90 / 123
5:清算のためにすべきこと
意外な人に呼び止められて
しおりを挟む
※※※※※
精霊管理協会の職員に挨拶をして施設の外に出る。陽射しが眩しい。私の実家よりもずっと南にあることもあって、季節のわりには暑さを強く感じる。
「ここから先は公共機関を使っての移動にするか?」
「そうですね……」
元婚約者のいるお屋敷がどこにあるのかは知っている。居住地を明かしている人でもあるので、タクシー等で案内してもらうことも可能なはずだ。
ここから歩いていくにはそれなりの距離があり、何か乗り物を使うのがいい。
「スタールビーさんって運転できるんですか?」
「私有地内は走れる」
「無免許ってことですか……」
「前のマスターが住んでいるところがだいぶ辺境の地だったからな。食糧をはじめ、日用品の調達のために里におりるから、使い方くらいはわかるんだ」
予想していたよりも深刻な事情だった。切実である。なんせ、今持っている鞄に並べられた石たちがみんな鉱物人形だったというのだから人数がかなり多いわけで、そんな人数をまかなうとなると物量が大変なことになるのは想像が容易い。
私とは違う事情なのだな、と頷いた。
「なるほど……。私も私有地内なら問題ないんですけどね。精霊使いの許可証をもらったら、車の免許も取っておきますか」
なお、私の場合は実家の敷地内を移動するのに車を運転する必要があっただけである。引きこもりなので外出すること自体があまりなかったが、用事がまったくないわけでもなく、数少ない自分の自由を手に入れるためにステラに教えてもらった。
「未来に前向きなのは結構だが、それって帰宅できなくなる振りじゃないのか?」
指摘されて、私は気丈に振る舞うのをやめた。
「……あはは。ちょっとこわくなっちゃいました。大丈夫だって、自分に言い聞かせてはいるんですが」
銀の鎖に繋がれた紫黄水晶のペンダントトップに触れて、苦笑する。
大丈夫、私はやれる。
スタールビーは小さく笑った。
「それは仕方がないさ。いい思い出、あそこにはないんだろ?」
「食事は印象的でしたよ。記憶に残っていたんですから」
嘘はついていない。スタールビーが作った料理を食べて、元婚約者と食事をしたことが脳裏をよぎったのだから。悪い思い出ばかりではない。
「緊張して味なんか覚えていないっていうのが定番じゃないのか?」
「そりゃあ正直なところあまり味は覚えていなかったですけど、なにが入ったどんな料理なのかは覚えていられるんですよ。どんなに調子が悪くても、どんなに状況が悪くても、私、食欲はあるので」
呆れたように言われて心外である。
「君は強いねえ」
「どうも繊細さはないようです」
私は肩をすくめる。
ここで立ち止まっていても時間がもったいない。交通網の確認をするためにまずは駅に向かおうと歩き出したところで、私は呼び止められた。
精霊管理協会の職員に挨拶をして施設の外に出る。陽射しが眩しい。私の実家よりもずっと南にあることもあって、季節のわりには暑さを強く感じる。
「ここから先は公共機関を使っての移動にするか?」
「そうですね……」
元婚約者のいるお屋敷がどこにあるのかは知っている。居住地を明かしている人でもあるので、タクシー等で案内してもらうことも可能なはずだ。
ここから歩いていくにはそれなりの距離があり、何か乗り物を使うのがいい。
「スタールビーさんって運転できるんですか?」
「私有地内は走れる」
「無免許ってことですか……」
「前のマスターが住んでいるところがだいぶ辺境の地だったからな。食糧をはじめ、日用品の調達のために里におりるから、使い方くらいはわかるんだ」
予想していたよりも深刻な事情だった。切実である。なんせ、今持っている鞄に並べられた石たちがみんな鉱物人形だったというのだから人数がかなり多いわけで、そんな人数をまかなうとなると物量が大変なことになるのは想像が容易い。
私とは違う事情なのだな、と頷いた。
「なるほど……。私も私有地内なら問題ないんですけどね。精霊使いの許可証をもらったら、車の免許も取っておきますか」
なお、私の場合は実家の敷地内を移動するのに車を運転する必要があっただけである。引きこもりなので外出すること自体があまりなかったが、用事がまったくないわけでもなく、数少ない自分の自由を手に入れるためにステラに教えてもらった。
「未来に前向きなのは結構だが、それって帰宅できなくなる振りじゃないのか?」
指摘されて、私は気丈に振る舞うのをやめた。
「……あはは。ちょっとこわくなっちゃいました。大丈夫だって、自分に言い聞かせてはいるんですが」
銀の鎖に繋がれた紫黄水晶のペンダントトップに触れて、苦笑する。
大丈夫、私はやれる。
スタールビーは小さく笑った。
