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ノラン・カースティン男爵。 2話

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「ここは……?」
「お母さまの部屋です」

 マーセルがぴたりと足を止めた。目的地についたみたい。

 そして、オリヴィエさまの部屋、なのね……。寝込んだ、と言っていたから、きっとカースティン男爵が付き添っているのだろう。

 仲睦まじい夫婦、のように見えたのだけど……いえ、今、考えることではないわね。

「――お父さま。マーセルです」

 トントントン、とマーセルが軽くノックをすると、ガタンとした音とバタバタとした足音。ガチャっと扉が開き、憔悴しょうすいしきったようなカースティン男爵が出てきた。

 そして、わたくしたちを見ると一瞬、表情を強張こわばらせる。

「ノラン・カースティン男爵。お話がございます」
「……わかりました。こちらへどうぞ」

 歩き出すカースティン男爵。その歩き方は、フラフラとしていて……最初にお会いしたときとはまるで違う。

 マーセルが慌てて彼に近付き、その身体を支えるように手を添えて歩く。後ろ姿だけ見れば、とても仲睦まじい親子だ。

 彼女に支えてもらいながら、カースティン男爵は目的地まで歩いた。案内されたのは、彼の執務室のようだ。「適当に座ってください」と声をかけられ、わたくしたちは顔を見合わせてそれぞれ好きなところに座る。

「それで、話とは……?」
「ノラン・カースティン男爵。マーセルが花姫に選ばれていたことを、ご存知ですか?」
「え? ええ、はい」

 違うことを聞かれると思っていたのか、彼は目を丸くしてこちらを見た。

「おそらく、そのときマーセルに魔法をかけたのだと思います」
「なんのために……?」
「わかりませんわ、陛下のお考えは。――ただ、わたくしとマーセルが入れ替わったのは、陛下が関わっているのでは、と考えております」
「そういえば、マーセル嬢。魔法は使えるようになりましたか? 試してみてもらっても?」

 ブレンさまがマーセルへたずねると、彼女はハッとしたように顔を上げて、「試してみます」と一言つぶやいてから目を閉じて魔法を使う。

 両手の手のひらを上にし、ぽわりと優しい光が両手を包み――ポンっと、花が出てきた。

 花姫の条件として、魔法で花を出せる女学生、というのがある。

 彼女はぴったり、それに当てはまっているわね。

「――魔法……」

 うるっとマーセルの瞳に涙がにじんだ。……使えるようになったことが、嬉しいのね。

「マーセル、魔法が使えるようになったのなら、生活魔法も使えるわね?」
「はい、そうだと思います」

 ハンカチを取り出して涙を拭き取り、ぱぁっと明るい表情を浮かべる彼女に小さくうなずく。

「――ノランさま。わたくしの話を、聞いてくださいますか?」

 すっと立ち上がり、彼の前まで移動する。

 胸元に手を置いて、じっと彼を見つめると、カースティン男爵は真摯しんしなまなざしをわたくしに向けた。
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