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5.サウラスにて
5-9. エラスト
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船着き場の興奮が収まった後、ルチアーノ、マイアリーノとオレは、海岸近くの村の家に案内された。平屋の一軒家は、普段は集会所のように使われているらしく、広々として清潔だった。
よく日の当たる奥の一室にマイアリーノを寝かせると、ルチアーノはジョヴァンナに呼び出されて出て行ってしまい、オレはだだっ広い室内で一人になる。
どうせなら村を散策してみようかとドアを開けると、すぐ外にいた子どもに扉をぶつけてしまった。硬い木のドアに額を叩かれた子が、泣きそうな顔で頭を押さえている。
「ごめん! 大丈夫!?」
慌ててしゃがみ込んで茶色い前髪の下を確認すると、少し赤くなっているだけで腫れてもないし、血も出ていなかったが、子どもは「う~」と唸って涙を零し始めた。
「ああ~っ……ごめんよ、いたいよね。冷やすもの持ってくるから、ちょっと待ってて」
オレが室内に戻ろうすると、後ろからシャツの裾を引っ張られた。もう一人いたらしい。
「アナが悪いんだよ! そんなドアの側にいるからっ!」
「アナ! ミゲル! 今日はお客がいるからそっち行っちゃ駄目よ!」
建物を取り巻く低い石垣の向こうから、若い女の人が息せき切って走ってきた。麦わら色の太いお下げがシンプルなエプロンドレスの前で揺れている。
「すみません、子どもが悪さをして!」
「悪さなんかしてない! オレたちは余所者が悪さをしないか見張りに来たんだ!」
ミゲルと呼ばれた男の子がオレを睨み上げてフンと鼻息を漏らした。アナの方は、もう泣き止んで女の人のスカートの影からオレの方を窺っている。
「いえ、こっちこそ不用意にドアを開けてすみません。オレは外を出歩かない方がいい?」
「いいえ、ご自由に。でも、今の時期は特に見る物もありませんよ。日が落ちれば寒くなりますし、中に居られた方が……、お食事もお持ちしましたし」
女の人が腕に下げていた籠をオレの方に差し出す。受け取って蓋を開けると、まだ温かいパンと、塊の肉とチーズ、スープと乳の壺が入っていた。とても一人じゃ食べきれない量だ。ルチアーノはいつ戻るか分からないし、マイアリーノは眠ったままだから、こんなにあっても冷えてしまうだけで勿体ない。
ずっしり重い籠を抱えて困惑していると、目の前のミゲルの腹がグウと音を立てた。
「……良かったら皆で食べませんか? 一人で食べても美味しくないし……」
そう申し出ると、ミゲルが露骨に顔を輝かせた。女の人は困ったように眉を下げたけど、オレが再度頼むと「じゃあお言葉に甘えて」と、はにかんだ笑みを見せて中へ入ってくれた。
三人はこの集会所でよく暇を潰しているらしく、手早くスープや肉を温め直し、広々としたテーブルに食事の用意を調えてくれた。
足を繋がれたまま船の上で一晩過ごしたせいで、オレの腹は思いのほか冷えていたようで、温かいスープが沁みるように美味しい。
食べながら話をすると、一番年長の女の人はイザベルという名で、年は人間で言うと十七才くらいだと教えてくれた。ミゲルは十才、アナは五才くらいらしい。
カレルは自分の村に年下は三人しかいないと以前言っていたから、この三人がそうなんだろう。
「ね~、アキオはカレルと旅したんでしょ? いいなあ、オレも行きたかった。カレルのヤツ、弓を教えてくれるって言ったのに、全然教えてくれないんだ。アキオは弓できる?」
