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クリスマス特別編
【番外編】聖なる夜に
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番外編 聖なる夜に
オスカーが作る料理はいつだって美味しい。それは現世だけでなく前世でもそうだった。
「悔しいけど、美味しかったわ」
この世界には、いつだったかの転生の時にあったイベントによく似た聖夜が存在する。この世界の聖夜とは夕食にケーキとチキンを食べて、翌朝にプレゼントをもらうという行事だ。
今、そのご馳走を食べ終えたところである。一応の旦那さまであるオスカーが腕によりをかけて用意してくれた夕食は、いつも以上に美味しかった。
「悔しいけど、は余計だと思いますが」
オスカーはそう返してきたが、割と上機嫌な顔をしている。最近の彼はだいたいそんな調子で、はたから見たらわかりにくい程度ではあるけれど機嫌良くしている。
まあ、不機嫌でいられるよりはずっとマシなんだけど、手応えがないのよね。デレ成分が足りないというか、もっと甘やかしてほしいというか。
一緒に暮らすようになって、少しずつシスターとしての仕事も学び始めていて、色々と充実してはいるのだが、世の中の夫婦とはちょっと違う私たちの関係に、私自身がいまひとつ納得していない。
「はいはい、そうですねー」
さっさと皿を片付けて寝る準備をしようと動き出す。王都の夜はグンと冷え込むので、早めにベッドに潜りたい。基本的に寝室は別なので、部屋が寒いのだ。残念ながら自室には暖房設備はない。
お皿を下げ始めると、私の手にオスカーの手が添えられた。
「ん?」
私が見上げると、眼鏡の奥にある緑色の瞳に私の驚く顔が映っていた。そんな様子がわかるくらい彼の顔がものすごく近くにあって――目を開けたままキスをしてしまった。
「……は、はい?」
危ない危ない。お皿を落とさなくてよかった。木製なので割れることはないのだけども、欠けることはあるし、足に直撃でもしたら危険には違いない。
私が目をパチクリさせていると、オスカーは自然な動作で私から皿を受け取って流しに置く。
えっと、今のキスは何の合図ですかね?
こんなことは初めてで、とても困惑していた。オスカーが何を考えているのかわからない。
「今夜は僕の部屋にどうぞ。こちらのほうが暖かいでしょう?」
確かに、オスカーの部屋には暖房設備がある。私の部屋よりは暖かい。
「えっと……」
これはお誘いだろうか。そうは思うものの、あまり期待するとバカにされかねないので、ノリノリで応じるのは絶対に避けねば。
「おや、一人で眠りたい気分でしたら無理に誘いませんが」
「い、行く! 今夜はより冷えそうだものね!」
あくまでも寒いからだという風を装って答えれば、オスカーはくすくすと小さく笑い、私を抱き上げた。
毎度ながら、彼は私を軽々と横抱きにしてくれる。神父の格好をしていると一見細身なのに、脱ぐと結構筋肉があるのよね、彼。
「連れていって差し上げましょう。特別ですよ」
「わかってるわよ」
小さく膨れて私の期待を隠したつもりだが、オスカーにはごまかしきれていないのだろう。オスカーはとても楽しそうに笑って私を彼の寝室へと運び、ベッドに組み敷いた。
こういう時のオスカーはとても色気を感じられて、動悸が激しくなる。別に初めてではないのだけれど、なかなか慣れない。彼を伴侶として見るようになって、一番大きく変化した部分だ。
「――レネレット。覚悟はいいですか?」
ときどきオスカーは私を呼び捨てにするけれど、どういう基準なのだろう。わずかに顎を引いて承諾の意を示せば、すぐにキスが降ってきて――
そこで目が覚めた。
「な、ないわ……」
自室で一人きりで目覚めた私は、他に誰かがいるわけでもないのに頭からすっぽり毛布を被った。恥ずかしすぎる。
