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サミュとサミュエル

男爵side焦り

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「…くそっ、あの男が帰ってきてしまった。あの眼差し、もしかしてサミュエルの事を疑っているのか…。」

私は黒檀製のテーブルにガチャリとグラスを叩きつけた。飛び散った琥珀色の酒が、テーブルにシミを作るのを歯軋りをしながら見つめていると、少し離れた椅子に座っているかつて愛人だった妻が、爪にヤスリをかけながらクスクスと笑った。

「あら、サミュエルは本物と同じ色ですわ。そんな赤ん坊の頃しか知らない侯爵が分かるはずありませんし。私一度お会いした事がありますけど、…美丈夫でも冷たい目つきで私を見たのを今でも忘れませんわ。」


見栄えだけ良い、知能の乏しいこの女を妻にしたのは失敗だったかもしれない。子供だけ奪って放り出すべきだったか。まだ元妻の方が頭が回ったろう。

私は今はサミュエルと名乗っている自分の息子を思い浮かべた。確かに色は銀とギリギリ紫というところだが、身内以外に偽物だと言う者が居るはずもない。


そもそも最初から、自分の子を身代わりにしようなどと思っていた訳では無かった。昔から楽天的なマイケルは従兄弟の私から見ても苦労知らずで、ケルビーノ伯爵の後継者として過不足なく育った伸びやかな男だった。

そんな従兄弟に、才能も能力も決して劣らない自分が、たまたま男爵家に生まれついただけで差をつけられる理不尽さに、言い知れぬ怒りを感じていたのだ。


けれどもそこは貴族社会。そんな話は何処にでも転がっている。そんな自分に誘惑が囁いたのは、マイケルと美しい妻リリアンが一度に亡くなったその夜だろうか。

丁度同じ時期に愛人が産んだ隠し子が銀と青紫だったこともあり、私は誘惑に身を投じたんだ。今も本物のサミュエルは、最低限の世話で体も弱く、教育もしていない。


年相応の口さえ利くことが出来るかも怪しい。もし企みが発覚したとしても、そんな子供を貴族社会に戻そうとしても今更遅いだろう。

体面が大事な貴族社会において、準備が出来てない子供をデビューさせるのは敗北に等しい。しかも貴族界デビューはあと一年後に迫っている。それは侯爵だからこそよく分かっているはずだ。


私は浮かぶ笑みを感じながら、グラスを持ち上げて言った。

「侯爵、貴方がもう少し早くこの国に戻ってくれば、少しは状況が違ったかも知れませんね?」

喉を潤す強い酒の味は、まさに勝利の味わいだった。









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