「それは仕方がないさ。いい思い出、あそこにはないんだろ?」
「食事は印象的でしたよ。記憶に残っていたんですから」
嘘はついていない。スタールビーが作った料理を食べて、元婚約者と食事をしたことが脳裏をよぎったのだから。悪い思い出ばかりではない。
「緊張して味なんか覚えていないっていうのが定番じゃないのか?」
「そりゃあ正直なところあまり味は覚えていなかったですけど、なにが入ったどんな料理なのかは覚えていられるんですよ。どんなに調子が悪くても、どんなに状況が悪くても、私、食欲はあるので」
呆れたように言われて心外である。
「君は強いねえ」
「どうも繊細さはないようです」
私は肩をすくめる。
ここで立ち止まっていても時間がもったいない。交通網の確認をするためにまずは駅に向かおうと歩き出したところで、私は呼び止められた。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
キスから始まる主従契約
毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。
ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。
しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。
◯
それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。
(全48話・毎日12時に更新)
【完結】小さなフェンリルを拾ったので、脱サラして配信者になります~強さも可愛さも無双するモフモフがバズりまくってます。目指せスローライフ!〜
むらくも航
ファンタジー
ブラック企業で働き、心身が疲労している『低目野やすひろ』。彼は苦痛の日々に、とにかく“癒し”を求めていた。
そんな時、やすひろは深夜の夜道で小犬のような魔物を見つける。これが求めていた癒しだと思った彼は、小犬を飼うことを決めたのだが、実は小犬の正体は伝説の魔物『フェンリル』だったらしい。
それをきっかけに、エリートの友達に誘われ配信者を始めるやすひろ。結果、強さでも無双、可愛さでも無双するフェンリルは瞬く間にバズっていき、やすひろはある決断をして……?
のんびりほのぼのとした現代スローライフです。
他サイトにも掲載中。
記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される
マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。
そこで木の影で眠る幼女を見つけた。
自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。
実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。
・初のファンタジー物です
・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います
・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯
どうか温かく見守ってください♪
☆感謝☆
HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯
そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。
本当にありがとうございます!
【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
この村の悪霊を封印してたのは、実は私でした。その私がいけにえに選ばれたので、村はもうおしまいです
小平ニコ
恋愛
主人公カレンは、村の風習でいけにえとして死ぬことを命令される。最低の家族たちに異常な育て方をされたカレンは、抵抗する気力もなく運命を受け入れた。村人たちは、自分がいけにえに選ばれなくて良かったと喜び、カレンの身を案じる者は一人もいない。
そして、とうとう山の神に『いけにえ』として捧げられるカレン。だが、いけにえの儀式で衰弱し、瀕死のカレンの元に現れた山の神は、穏やかで優しく、そして人間離れした美しさの青年だった。
彼との共同生活で、ずっと昔に忘れていた人の優しさや思いやりを感じ、人間らしさを取り戻していくカレン。一方、カレンがいなくなったことで、村ではとんでもない災いが起ころうとしていた……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる