竜の国の人間様

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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混乱の学校生活

ミチェルside感覚

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 三日ぶりに王立学校へ足を運んだついでに、たまには屋台を冷やかすのも良いかと気まぐれな気持ちで、一人広場に向かった。

 最近は総合専攻の上級生の常として、王宮内の仕事を週の半分ほど請け負う事も増えていた。卒業後は領主見習いと王宮での仕事を兼ねなければならないのは分かりきっていたので、学校にいる今はまだ、気を緩める自由な時間がある事に何処か感謝さえ感じていた。

 周囲の下級生の視線は相変わらず私に纏わりつくが、それはそれで利用価値がある事を今は自覚していた。


 ふと広場の奥にディーがちょこんと座って、何か飲んでいる。白いマントを着ている者は他にも右往左往しているのに、ディーの姿が目に飛び込んでくるのだから、私は思わず苦笑してしまった。

 ディーには面倒な相手が関わっているのが噂で明らかになるにつれて、私がそこに参戦するのは得策ではないと考えるのは当然の判断だ。そう考えた筈なのに、こうやって大勢の中から彼を見つけてしまう自分に言い訳めいたため息をついて、ディーに向かって歩き進んだ。


 不意に聞こえてきたのは、目の前に座った総合専攻、多分新入生ではないだろう女子学生がディーに向かって苛立った調子で話している言葉だった。

 彼が私のお気に入りだとか、青竜のバルト様との親密な噂だとか、…私のハーレムの一人がこの女子学生をそそのかしたのか?一体誰だ?私が誰だろうと考えていると、言われ放題だったディーが、珍しく顔を顰めて言い返していた。

 私の知る彼はいつもご機嫌で、こんな時でさえ良好な空気を醸し出すイメージがあったから、私は思わず面白い気持ちになって、その様子を見守ってしまった。


 だから女子学生がディー目掛けて手元の飲み物をぶちまけた瞬間、私は呆然とそれを見つめることしか出来なかった。そしてディーがそうされた瞬間、燃える様な怒りを感じた。

 思わず女子学生の手を掴むと、奥歯を軋ませて問い詰めていた。

 この女子学生が私に関する事でディーに詰め寄っていたのを、のんびり傍観したせいでこんなあり得ない被害が起きてしまったのかと、自分の顔が怒りと後悔で強張ったのが分かった。


 女子学生のヒステリックなディーへの暴言が聞くに耐えなくて、私は掴んだ手も汚れる気がして解放すると、ディーに再び視線を向けた。

 白いマントをドロっとした液体が流れて地面に落ちるのを見て、私はハッとしてディーの側に駆け寄った。まじまじと見ても、何とも酷い有様だった。頭から被った最近流行りのデトックスドリンクは、薄気味悪い色と形状で、それがディーを覆っていた。

 思わずハンカチを出して拭こうと手を伸ばすとディーは私を制して、何故か楽しげな雰囲気でいきなり水魔法で頭からお湯を被った。


 何気なくやったその大胆な後始末は、後で考えれば酷く高度な魔法だと気がつくけれど、その時は水浸しのディーが髪を絞る姿に見入っていた。どことなくしどけなく見えてしまったのは、それが個人的な状況でしか見られない仕草のせいだろうか。

 それからディーは頓着なく私に目を閉じた顔を仰向けた。

 お湯を被ったせいかほんのり頬が上気したつるりとした肌はきめが細かくて、思わず指でなぞりたい気持ちにさせられた。そして無防備に閉じられた瞼から伸びる黒い睫毛の影が頬に落ちて、妙な庇護欲が湧いた。


 ふっくらとした血色の良い赤らんだ唇は少し開いて、まるで口づけを強請るかの様だった。けれど、ディーは私が拭こうとしていたのを制してお湯を被ったのだから、それは私の願望に過ぎない。

 私は手の中のハンカチでそっとディーの顔の雫を丁寧に拭った。こんな状況なのに妙に楽しく感じてしまった。こうしてじっくり見ると、ディーは綺麗だ。言動を伴うと可愛さを感じるけれど、目鼻立ちのバランスはエキゾチックで飾っておきたい絵画の様だ。


 ゆっくり真珠色の瞼が持ち上がると、そこから大きめの明るい緑色の瞳が私を見つめた。その時の感情は覚えのないものだった。そんなコントロール不能な自分に戸惑って、私は今や周囲の喧騒を解決する事に気を逸らした。

 この女子学生が勝手に出しゃばったのか、そうで無いのか精査しなければと考えつつも、ハーレムの統制の必要を感じた。こんな事は二度と御免だ。

 苛立った私が思わず周囲に威圧を掛けたせいで、ディーの友人も去ってしまった事に慌てたディーの手を取って歩き出しながら、言い訳しながら彼を手放せないでいる自分を自覚していた。


 屋台の後で顔を出そうと思っていた我々の溜まり場へ連れて行くと、ディーはもはや冷えてきたのか、寒そうに肩をすくめつつも好奇心を滲ませて周囲を見回した。

 絡んできた同期の熊獣人のライルが、興味深々でディーをじっと見たのが気に入らない。私はディーを隠す様に急ぎ足で個室へ向かった。仕事や研究に追われる私達には、共有の仮眠室が何部屋か用意されていた。準備された明るい部屋にディーと入室すると、私は急に落ち着かなくなった。


 そんなつもりは無かったけれど、ライルの揶揄いの言葉が意識に浮かび上がって来る。素直にマントを脱いだディーの首元から胸に掛けて、濡れたシャツが身体に張り付いているのを見て、私はその邪な気持ちを強引に押し退けて今すべき事を優先させた。

 湯浴み場のお湯を溜めながら、私はいつも使用していた部屋が空いてて良かったと口元を緩めた。

 自然利用する部屋が決まって来るので、私は自分のお気に入りのエッセンスを持ち込んでいた。それを湯船にたっぷりと流し込むと、上品で良い香りが一気に立ち上った。

 …ディーは気に入ってくれるだろうか。


 部屋に戻ると、窓の外を見ていたディーが神妙な顔で振り返った。強引に連れて来られて戸惑っているのかもしれない。私は敢えてテキパキと棚から自分用のブラウスを手渡して風呂に入る様に言うと、後ろも見ずに部屋を出て鍵を閉めた。

 ディーがどんな顔をしていたか、敢えて見ない様にしたのは我ながら問題を先送りにしただけかもしれない。…問題?自分でこれ以上ドツボに嵌らない様に無意識に思考を切ったものの、階下に降りて談話室に戻ると仲間たちが好奇心を向けてきた。


 「さっきの可愛子ちゃん、お前の新しいハーレム要員か?」

「もう部屋から出てきたのですか?代わりに私が行きましょうか。」

 笑いながら好き勝手言う彼らに顔を顰めると、私はカウンターの上のお茶をカップに注いで振り返った。

「あの子をそんな風に言うのはよせ。…そんな子じゃない。」

 思わず軋む様な声音こわねになってしまったせいか、仲間たちがニヤニヤして顔を見合わせたのがまた気に食わない。歯に衣着せぬライルが、ニンマリして畳み掛けて来る。


 「ミチェルがそんな風に肩入れしてるのを初めて見たぞ?お前はハーレムにも気は使ってる感じはするが、入れ込んでるのは見た事ないからな。彼は一体誰なんだ。」

 答える気はなかったが、黙って本を読んでいた仲間の一人が話に割って入ってきた。

「多分、彼が噂のパーカス殿のご子息なんじゃないか?白いマントに華奢な黒髪の新入生。私が手に入れた情報と合致する。ミチェルはブレーベルの出身だろう?パーカス殿がブレーベルの近くの辺境で隠居していたのは有名な話だ。」


 全員の視線が集まったのを感じて、私は無言でお茶を飲み干した。

「…とにかく、彼に構うな。干渉不要だ。」

 談話室に背を向けて部屋に向かうと、奴らがザワザワとディーの事を話し出すのを感じて、思わず顔を顰めてしまった。ここに連れてきたのは良くなかったか。

 扉を開けるとまだ湯浴み場の方で気配を感じて、私は急に落ち着きがなくなってしまった。何周か歩き回って、それにも己の馬鹿馬鹿しさを感じて窓の外を眺めていると、ディーが慌てた様子で現れた。


 ああ、やっぱりディーは綺麗だ。愛人の様な色気を感じるその出立ちは、胸元のボタンが掛け違っているせいで、ますます無防備に感じる。誰かの服を直すことなどした事はなかったけれど、自然に手が動いていた。

 ボタンを外してディーの滑らかな首元が曝け出されると、その先を暴きたいという欲望が一気に募った。けれどもディーの緊張した表情を見てしまったら、私は彼に嫌われたくない一心で、抵抗する指先を無理に動かして魅惑的な首筋を隠した。


 廊下を歩きながら私を紳士だと言う彼の言葉に、私は苦笑して細い指先を掴んだ。

 いつもの私ならきっと強引に事を進めていただろう。それに迎合する向きはあっても抵抗される事など殆ど無いからだ。相手がどう思っているのか怖くなるなんて、まるで経験のないその感情に私自身戸惑っている。

 指に触れるその温かな感覚に、妙な愛着を感じている自分が信じられない。けれどもその事に向き合う前に、談話室で待ち構えている仲間から彼をガードしなくてはならなかった。


 最上級生達に物怖じせずに挨拶するディーを見つめながら、私はこの経験の無い感覚に戸惑っていた。…彼は危険だ。私が私でいるためには、彼を遠ざけなくては。でも、そんな事が出来るだろうか?




 

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