一緒に食事をしたせいですっかり打ち解けた様子のミゲルに聞かれ、オレは首を振った。
「じゃあカレルが帰ってきたら一緒に教えてもらおうぜ! オレ、多分アキオになら勝てる気がする!」
オレは十歳のこどもに早速舐められているようだ。まあ実際勝てる気はしないので苦笑しておくしかないんだけど。
「アナもカレルと遊びたい……アナ、いっしょにおふねにのるならカレルが良いの」
イザベルの膝の上でアナがモジモジしながら言うと、ミゲルが眉間に皺を寄せてそっぽを向いた。
「アナなんか相手にするもんか。イザベルの方が年が近いんだから、イザベルと一緒に乗るって決まってるだろ」
「そんなの大人が勝手に言ってるだけよ」
オレは三人が何を話しているのか分からず、首を傾げる。それに気付いたイザベルが眉を下げて軽く頭を下げた。
「ゴメンね、内輪の話ばかりで。サウラスはどんなところ? あんな大きな船は初めて見たわ。どうやって作るのかしら?」
「サウラスは……活気があって賑やかです。船の作り方はオレには分からないけど、揺れないし速いし、良い船ですよね」
サウラスではほとんど聖堂でこき使われるだけだったから、話題を広げることもできず、オレは密かに落ち込んだ。イザベルはエラスト人の中では色白の方で、碧い丸い目をした美人だ。アナを膝に乗せていると若い母親のようにも見えるくらい落ち着いている。
カレルと並ぶと、どちらも落ち着いた雰囲気の似合いの男女になるよなと思い、ふとさっきの会話の意味に気がついた。
つまり、二人は多分親が決めた許嫁とかそんな感じのヤツでは?
若い者が少ない村なら、年が近いだけでそういう扱いを受けるのは分かる。
分かるけど、急に口の中のスープの味が分からなくなった。
別に友達に婚約者がいたところで、何の問題も無いのに。お似合いだって自分でも思ったくせに。なんでオレはショックを受けてるんだろう。
「アナもおふね乗りたい」
「馬鹿、舟に乗るのは大人だけだ。アナなんか、百年経っても無理に決まってら」
「おふね……」
アナはむにゃむにゃ言いながらイザベルの胸に寄りかかって目を閉じてしまった。
「あらあら、おねむだわ。ミゲルももう帰らなきゃ。私は片付けがあるから、アナを背負って帰れる?」
「しゃーねえなあ」
イザベルがミゲルの背中にアナを乗せる。オレは慌てて
「オレが片付けとくんで……!」
と立ち上がったけど、イザベルが口の前に指を立てたのでそれ以上は言えなくなった。
ミゲルは「アナはホントに手がかかるんだから!」とぶつくさ言いつつ、嬉しそうな足取りで外へ出ていく。彼らの家は向かいの石垣を越えてすぐの所に並んだ二軒らしく、すぐに迎え入れられているのがこっちの玄関から確認できた。
「ふふ……ミゲルはアナのことが好きなのよ。小さいけどいっちょ前よね。意地っ張りだから言い出せないけど」
イザベルは空の皿を回収しながら優しい顔でそう言った。
「でもアナはカレルに夢中なのよ。小さい女の子の憧れでしょうけど。彼は優しいし、小さい子と遊ぶのが上手いから」
「……あなたも彼が好き?」
オレが聞くと、イザベルは今度は可笑しくて仕方が無いと言った様子で吹き出した。
「まさか! カレルは変わり者すぎるわ!」
「そんなに変わってるかなあ……?」
「私にとっては変人よ! だってずーっと一緒に育ってきたのに、まるで何を考えてるか分からないんだもの。大人たちは私と彼をくっつけたがってるみたいだけど、私は嫌だわ。あんな変なのと一緒になったら苦労するだけよ」
無い無い!と激しく手を左右に振るイザベルに、オレはなんだかとてもホッとして、なんでホッとしなきゃいけないのかとムカッとしたり、感情が乱気流に巻き込まれたみたいになる。
