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高等部二年生

039

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「信じるよ」

 ぼくはすぐに答える。
 一刻も早く、怜くんの不安を取り除きたかったから。
 怜くんがぼくと真摯に向き合ってくれていることは、まだ掴まれた腕が痛みを残していることで、文字通り痛いほど分かった。
 怜くんも、眞宙くんも、七瀬くんのためじゃない。
 ぼくのために、怒ってくれてたんだ。
 他人の罪を被る必要はないと。
 ぼくの答えを聞いた怜くんは、目に見えてほっと息をつく。
 新鮮な表情に、気付いたらぼくは怜くんの頬に手を伸ばしていた。
 そろりと撫でると、その上に綺麗な手を重ねられる。

「何だ」
「なんか……見たことない顔だなって」
「格好悪いだろ」
「そんな風には思わないよ」
「じゃあ、どう思うんだ」
「愛らしいなって、うわっ!?」

 手を伸ばしていたのもあって、急に立ち上がった怜くんに驚く。

「風紀委員室に行ってくる。他に話したいこともあるしな」
「え?」
「お前は引き続き、眞宙からも怒られてろ」
「えぇっ!?」

 しかも怜くんはさっと背中を向けて、会議室を出ていってしまった。
 急な展開に、ぼくは眞宙くんが姿を現しても呆けていた。
 顔を見せた眞宙くんに怒っている様子はなく、風紀委員室での荒々しさはすっかり消えている。

「ごめんね、会議室に閉じ込めたりなんかして。……どうしたの? 怜は怜で、顔を真っ赤にしてたけど?」
「えええ?」

 怜くんが、顔を真っ赤に……? 何それ見たい!
 じゃなくて、え? もしかして照れてたの? だから風紀委員室に行くって? 何それやっぱり見たい!

「今追いかけたら間に合う?」
「無理じゃないかな? 他人に情けない姿見せるの死ぬほど嫌がるから、もう赤みも引いてると思うよ」
「残念……」

 呟きながら、ふとした疑問が湧いた。

「眞宙くんは、怜くんの情けない姿を見たことがあるの?」
「……」

 ぼくの質問に何故か眞宙くんは黙り込む。
 そして少し考える素振りを見せてから、口を開いた。

「怜にそんな姿があるって知ったら、保は幻滅するより可愛いとか思っちゃうよね?」
「なでなでしたくなるね!」
「じゃあ、ノーコメント」
「そんな!?」

 もう見たことがあるって言ってるようなものだけど。
 しかしぼくが知りたいのは、情けない姿を見せたエピソードであって、それを訊けないんじゃ意味がなかった。

「……でも眞宙くんは知ってるんだ」
「保だって、俺が知らない怜を知ってるでしょ。俺は心底、発情してる怜なんて知りたくないけど」

 幼なじみだけど、それぞれに見せる姿は違うということだろうか。
 むぅ、でも怜くんの情けないエピソード知りたい……。
 不満を隠そうともしないぼくに、眞宙くんは苦笑しながら、先ほどまで怜くんが座っていた椅子に腰を下ろす。
 そして諭すように話しはじめた。

「保、人は自分にとって都合のいいことしか話さないし、見せないんだよ。いくら小さい頃からの付き合いだって言っても、知らない面があるのは当然のことさ。本人が隠してるんだから」

 言い聞かせるように、丁寧に。
 耳に優しく、眞宙くんの言葉が届く。

「保は根が正直だから、疑うことを知らないんだろうけど、誰だって隠し事はするんだ。好きな人の前じゃ特に、ね。……だからあまり僕の言うことも信じ過ぎないでね」

 言い終わると、眞宙くんは艶やかに笑った。
 迫力のあるその笑顔は、ワインレッドの彼の髪に良く似合っていて――諭されているはずなのに、改めて告白を受けたようで、少し気恥ずかしくなる。

「怜に連絡したのも、風紀委員室での保の行動が完全に怜の沸点事案だったから、キレた怜を保に見せるためだったんだよ。僕としては本気の怜に怯える保を、慰めるつもりだったんだ」
「うん……本気で怒る怜くんは怖かった。けど、ぼくのためだって分かったし。眞宙くんも、ごめんね! ぼくのほうこそ、自分のことしか考えてなくて……。それと怜くんに、昨日のことを説明するように言ってくれて、ありがとう」

 感謝を伝えるため、ぼくは立ち上がって、眞宙くんに頭を下げた。
 眞宙くんはいいよと笑って答えると、ぼくに再度座るよう促す。

「それも保にとって辛い結果になるなら、どうにか説得して怜から保を引き離そうと思ってたんだ。だけど……保を、『いつもの保』に戻すのは、やっぱり怜なんだって思い知らされてたところ。僕が慰めても、保は寝不足になるのに、怜は照れ顔一つで笑顔にするんだから、嫌になるよ」
「ぼくはその照れ顔を見れてないんだけどね!?」

 ぼくのところには怜くんの顔が赤かったという情報しかきていない。
 けどそれだけで頬が緩んでしまうのも事実だった。
 怜くんに関しては、とことん現金だなと自分でも思います。

「保が今みたいな顔のときは、僕も安心なんだけどね。……最近の保を見てると、中等部のときを思いだすんだ」
「中等部?」
「一時期、情緒不安定な時期があったの覚えてる? 怜の顔を見ると、急に泣きそうになったり」
「あー……」

 前世の記憶を取り戻してすぐのときだ。
 あのときは生きる世界の違いや、ゲームの結末に混乱しきっていた。
 今はもう理解しているはずだけど……現実を受け止めきれない姿が、傍目には情緒不安定に映るんだろうか。

「流石に心配するよ。発端は七瀬くんのせい? 怜と保の仲を引き裂いてくれるならまだしも、ただ保を傷付けるだけなら、目に余るんだよね。僕がどうして怜と保の仲を認めてるか分かる?」
「ううん」

 眞宙くんの問い掛けに、素直に首を振る。
 別の人を好きだと公言してる人間に告白するのは勇者だと思ったけど、眞宙くんは怜くんとぼくの体の関係も知っていて、認めてくれているんだ。
 聖人かな……?

「怜が一番保を元気にするからだよ。明るく、笑顔にできる。無理矢理、仲を引き裂いて自分のものにしたところで、そこに幸せがないことは僕の両親が示してくれてるからね」

 ああいうのは、家だけでお腹いっぱい、と眞宙くんはうそぶく。
 そこに込められた諦観を、ぼくは計り知れない。
 お互い家のことについて話すことは少なかった。
 ぼくの家については、話す必要もないって感じらしいけど。
 この手の話題は、名家であればあるほどナイーブになる。
 だから今も、踏み込んで話を聞くのは躊躇われて、ぼくは静かに頷くだけに留めた。
 
「いっそ彼には他へ移ってもらおうか?」
「他って……?」
「寮がある学校はここだけじゃないからね」
「いやいやいや、待って!?」

 それって七瀬くんを他の学校へ移すってこと!?
 とんでもない提案に慌てて口を開く。

「自主退学するのはぼくのほうだよ!?」
「保が? 何で?」

 しかし余計なことを口走ってしまったことに気付き、両手で口を押さえた。
 ぼくの発言を聞いた眞宙くんは、顔を近付け、ぼくと目を合わせるとにっこり微笑む。

「説明してくれるよね?」
「……はい」

 この笑顔からは逃げられない。
 洗いざらい話せば、きっと頭のおかしい子だと思われる。
 でもそのほうが、これから眞宙くんに不必要な心配をかけることも減るんじゃないか、という望みもあり――。
 ぼくは、ここではじめて、前世の記憶について語った。
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