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一時的なことだけど。 2話
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「わたくしとの婚約を、白紙にしてください」
「――は?」
マティス殿下は目を見開いた。わたくしは彼の前で従順なフリをしていたから、こんなことを口にするとは思わなかったのだろう。
婚約者として、彼を立てることばかりをしていたから……
「どういうつもりだ?」
「マティス殿下は、マーセルを愛しているのでしょう?」
「まさか、お前……マーセルをいじめたのか!?」
……この人はどうして、そんなことに考えつくのかしらね。
呆れたようにわたくしがため息を吐けば、「そうなんだな!?」となじられた。
「わたくしとマーセルは学科は別ですのに、どうしてわたくしが彼女をいじめられるとお思いで?」
「そんなの、お前が声をかけたら加担するものもいるだろう」
「わたくしに、そんな暇はありませんわ」
普段のタイムスケジュールを口にした。それはもう、流暢に。
段々と、マティス殿下の顔色が青くなっていく。わたくしのタイムスケジュールを知ろうともしなかった人だから、こんなにぎちぎちに組まれているとは考えもしなかったのでしょう。
こんなに忙しい日々を過ごしていたわたくしが、マーセルをいじめられるわけない。
「……いくらなんでも、詰め込みすぎだろ!?」
「ベネット公爵方におっしゃってください。わたくしのタイムスケジュールを管理しているのは、彼らなので」
我ながら、冷たい声が出た。
そんなわたくしの様子を気遣うように、レグルスさまがこちらに視線を向ける。
「……マティス殿下。俺はあなたに一騎打ちを申し込む」
「はぁ!?」
理解できないとばかりにマティス殿下が叫ぶ。
「ベネット公爵にも許可はいただいた。俺が勝ったら、カミラ嬢との婚約を白紙にしてもらう」
「なにを勝手なことを……!」
「……勝手なことをしているのは、マティス殿下のほうでしょう? わたくしという婚約者がいながら、マーセルと関係を持つなんて」
肩をすくめてつぶやくと、マティス殿下はぎょっとしたように目を丸くする。どうしてそのことを知っているのだと顔に書いてあるわ。
わたくしが呆れたように息を吐けば、ぐっと拳を握る。
「そ、そういうお前たちはどうなんだ!」
「俺は現在、カミラ嬢を口説き中。どう見てもマティス殿下とカミラ嬢のあいだに、愛は見えないしね」
「……それはまぁ、認めるが。政略結婚なんてそんなもんだろう」
否定はしない。政略結婚で結婚をしてから愛を育む。
それが貴族にとっては普通だもの。
「俺の国は恋愛結婚が主だよ。マティス殿下はカミラ嬢を愛していない。マーセル嬢を愛しているのだろう? なら、この婚約を白紙にするのは、あなたにとってもプラスなのでは?」
レグルスさまがにやりと口角を上げた。
そして、マティス殿下は黙り込んでしまった。
マティス殿下はなにを考えているのかしら……? 少し考えたあと、マティス殿下はわたくしたちを見て、眉間に皺を刻む。
「そもそも、カミラはどうなんだ? 彼に口説かれていることは、リンブルグ王国を背負うことになるんだぞ」
「……わたくしは、それも悪くないと思っておりますわ。彼は、わたくしを必要としてくれた、唯一の人ですから」
わたくしがそう言い切ると、その言葉が意外だったのかマティス殿下は言葉を呑んだ。
そして、すっと目元を細めて「……ふぅん」と面白くなさそうにつぶやく。
愛していないわたくしを、なぜ離そうとしないの?
……そこで、一つの仮説を思い付いた。
マティス殿下はただ、愛でるためだけのマーセルを望んでいるのかもしれない、と。
「――は?」
マティス殿下は目を見開いた。わたくしは彼の前で従順なフリをしていたから、こんなことを口にするとは思わなかったのだろう。
婚約者として、彼を立てることばかりをしていたから……
「どういうつもりだ?」
「マティス殿下は、マーセルを愛しているのでしょう?」
「まさか、お前……マーセルをいじめたのか!?」
……この人はどうして、そんなことに考えつくのかしらね。
呆れたようにわたくしがため息を吐けば、「そうなんだな!?」となじられた。
「わたくしとマーセルは学科は別ですのに、どうしてわたくしが彼女をいじめられるとお思いで?」
「そんなの、お前が声をかけたら加担するものもいるだろう」
「わたくしに、そんな暇はありませんわ」
普段のタイムスケジュールを口にした。それはもう、流暢に。
段々と、マティス殿下の顔色が青くなっていく。わたくしのタイムスケジュールを知ろうともしなかった人だから、こんなにぎちぎちに組まれているとは考えもしなかったのでしょう。
こんなに忙しい日々を過ごしていたわたくしが、マーセルをいじめられるわけない。
「……いくらなんでも、詰め込みすぎだろ!?」
「ベネット公爵方におっしゃってください。わたくしのタイムスケジュールを管理しているのは、彼らなので」
我ながら、冷たい声が出た。
そんなわたくしの様子を気遣うように、レグルスさまがこちらに視線を向ける。
「……マティス殿下。俺はあなたに一騎打ちを申し込む」
「はぁ!?」
理解できないとばかりにマティス殿下が叫ぶ。
「ベネット公爵にも許可はいただいた。俺が勝ったら、カミラ嬢との婚約を白紙にしてもらう」
「なにを勝手なことを……!」
「……勝手なことをしているのは、マティス殿下のほうでしょう? わたくしという婚約者がいながら、マーセルと関係を持つなんて」
肩をすくめてつぶやくと、マティス殿下はぎょっとしたように目を丸くする。どうしてそのことを知っているのだと顔に書いてあるわ。
わたくしが呆れたように息を吐けば、ぐっと拳を握る。
「そ、そういうお前たちはどうなんだ!」
「俺は現在、カミラ嬢を口説き中。どう見てもマティス殿下とカミラ嬢のあいだに、愛は見えないしね」
「……それはまぁ、認めるが。政略結婚なんてそんなもんだろう」
否定はしない。政略結婚で結婚をしてから愛を育む。
それが貴族にとっては普通だもの。
「俺の国は恋愛結婚が主だよ。マティス殿下はカミラ嬢を愛していない。マーセル嬢を愛しているのだろう? なら、この婚約を白紙にするのは、あなたにとってもプラスなのでは?」
レグルスさまがにやりと口角を上げた。
そして、マティス殿下は黙り込んでしまった。
マティス殿下はなにを考えているのかしら……? 少し考えたあと、マティス殿下はわたくしたちを見て、眉間に皺を刻む。
「そもそも、カミラはどうなんだ? 彼に口説かれていることは、リンブルグ王国を背負うことになるんだぞ」
「……わたくしは、それも悪くないと思っておりますわ。彼は、わたくしを必要としてくれた、唯一の人ですから」
わたくしがそう言い切ると、その言葉が意外だったのかマティス殿下は言葉を呑んだ。
そして、すっと目元を細めて「……ふぅん」と面白くなさそうにつぶやく。
愛していないわたくしを、なぜ離そうとしないの?
……そこで、一つの仮説を思い付いた。
マティス殿下はただ、愛でるためだけのマーセルを望んでいるのかもしれない、と。
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