男爵の瞳が揺れた。ぐっと下唇を噛み締めて、じわりと血がにじむのを見て彼の中でいろいろな葛藤があるのだろうと考える。
「――……きみたちが生まれる前、カースティン家は借金に苦しんでいた」
ぽつりと言葉をこぼすカースティン男爵に、わたくしは顔を上げた。マーセルもわたくしの隣にきて、「借金?」と眉間に皺を刻む。
「立ち上げた事業がうまくいかなくて……。オリヴィエにも相当苦労させてしまった。そんなとき、陛下から子どもを入れ替えることを提案されて……飛びついてしまった……」
淡々と言葉を紡ぐのを複雑な表情で見つめるマーセル。
どうやら、借金を返したくてその提案に飛びついたようだった。ゆっくりと息を吐き、陛下とどのようなやりとりがあったのかを教えてくれた。
「オリヴィエと陛下が、学生時代に恋人だったことは知っていた。彼女が自分の身分を理由に陛下から離れたことも。すべてを知ったうえで彼女と結婚した。だが……もしもオリヴィエが陛下に嫁いでいたのなら、金に苦労することなく、子どもも幸せに暮らせていたのではないのか……そう考えてしまった」
カースティン男爵は机の上に肘をつき、手を組んでうつむいた。陛下と結婚するのなら、王妃か側室か……どちらにせよ、自分と結婚するよりも良い暮らしができるのだと考えた、ということよね? そこに、彼女の気持ちはあるのかしら……?
「そんな、そんなの……!」
マーセルが拳をぎゅっと強く握って、わなわなと震えた。彼女を落ち着かせるように、背中をぽんぽんと優しく叩く。
弾かれたように顔を上げたマーセルに、緩やかに首を横に振った。感情に飲み込まれてはいけない、と。
マーセルはわたくしを見て、ぐっと言葉を呑み込んだようだった。
「お父さまは、それでお母さまが幸せになると思っていたのですか?」
「そうだ。借金で苦しむよりは、彼女も生活に余裕ができて良いだろうと……」
「……ふぅん、独りよがりだね」
そこまで黙って聞いていたレグルスさまが、呆れたようにつぶやく。
その言葉に、カースティン男爵が顔を上げた。
148
お気に入りに追加
405
あなたにおすすめの小説
二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。
当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。
しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。
最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。
それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。
婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。
だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。
これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。
つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?
蓮
恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ!
ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。
エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。
ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。
しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。
「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」
するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
田舎者とバカにされたけど、都会に染まった婚約者様は破滅しました
さこの
恋愛
田舎の子爵家の令嬢セイラと男爵家のレオは幼馴染。両家とも仲が良く、領地が隣り合わせで小さい頃から結婚の約束をしていた。
時が経ちセイラより一つ上のレオが王立学園に入学することになった。
手紙のやり取りが少なくなってきて不安になるセイラ。
ようやく学園に入学することになるのだが、そこには変わり果てたレオの姿が……
「田舎の色気のない女より、都会の洗練された女はいい」と友人に吹聴していた
ホットランキング入りありがとうございます
2021/06/17
【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
王宮で虐げられた令嬢は追放され、真実の愛を知る~あなた方はもう家族ではありません~
葵 すみれ
恋愛
「お姉さま、ずるい! どうしてお姉さまばっかり!」
男爵家の庶子であるセシールは、王女付きの侍女として選ばれる。
ところが、実際には王女や他の侍女たちに虐げられ、庭園の片隅で泣く毎日。
それでも家族のためだと耐えていたのに、何故か太り出して醜くなり、豚と罵られるように。
とうとう侍女の座を妹に奪われ、嘲笑われながら城を追い出されてしまう。
あんなに尽くした家族からも捨てられ、セシールは街をさまよう。
力尽きそうになったセシールの前に現れたのは、かつて一度だけ会った生意気な少年の成長した姿だった。
そして健康と美しさを取り戻したセシールのもとに、かつての家族の変わり果てた姿が……
※小説家になろうにも掲載しています
【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる