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私はチェルシー
苦手な相手
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「どう、どう!」
愛馬のルルが美しい白い馬体を艶めかせて立ち止まった。13歳の頃から毎朝私は、敷地の泉の辺りまで乗馬をするのが日課だった。家族には危ないと心配されたものの、我儘を言わなくなって“まるで別人のように良い子“になった私の望みは自然叶えてもらえる様になった。
最初のうちはお兄様達と一緒に早駆けしていたけれど、17歳になった今ではお兄様達も私に付き合う程暇ではなくなってしまった。そう言う私も最近は早起きして乗る余裕がなくて、学園から帰宅してからこうして乗る事が増えてしまった。
ルルからゆっくりと身体を滑らす様に降りると、甘える様に鼻づらをこちらに向けて長いまつ毛を瞬かせる。私はクスクス笑って首の辺りを強めに撫でてあげた。
私とのこの時間をルルも楽しんでくれている気がして、私はルルに笑いかけると手綱を手に巻きつけて近くの馬止めまで引いて行った。
馬丁が馬たちのために清潔な水飲み場を用意してくれているので、ルルは機嫌良く泉から流れてくる水をガボガボと飲んだ。私はそれを確認してから側にあるベンチに座って、ジャケットを脱いだ。
黒い透ける生地をふんわり使った風船袖のブラウスと、ピッタリした真っ赤なベストは、白い乗馬ズボンと黒い革のブーツとのコントラストが効いて、身につけただけで気分が上がる。
最初は黒いブラウスなどと眉を顰めた侍女達も、実際に身につけたら目を見開いて素敵だと賛同してくれる様になった。
『本当にチェルシー様の衣装のご注文は度肝を抜かれるような事が多いですけど、洗練されてますわ。最近ではブライデン伯爵家の使っている仕立て屋に客が殺到してると言う噂までありますもの。
勿論、チェルシー様のドレスを見た貴族の方々でしょうけど!きっと社交界デビューしたら一世風靡するに違いありません。』
この世界の令嬢達の衣装は甘くて可愛らしいものばかりで、さすがの私も飽きが来ていた。もっとメリハリの効いたものが着たくて、お母様に許可をとって仕立て屋に注文したストライプの爽やかなドレスが、ひと目を惹いたのが最初だった。
それもあって最近では、自分の着たいドレスや衣装を自由に作らせてもらえる様になった。
『チェルシーは小さい頃と比べたら、良い子過ぎるからね。少しくらいの我儘は、両親にとっては嬉しいものなんじゃ無いか?』
そう言って4歳上のマイケルお兄様は楽しげに笑った。
私はマイケルお兄様の言葉をなぞる様に思い出して苦笑した。12歳以前のチェルシーと今の私とでは別人だもの。違って当然だわ。それにしても以前の私はどれほど我儘だったと言うのかしら。あんなに皆が口を揃えて言うのだから相当だったみたいね。
私はベンチの側の葉を千切って、唇に押し当てて息を吹き込んだ。空気に溶ける高い草笛の音が自分に起きた不思議な経験を本物だと示してくれる。誰もこんな遊びは知らないのだから。
ふと屋敷の方から一頭の馬がこちらに向かって駆けてくるのが見えて、私は眉を顰めた。大きな黒い馬を見つめて、私はハッとして立ち上がるとジャケットを羽織った。ボタンもそこそこに、のんびり草を食んでいるルルのところに戻ると、馬止めから手綱を引き抜いた。
早く逃げなくちゃ!
けれども私の予想より速く、見事な黒い馬が側まで来てしまった。慌ててルルに飛び乗って走り出したらぶつかってしまうかもしれない。無理をさせてルルに怪我をさせる訳にはいかないので、私はため息をひとつつくと、諦めて黒馬がこちらへやって来るのを眺めた。
なぜ彼を前にすると、こんなにも胸の中が騒ついて不安定になるかしら。誰とでも仲良くする事が得意な私なのに、こんなにいつまでも苦手な相手は彼だけ。渋々挨拶だけでも済ましてしまおうと、貼り付けた笑顔を浮かべて待っていると、主人の髪色にそっくりの黒馬が息を弾ませて少し手間で立ち止まった。
「最近はこの時間に乗馬しているのかい?チェルシー。乙女になっても相変わらず馬に乗るのが好きと見える。チェルシーが乗り始めた頃は大き過ぎると思った白馬も、すっかり丁度良いみたいだ。」
私は少し落ち着かない気分で口を開いた。
「何歳になろうと、ルルと走るのは好きなんです。でももう戻ろうと思ってたところです。…どうぞゆっくり休憩して行って下さい。お邪魔はしませんわ。」
取り敢えず無難に挨拶を済ませてホッとした私に、サッと降りて黒馬の手綱を持って近付いて来たゴードン様が立ち塞がった。今や青年貴族になったゴードン様は煙った灰色の瞳で私をじっくりと検分して、感情を見せずに言った。
「すっかり君も一人前のご令嬢か。その衣装もよく似合っている。…私が君の社交界デビューのエスコート役になった。」
思わぬ事を言われて、私はびっくりして目を見開いた。エスコート役?なぜ、彼が?
「…エスコート役はマイケルお兄様か、ケルビンお兄様かと思っていました。」
私が戸惑いながらそう呟くと、ゴードン様は肩をすくめた。
「さぁね。私も最近ブライデン伯爵に頼まれた所だからね。君の兄上達もあちこちからエスコートの希望が届いてるせいじゃ無いのかい?これも貴族の政治だよ。」
まるでゴードン様が私のエスコートを引き受けたのが政治のためだと言わんばかりのその言葉に、私は恥ずかしさにカッとなって、ゴードン様の灰色の瞳をじっと睨みつけた。
なぜか少しため息をついたゴードン様は私から目を逸らすと、ルルに手を伸ばして優しく首筋を撫でた。ルルとゴードン様の黒馬のベイメは昔から仲良しで、ルルもベイメに鼻づらを擦り付けている。
そんな二頭を見つめていたゴードン様はチラッと私を見下ろして呟いた。
「…このくらい飼い主も可愛げがあればね。」
愛馬のルルが美しい白い馬体を艶めかせて立ち止まった。13歳の頃から毎朝私は、敷地の泉の辺りまで乗馬をするのが日課だった。家族には危ないと心配されたものの、我儘を言わなくなって“まるで別人のように良い子“になった私の望みは自然叶えてもらえる様になった。
最初のうちはお兄様達と一緒に早駆けしていたけれど、17歳になった今ではお兄様達も私に付き合う程暇ではなくなってしまった。そう言う私も最近は早起きして乗る余裕がなくて、学園から帰宅してからこうして乗る事が増えてしまった。
ルルからゆっくりと身体を滑らす様に降りると、甘える様に鼻づらをこちらに向けて長いまつ毛を瞬かせる。私はクスクス笑って首の辺りを強めに撫でてあげた。
私とのこの時間をルルも楽しんでくれている気がして、私はルルに笑いかけると手綱を手に巻きつけて近くの馬止めまで引いて行った。
馬丁が馬たちのために清潔な水飲み場を用意してくれているので、ルルは機嫌良く泉から流れてくる水をガボガボと飲んだ。私はそれを確認してから側にあるベンチに座って、ジャケットを脱いだ。
黒い透ける生地をふんわり使った風船袖のブラウスと、ピッタリした真っ赤なベストは、白い乗馬ズボンと黒い革のブーツとのコントラストが効いて、身につけただけで気分が上がる。
最初は黒いブラウスなどと眉を顰めた侍女達も、実際に身につけたら目を見開いて素敵だと賛同してくれる様になった。
『本当にチェルシー様の衣装のご注文は度肝を抜かれるような事が多いですけど、洗練されてますわ。最近ではブライデン伯爵家の使っている仕立て屋に客が殺到してると言う噂までありますもの。
勿論、チェルシー様のドレスを見た貴族の方々でしょうけど!きっと社交界デビューしたら一世風靡するに違いありません。』
この世界の令嬢達の衣装は甘くて可愛らしいものばかりで、さすがの私も飽きが来ていた。もっとメリハリの効いたものが着たくて、お母様に許可をとって仕立て屋に注文したストライプの爽やかなドレスが、ひと目を惹いたのが最初だった。
それもあって最近では、自分の着たいドレスや衣装を自由に作らせてもらえる様になった。
『チェルシーは小さい頃と比べたら、良い子過ぎるからね。少しくらいの我儘は、両親にとっては嬉しいものなんじゃ無いか?』
そう言って4歳上のマイケルお兄様は楽しげに笑った。
私はマイケルお兄様の言葉をなぞる様に思い出して苦笑した。12歳以前のチェルシーと今の私とでは別人だもの。違って当然だわ。それにしても以前の私はどれほど我儘だったと言うのかしら。あんなに皆が口を揃えて言うのだから相当だったみたいね。
私はベンチの側の葉を千切って、唇に押し当てて息を吹き込んだ。空気に溶ける高い草笛の音が自分に起きた不思議な経験を本物だと示してくれる。誰もこんな遊びは知らないのだから。
ふと屋敷の方から一頭の馬がこちらに向かって駆けてくるのが見えて、私は眉を顰めた。大きな黒い馬を見つめて、私はハッとして立ち上がるとジャケットを羽織った。ボタンもそこそこに、のんびり草を食んでいるルルのところに戻ると、馬止めから手綱を引き抜いた。
早く逃げなくちゃ!
けれども私の予想より速く、見事な黒い馬が側まで来てしまった。慌ててルルに飛び乗って走り出したらぶつかってしまうかもしれない。無理をさせてルルに怪我をさせる訳にはいかないので、私はため息をひとつつくと、諦めて黒馬がこちらへやって来るのを眺めた。
なぜ彼を前にすると、こんなにも胸の中が騒ついて不安定になるかしら。誰とでも仲良くする事が得意な私なのに、こんなにいつまでも苦手な相手は彼だけ。渋々挨拶だけでも済ましてしまおうと、貼り付けた笑顔を浮かべて待っていると、主人の髪色にそっくりの黒馬が息を弾ませて少し手間で立ち止まった。
「最近はこの時間に乗馬しているのかい?チェルシー。乙女になっても相変わらず馬に乗るのが好きと見える。チェルシーが乗り始めた頃は大き過ぎると思った白馬も、すっかり丁度良いみたいだ。」
私は少し落ち着かない気分で口を開いた。
「何歳になろうと、ルルと走るのは好きなんです。でももう戻ろうと思ってたところです。…どうぞゆっくり休憩して行って下さい。お邪魔はしませんわ。」
取り敢えず無難に挨拶を済ませてホッとした私に、サッと降りて黒馬の手綱を持って近付いて来たゴードン様が立ち塞がった。今や青年貴族になったゴードン様は煙った灰色の瞳で私をじっくりと検分して、感情を見せずに言った。
「すっかり君も一人前のご令嬢か。その衣装もよく似合っている。…私が君の社交界デビューのエスコート役になった。」
思わぬ事を言われて、私はびっくりして目を見開いた。エスコート役?なぜ、彼が?
「…エスコート役はマイケルお兄様か、ケルビンお兄様かと思っていました。」
私が戸惑いながらそう呟くと、ゴードン様は肩をすくめた。
「さぁね。私も最近ブライデン伯爵に頼まれた所だからね。君の兄上達もあちこちからエスコートの希望が届いてるせいじゃ無いのかい?これも貴族の政治だよ。」
まるでゴードン様が私のエスコートを引き受けたのが政治のためだと言わんばかりのその言葉に、私は恥ずかしさにカッとなって、ゴードン様の灰色の瞳をじっと睨みつけた。
なぜか少しため息をついたゴードン様は私から目を逸らすと、ルルに手を伸ばして優しく首筋を撫でた。ルルとゴードン様の黒馬のベイメは昔から仲良しで、ルルもベイメに鼻づらを擦り付けている。
そんな二頭を見つめていたゴードン様はチラッと私を見下ろして呟いた。
「…このくらい飼い主も可愛げがあればね。」
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