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雪兎の家族話

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パァンッ


室内に痛そうな乾いた音が響いた
「やっぱり私のことなんて好きじゃないんでしょ!!アナタみたいな人ともう一緒に居たくないっ!!」
ヒステリックな甲高い声で、罵倒できる限りの言葉を言われ、最後に平手打ちと共に別れの言葉をなげられた

大量の荷物の入っているであろう、重そうなキャリーケースの取手を引っ掴んで出て行く元妻
彼女を追いかけることも、追いかけるつもりも一切ない
俺はただただその後ろ姿を冷めた目で見送った



「…はぁ……」
先程までの喧騒が嘘のように静まり返った部屋で、ゆっくり息を吐出す
思っていた以上に溜息が響き、誰も居ない静か過ぎるこの家に嫌気がさす


好きじゃなかったわけではないが、愛していたわけでもない
親から勧められたお見合いで出会い、言われるがままに付き合い、勧められるがままに結婚した

αらしい、勝ち気な彼女を嫌っているわけではなかった
お互い、仕事をしながらも家庭では出来るだけ仲良くしていたと思う


ただ、どうやっても愛することが出来なかった


不誠実だと言われないためにも、最低限のことはしてきたつもりだったが…
彼女にはバレていたのかもしれない

本当に愛している存在が他にいることを…


「ゆき……」
リビングに飾られた1枚の写真を手に取り、溜息が漏れる

写真立てに飾られている彼女と結婚する前の家族写真
みんな笑顔で微笑んでいるのに、右端は不自然に切り取られており、それを隠すように押し花が入れられている

たった一人の弟、のはずだが、今この家に弟がいた形跡は存在しない
最初から存在していなかったとでも言うように、この家から痕跡を全て消し去られている



5年前に番相手から離別させられ、体調を崩しながら出戻ってきた弟

強制的な番の解消により、精神的にも肉体的にも病んだことから病院に入らざるを得なかった

この家で俺が弟の面倒を見ることは出来ない
αばかりのこの家で、唯一のΩだった弟
発情期が来れば、番から捨てられたΩのフェロモンが家中に充満してしまう

何かあっても困るため、弟には極力関わらず、部屋に押し籠めることしかできなかった
だからこそ、病院では心穏やかに過ごせるよう良い場所に入れてやるつもりだった

良い病院があると、良くしてくれている上司からも資料をいくつか貰い、家族には黙って入院の準備をしていた



だが、結果は俺の予定していたものとは全く違うモノになってしまった…

親の決めた、どこのどんな場所かもわからない病院に送り込まれ、親子関係すら絶縁させられた


家にあった物、衣類やアルバム、食器など、弟に関する物は全て捨てられた
最初から、この家に弟など存在していなかったというように…



そこまでしてこの家から追い出したかったのか…
そこまで、Ωである弟を追い出したかったのか…
そんなに、この家にα以外が居るのは許せないのか…



あの日守ってやれなかったことを、俺は今も後悔している
今、何処で何をしているのか、生きているのかさえもわからない弟

たったひとりの、大切な、唯一愛してしまっていた弟







龍月たつきまで離婚するとは…」
α独特の威圧を隠そうとはせず、怒りに肩を震わせている父
定位置である上座の座椅子に胡座をかいて座る父の様子を、冷めた目で見つめる

「俺の愛情表現では、彼女が満足しなかっただけです。
不甲斐ない息子で申し訳ございません」
心にもない言葉を並べ、頭を下げる
こんな事をしても、彼女との関係はやり直すことはないし、やり直すつもりもない

「この期に、俺もこの家を出ようと思っております。丁度、横浜への転勤の案もありますから」

転勤を相談されていたのは事実だ
支社ではあるが、かなりの売上に貢献している為、本社内でも誰を送るべきかの会議が何度も行われていた
本来なら左遷だと思われるだろうが、今回の場合は異例にも栄転に近い
それに選ばれた俺は、本社内でも認められているという事なのだが、それを知るのは社内の人間だけだった


その為、彼女はここを離れたくないと言っていた
実家も近い東京から離れることに嫌悪し、「左遷なのに何喜んでるのよ!」と連日の喧嘩の原因になっていた

彼女が行かない場合でも、単身赴任で行くつもりではあった…

今回の離婚は、無意識にだが、自分でも望んでいた結果なのかもしれない


「左遷のような扱いも、今回の離婚の件も含め、お前にも失望した。二度と、この家の敷居を跨ぐことは許さん。
アレ雪兎がΩだったせいで、この家はおかしくなった。アレなど、もっと早く縁を切ってしまうべきだった」

深い溜息を漏らし、苛立ちから床を踏み鳴らすように歩き、部屋から出て行く父親を頭を下げたまま見送る


彼が去るのを確認し、つい薄ら笑みを浮かべてしまう

これで、やっとこの家から出て行ける
この男から逃げることができる
やっと、やっと、雪兎を探しに行ける
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