西の大賢者様。愛弟子たちは自覚が足らないようです。

一花カナウ

文字の大きさ
4 / 19
残された弟子たちの話

紙とペンと成長記録と

しおりを挟む
 師匠は記録が好きだった。
 東の大賢者様は口伝に重きを置いていて、書物を残すのは決まって弟子であったが、俺の師匠である西の大賢者様は自分で書物を残す人だった。その理由は――


 *****


 西の大賢者が亡くなって、俺はどうしたものかと頭を抱えていた。

「大賢者様……自分の死期がわかっていたなら、もう少し整理しておいてくれたらよかったのに」

 俺は盛大にため息をついた。
 亡くなる少し前から死を意識した言葉を俺に言うようになっていたが、あまり相手にしてこなかった。俺と同じ弟子のルーンとリリィのことばかり気にかけていたから、嫉妬に似たものを感じていたというのもある。もう少し真面目に聞いておけば――と思うことも確かにあるが、あのときに真剣に向き合っていたら、彼の死を認めてしまうことにもなるので素直にはできなかった。

「うわぁ、ずいぶんと増えているねえ」

 部屋の掃除を手伝うように依頼したリリィが部屋に無造作に積まれた紙束を見て驚きの声を上げた。隣のルーンもざっと見渡して、眼鏡の位置を直した。彼も驚いているのだろう。
 この部屋は一般的な家屋であれば三階以上にはなるだろう位置に天井がある。そこの高さまで本棚があって、書物やら何かを書き記した紙などが突っ込まれ、あるいははみ出した紙の束が床に積まれていて俺たちの背丈の二倍くらいの山になっている。これから整理する予定のものだ。

「特殊なペンで魔法紙に書きつけているから、素人に触らせられねえし。他の魔道士に依頼したら、勝手に持ち去られかねないからちっとも作業が進まん」
「一人でこれをやっていたんですか?」

 ルーンの問いに、俺は首を横に振った。

「さすがに匙を投げた。大賢者様の仕事を引き継いでいたら、そんな時間取れねえよ。今日までここは封印して、そのままだ」
「遺言というわけではないんですね」
「……そういえば、何も言われてないな」

 大賢者様が書いていたものは魔道書のはずだが、その処理や管理について何も言わないのは妙な気がする。

「ほら、さっさとやっちゃおう! 終わらせたら、冒険に出ていいんでしょ?」
「ああ、そうだな。始めるか」

 思案にふけると手が止まってしまう。リリィに促されて、俺たちは作業を開始したのだった。


 *****


「――大賢者様……」

 今、俺は別の意味で頭を抱えていた。

「あ、これは十年くらい前の記録? ルーンが私に振られて落ち込んでるって書いてある!」
「うわぁぁぁ⁉︎ 何読んでるんですかっ!」
「あ、こっちはアウルが初めて考案した魔法式のメモだ。懐かしー!」
「そんなもんが残ってるのか?」

 言われて、俺はリリィの手元にあった冊子を見る。記された日付がかなり古い。

「――あ、ホントだ。え、待て、二十年以上前? 俺がここに来て間もない頃のだよな」
「ということは、リリィは物心ついていないんじゃ……?」
「そりゃあ、当時の記憶はないけど、大賢者様が書いてるものはだいたい見せてもらっていたから知ってるよ」
「!」

 どうしてそれを早く言わなかった?

 俺は楽しそうに分別をしているリリィを恨めしく見つめてため息をついた。
 この部屋にあるものは魔道書に属する魔法に関した記述の書物の他に、俺たち三人の成長の記録がたくさん紛れていたのだった。
 赤子の頃から大賢者様に育てられていたリリィに関していえば、寝返りをうったのがいつだの、初めて歩いたのがいつだったかなんてことも残っている。どんなに些細なことでも、時間さえあれば書き込んでいたらしい。ルーンが振られた話も、リリィがここを出て行ったときのことも残されていた。

 他の人に見られなくてよかったというか……

「知っていたなら、片付ける前に一言欲しかった」
「どこに管理しているのか知らなかったし。この前ので全部消えちゃったんじゃないかって思っていたから」
「まあ、うん……そうか」

