西の大賢者様。愛弟子たちは自覚が足らないようです。

一花カナウ

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残された弟子たちの話

条件付きトラップっ⁉︎

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 事態は深刻である。

「――まずいな。閉じ込められたようだ」

 俺は冷静に状況を把握していく。入り組んだ洞窟の先で罠が発動し、来た道が塞がれてしまっていた。魔力の気配があって、何者かがここに罠を仕掛けて行ったようだ。
 同行していた二人も一瞬動揺していたが、さすがは冒険に慣れているだけあって切り替えは早い。怪我をしていないか、荷物は無事かを真っ先に確認すると、調査系の魔法でこの周囲を探り始めていた。

「条件付きトラップですね」
「古典的だな」
「指定の条件を満たせば、出られるようですよ」

 油断していた自分を恥じつつ、俺はため息をついた。
 これまでであれば自分の師匠である大賢者様が行なっていた仕事だ。しかし、その大賢者様が亡くなった今、それができるのは俺と、俺と同等の力や技能を持つルーンとリリィの三人が揃ったときである。

 大賢者様が亡くなってから一年以上になるっていうのに、こんな初歩的なミスを犯して情けない……。

 とりあえず、ルーンもリリィも無傷のようだ。俺はホッとしつつも、攻撃魔法で強引に突破しようとしているリリィを片手で止めておいた。実に彼女らしいが、もう少し頭を使ってほしい。

「で、条件ってなんだ?」
「そこの石碑に説明があるようですけど……え」

 ルーンが眼鏡の位置を直しながら、苦笑している。石碑の文面に反応したように見えたのだが、なんだというんだろう。
 俺は彼が指し示した石碑に近づいた。魔法の使用は認められないただの石板に文字が彫られている。

「えー、なになに? “このトラップは意中の相手と一緒にいる場合に発動する。この試練を利用して、思いを遂げよ”……ほう?」

 再び視線をルーンに向けた。なにやら思案しているようだ。
 ルーンが文面を見て固まるのも無理はない。ルーンはリリィのことを好いている。十年近く昔に告白して玉砕したことを俺は知っているが、今でも彼女のことを意識しているのは間違いない。

 なんで付き合わないんだろう?

 俺としてはルーンとリリィはお似合いだと思う。
 たっぷりと蓄えた知識を使った分析が得意なルーンと、類稀なるセンスで様々な魔法を使いこなすリリィの二人なら、仕事を共にするにはバランスがいい。
 落ち着いた物腰のルーンであれば、すぐに行動に移してしまうリリィを止められるだろう。ちょうどいいと思うのに。

「――なあ、リリィはここに意中の相手はいるのか?」

 そういえば、俺はリリィが未婚で居続ける理由を聞いたことがなかった。
 リリィは大賢者様から離れて独立した直後からはほぼ旅に出ていたので、腰を落ち着ける気がないんだろうと考えてはいた。若いうちに様々なことを経験をすべきだと大賢者様もおっしゃっていたから、誰も引き止めたりしなかったし。
 俺の問いに珍しく慌てていたのはルーンで、ある意味不躾でいきなりすぎる質問に、リリィはキョトンとして首を傾げた。

「それ、そのまま返す。アウルには意中の人、いるの?」

 ここでいると答えた場合、答えが二択になるんだが。
 どう答えたものか悩んで口ごもると、リリィが勝ち誇ったような顔をした。

「自分で答えられないデリケートな質問を、私に振らないで」
「……それは失礼しました」
「わかってくれたならいいよ」

 ひょっとしたら、意中の相手はここにいないのかもしれない。俺はリリィを好いてはいるが、それは恋愛ではない。人間として好いているだけだ。

 となると。

 俺とリリィはルーンに顔を向けた。

「え、思いを遂げることが目的なのに、振られろっていうんですか?」

 彼はギョッとしている。この中で意中の相手が存在するのはルーンだけである。
 よくよく考えてみれば、誰か一人がこの中に意中の相手がいるなら成立する問題なので、俺やリリィに意中の相手がいなくても成立することに気づいた。ルーンに想い人がいて、その相手がリリィであるならば充分なのだ。
 俺は真顔で親指を立てた。

「平たくいうとそうなる」
「ひどい……」

 半分涙目である。

 泣くほどのことなのか……。

 取り乱すほどに誰かを想ったことがないので、俺にはよくわからない感情だ。ただ、意図せぬ反応だったので申し訳なくは思った。

「とはいえ、振られるとは決まってない。だろう、リリィ?」
「え、そうなの?」
「ひどい……」

 ルーンは泣き崩れた。告白する前から振られるルーンが不憫である。
 すると、リリィは不思議そうな顔をして、そのあとに片手を横に振って何かを否定した。

「あ、そういう意味じゃなくてね。てっきり、アウルがルーンを好きなんだと思っていたから。ルーンもアウルのことを好いているし、相思相愛? 私の出番はないんだなって」
「は?」
「へ?」

 そっちか!!!!!

 俺たちは顔を見合わせた。しばし沈黙。

「えっと……ルーン、俺はお前を好いている。それは間違いない」
「ええ……そうですね、嫌いではないですね……」

 状況からルーンも察したらしい。涙を拭って頷いた。

「じゃあ、もう泣くな。一緒にここから出よう」

 ガシッとルーンを抱擁すると、道を塞いでいた岩が消滅した。

「おおー」

 リリィが驚きの声を出して拍手をしてくれる。ありがとう、君の言動は俺にはちょっとわかりかねるぞ。

「アウル……これはこれで虚しさがあるんですが」
「俺だって、抱きしめるならリリィのほうがよかった」
「だったら、リリィと付き合えばいいのに」

 彼女の耳に入らないように小声で話すと、俺たちは離れた。

「人選としては、このほうが話が早くていいだろ?」

 さっさとここを出て次の冒険に出たがっているリリィの背中を見ながら、俺は呟く。ルーンは苦笑した。

「まあ……。とりあえず、リリィが僕たちをどういう目で見ているのかわかっただけでも僥倖です。この程度の条件でよかった。口づけとかだったら、トラップごと吹き飛ばしますよ」
「確かにそうだな」

 下世話なトラップであれば、俺は間違いなくそうしただろう。リリィだったら、俺の制止も聞かずに問答無用で破壊するはずだ。

「でも、どうしてトラップを壊そうとしたリリィを止めたんです?」
「穏便に済ませられるならそれがいいと思っただけだ。単純に、こういうトラップが提示する条件に興味があった」
「条件を満たさずに破壊してもよかったのに」
「ははは」

 とりあえず笑ってごまかしておいた。ルーンとリリィをからかうのはしばらくやめておこう。

「ほらほら! 二人とも! 先に行っちゃうよー!」

 洞窟の奥の方からリリィの声がする。いつのまにかかなり先行しているようだ。

「悪い! すぐに行く」
「勝手な行動は慎んでください! また妙なトラップがあるかもしれませんよ!」

 リリィに急かされて、俺たちはすぐに彼女を追ったのだった。

《完》
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