ただ、全部が夢だったわけではない。食後にキスをされたのは事実だし、部屋に誘われたのも事実なのだが、現実の私はというと警戒して逃げてしまったのだった。まさかこんな夢を見る羽目になるとは。
「……怒ったかな」
オスカーが私をベッドに誘うのはとても気まぐれだ。だが、念入りに準備をしていることが多い。服をプレゼントしたり、特別な献立で気分を盛り上げてくれたり。オスカーが形から入りたい人なのだということは前世からよくわかっているつもりだったが、うっかり見落としてしまったことが悔やまれる。
「あの夕食は聖夜だからじゃなくて、そういう気があったからなのね……」
なんだか申し訳ない。旦那のことをよく理解している妻になれてきた気がしていただけに、余計にしょんぼりした。
ちゃんと謝らないとね。へそを曲げていないといいけど。
長々とベッドにいては、朝の仕事に間に合わなくなってしまう。外は明るく白み始めたところだ。のんびりしていたらオスカーに嫌みをぶつけられかねない。
私がえいと毛布を剥いで起き上がると、枕元にプレゼントが置いてあることに気がついた。
「オスカーから?」
いつ置いたのだろう。起こしてくれてもよかったのに。
私が大きな袋を開けると、中に服が入っていた。暖かそうな寝間着だ。
袋に入っていたのは服だけでなく、手紙が添えてある。几帳面そうな筆跡はオスカーのものに違いない。
《親愛なるレネレット。昨夜は場を作り損ねてしまったようですね。精進します。オスカー》
「……って、そこ?」
精進するの?
短い文面には、オスカーが如何に自分のプライドを傷つけずに真意を伝えるか腐心しているように見えた。その透けて感じる想いに、私は思わず笑ってしまう。
ちゃんと謝って仲直りしよう。
私はさっきよりも明るい気持ちで身支度を整え始めた。
彼が服を贈る意味を思い出し、慌てふためくことになるのはこの夜の話であるが、それはまたの機会に。
《番外編 聖なる夜に 終わり》
オスカーが作る料理はいつだって美味しい。それは現世だけでなく前世でもそうだった。
「悔しいけど、美味しかったわ」
この世界には、いつだったかの転生の時にあったイベントによく似た聖夜が存在する。この世界の聖夜とは夕食にケーキとチキンを食べて、翌朝にプレゼントをもらうという行事だ。
今、そのご馳走を食べ終えたところである。一応の旦那さまであるオスカーが腕によりをかけて用意してくれた夕食は、いつも以上に美味しかった。
「悔しいけど、は余計だと思いますが」
オスカーはそう返してきたが、割と上機嫌な顔をしている。最近の彼はだいたいそんな調子で、はたから見たらわかりにくい程度ではあるけれど機嫌良くしている。
まあ、不機嫌でいられるよりはずっとマシなんだけど、手応えがないのよね。デレ成分が足りないというか、もっと甘やかしてほしいというか。
一緒に暮らすようになって、少しずつシスターとしての仕事も学び始めていて、色々と充実してはいるのだが、世の中の夫婦とはちょっと違う私たちの関係に、私自身がいまひとつ納得していない。
「はいはい、そうですねー」
さっさと皿を片付けて寝る準備をしようと動き出す。王都の夜はグンと冷え込むので、早めにベッドに潜りたい。基本的に寝室は別なので、部屋が寒いのだ。残念ながら自室には暖房設備はない。
お皿を下げ始めると、私の手にオスカーの手が添えられた。
「ん?」
私が見上げると、眼鏡の奥にある緑色の瞳に私の驚く顔が映っていた。そんな様子がわかるくらい彼の顔がものすごく近くにあって――目を開けたままキスをしてしまった。
「……は、はい?」
危ない危ない。お皿を落とさなくてよかった。木製なので割れることはないのだけども、欠けることはあるし、足に直撃でもしたら危険には違いない。
私が目をパチクリさせていると、オスカーは自然な動作で私から皿を受け取って流しに置く。
えっと、今のキスは何の合図ですかね?