 リリィはなんというか……気が利かないのとは違うけど、俺とは違う時空を生きている気がする。ほとんど同じように育てられた気がするんだが。

「……読みふけっていると時間が足りなくなる。分別を頑張ろうぜ」
「はーい」

 紙の山は半分くらいになっただろうか。適当な棚に収める作業はまだ続く。


 *****


 床が見えてきたとき、そこに魔法式が描き込まれていることに気づいた。やがて最後の一冊が棚に入れられると、魔法式が作動した。

「お疲れさま、アウル、ルーン、リリィ」

 部屋にどこからともなく響いてきた声は懐かしい大賢者様の声だった。

「お前たちの記録はたくさん残してきた。簡単には失われないように魔法をかけてある」
「なんでそんな手間のかかることを……」
「お前たちはいつか大賢者と呼ばれる存在になることだろう。ときに道に迷うこともある。その道しるべになるかもと思い、残せるだけ残しておいた」

 俺たちの記録より、大賢者様の記録のほうが役に立ちそうな気がするんだが……

 野暮なことなので心の中でつぶやいて、ため息に変える。こういう少々ずれた感覚は間違いなくリリィに受け継がれていると思う。

「俺も幼い頃は先代に世話になり、こうして記録をつけられてきた。次の大賢者になる者は、残されてしまうらしい」

 その言葉とともに、どこからともなく紙とペンが飛んできた。俺が手を伸ばすとそこに収まる。魔法が込められたとても古いペンだ。紙も魔法がかけられた特殊なもので、長期保存に向いている。

「次の大賢者候補が現れると自動的にその者の情報が書き込まれる。アウルは必ずそれを見逃さないようにしなさい」
「え、なんで俺……」
「ルーン、リリィはアウルから次の大賢者候補の情報を受け取ったら探す手伝いをするように」
「はい」
「任せて!」
「お前たちに伝えたかったことはこの部屋に残してある。気が向いたときにここを訪ねなさい」

 そう言い残し、魔法式は消えて行った。

「ふふー。やっぱ、新しい大賢者はアウルなんだね」

 リリィが俺の前に回り込んで見上げてくる。大きな瞳が好奇心に満ちていた。

「いや、それはないと思うが……ルーンのほうが向いてると思うし」
「そうかな? 大賢者様は間違いなくアウルに託していると思うよ」

 そう告げて、本棚のある部分を指さした。

「今度あの辺りの書物を読むといいんじゃないかな。きっと役に立つから」
「う、うん……わかった」

 リリィが示した場所は彼女がまとめてしまってくれた場所なので、俺には何が書いてあるのかわからなかった。

「ああー無駄に疲れました。もう休みましょう」

 心の傷が増えたり抉られたりしていたルーンは、かなり憔悴した様子でペタンと座り込んでいた。

「えー、これから冒険の準備でしょ! 国からの依頼もたくさん来てるんだから!」
「待て、リリィ。お前はどうしてそんなに元気なんだ?」
「高難易度のミッションがあるって言うからこっちに来てるんじゃん! 楽しみにしてたら休んでられないよ」

 ぴょんぴょん跳ねると彼女のサイドテールが尻尾のように揺れる。体力ありあまりすぎだろ。

「悪い……僕は次のはパス」
「俺も少し休ませろ」
「じゃあ、簡単なミッションをこなしてこようかな。行ってきます!」

 宣言するなり、リリィは部屋を飛び出して行った。

「ほんと、元気だな……」
「アウル?」
「なんだよ、改まった声で」
「次の大賢者はあなただと思いますよ」
「どうだか」

 俺は肩をすくめる。そして、何か続けようとしたルーンを遮って口を開いた。

「大賢者と呼ばれる存在かどうかは俺が決めるんじゃなくて、周囲の人間が決めるもんだろ。俺は職業的には賢者だけど、大賢者かどうかは別の話だ。違うか?」

 問うと、ルーンは顔を赤くして俯いた。

「そうですね」
「それに、お前やリリィの記録も残しているんだから、素質はあるってことだ。それは忘れるな」

 そう告げて励ますと、俺はリリィが教えてくれた棚の場所をもう一度見て、この部屋を出たのだった。

《完》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...