こんなことは初めてで、とても困惑していた。オスカーが何を考えているのかわからない。
「今夜は僕の部屋にどうぞ。こちらのほうが暖かいでしょう?」
確かに、オスカーの部屋には暖房設備がある。私の部屋よりは暖かい。
「えっと……」
これはお誘いだろうか。そうは思うものの、あまり期待するとバカにされかねないので、ノリノリで応じるのは絶対に避けねば。
「おや、一人で眠りたい気分でしたら無理に誘いませんが」
「い、行く! 今夜はより冷えそうだものね!」
あくまでも寒いからだという風を装って答えれば、オスカーはくすくすと小さく笑い、私を抱き上げた。
毎度ながら、彼は私を軽々と横抱きにしてくれる。神父の格好をしていると一見細身なのに、脱ぐと結構筋肉があるのよね、彼。
「連れていって差し上げましょう。特別ですよ」
「わかってるわよ」
小さく膨れて私の期待を隠したつもりだが、オスカーにはごまかしきれていないのだろう。オスカーはとても楽しそうに笑って私を彼の寝室へと運び、ベッドに組み敷いた。
こういう時のオスカーはとても色気を感じられて、動悸が激しくなる。別に初めてではないのだけれど、なかなか慣れない。彼を伴侶として見るようになって、一番大きく変化した部分だ。
「――レネレット。覚悟はいいですか?」
ときどきオスカーは私を呼び捨てにするけれど、どういう基準なのだろう。わずかに顎を引いて承諾の意を示せば、すぐにキスが降ってきて――
そこで目が覚めた。
「な、ないわ……」
自室で一人きりで目覚めた私は、他に誰かがいるわけでもないのに頭からすっぽり毛布を被った。恥ずかしすぎる。
ただ、全部が夢だったわけではない。食後にキスをされたのは事実だし、部屋に誘われたのも事実なのだが、現実の私はというと警戒して逃げてしまったのだった。まさかこんな夢を見る羽目になるとは。
「……怒ったかな」
オスカーが私をベッドに誘うのはとても気まぐれだ。だが、念入りに準備をしていることが多い。服をプレゼントしたり、特別な献立で気分を盛り上げてくれたり。オスカーが形から入りたい人なのだということは前世からよくわかっているつもりだったが、うっかり見落としてしまったことが悔やまれる。
「あの夕食は聖夜だからじゃなくて、そういう気があったからなのね……」
なんだか申し訳ない。旦那のことをよく理解している妻になれてきた気がしていただけに、余計にしょんぼりした。
ちゃんと謝らないとね。へそを曲げていないといいけど。
長々とベッドにいては、朝の仕事に間に合わなくなってしまう。外は明るく白み始めたところだ。のんびりしていたらオスカーに嫌みをぶつけられかねない。
私がえいと毛布を剥いで起き上がると、枕元にプレゼントが置いてあることに気がついた。
「オスカーから?」
いつ置いたのだろう。起こしてくれてもよかったのに。
私が大きな袋を開けると、中に服が入っていた。暖かそうな寝間着だ。
袋に入っていたのは服だけでなく、手紙が添えてある。几帳面そうな筆跡はオスカーのものに違いない。
《親愛なるレネレット。昨夜は場を作り損ねてしまったようですね。精進します。オスカー》
「……って、そこ?」
精進するの?
短い文面には、オスカーが如何に自分のプライドを傷つけずに真意を伝えるか腐心しているように見えた。その透けて感じる想いに、私は思わず笑ってしまう。
ちゃんと謝って仲直りしよう。
私はさっきよりも明るい気持ちで身支度を整え始めた。
彼が服を贈る意味を思い出し、慌てふためくことになるのはこの夜の話であるが、それはまたの機会に。
《番外編 聖なる夜に 終わり》
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