オレは内心の動揺を押し隠して回収した皿を闇雲に洗い、無駄に念入りに拭き上げた。
イザベルは持ってきた食器を全て籠に収め終えると、洗い桶の前にいたオレの側に来てまっすぐ立った。背の高さが同じくらいだからすぐ目の前に顔が来る。至近距離にいる女の子の存在感に、オレは気圧されて一歩後ろに下がる。イザベルは悪戯っぽい笑顔でオレに顔を近づけ、
「あなたなのね」
と目を覗き込んできた。心臓が一つ跳ねる。
「な、なにが……?」
「エラストでは、心に決めた相手と二人だけで小さい舟を出して、生涯離れないと誓いあう風習があるの。ファタリタでいう結婚ね」
「ああ、さっきもアナがお舟がどうとか……」
「そう、それ。カレル、一度戻ってきた時にわざわざ私に断りに来たのよ。舟に乗りたい相手が見つかったって」
なんだか嫌な予感がして、「へぇ~」と相づちを打ちつつ、オレはイザベルから視線を逸らして頭ごと横を向いた。イザベルはそんなオレの頬を両手で挟んで視線を無理に合わせてくる。
「あなたのことでしょう?」
間近で微笑まれて、一気に頬に血が上る。オレは思わず両手で顔を覆って天を仰いだ。
───なんでオレの同意を得る前にそういうことを回りに言う!?
ってか、ケンカ別れしたのに、勝手に一生一緒に居るつもりになってるのおかしくない!?
「……オレ何にも聞いてないんですけど……」
オレが上を向いたまま呻くように言うと、イザベルは堪えきれないように大笑いした。
「あはははは! でしょうね! カレルは順番を間違うのよ、いつも!」
恥ずかしすぎて耳まで熱い。
「ふふふ、だから変だって言ったでしょ? 一人で勝手に考えて、勝手に結論を出して、勝手に納得して……一人にすると、どこまでも一人で行っちゃう人なのよ。あなたも変なのに好かれて大変ね」
「……カレルのヤツ、それエラストの人みんなに言ってんの?」
「多分、私にだけよ。周りが決めたとはいえ、一応許嫁だったから、気を遣ってくれたんじゃない? ホントにおかしいわ」
イザベルはクスクス笑い続けている。
「わ、笑ってないでどうしたら良いか教えてよ……」
「どうしたらって、申し出を受けたら承諾するか断るかのどっちかでしょ? 私は彼の舟には錨がいると思う。あなたが嫌じゃなければ受けてあげればいいんじゃ無いかしら?」
「いや、受けるって言っても、オレ男だし……」
「それは舟の相手には関係ないわよ。ファタリタでは駄目なのかも知れないけど、ここでは誰も気にしない。彼の事が嫌い?」
「いや、全然! その……えっと、居て良いなら、い、一緒に居たい、とは思うけど……それはあくまで友達としてで……」
イザベルは笑いを納め、「あら……」と真顔で呟いて口元を両手で押さえた。
「前もそれでケンカして……」
「……でもあなた、さっき私と彼が将来を約束してるかも、って気付いた時、とても傷ついた顔をしていたわ。それは何故? ただの友達なら、祝福するものじゃない?」
優しい声と共に頬を細い指で撫でられ、オレはひたすら俯いた。
そう、カレルがイザベルと幸せになることを想像したら、胸が焼けるみたいに痛かった。なんで隣にいるのがオレじゃないの?って。認めたくないけど、これが嫉妬ってヤツなんだろう。
「悩むのは当然よ。あなたは違う国で生まれ育ったんだもの。一緒に暮らすって言っても、あなたはここのことを何も知らない。急いで決める事はないわ」
イザベルは労りに満ちた声で続ける。彼女の方がオレより年下のはずなのに、ずっと年上に思える落ち着いた声。ああでも、人間で言うと十七ってだけで、生きてきた年数はもっと長いのか。エラスト人の精神年齢ってどうなってるんだろう。
「あなたが納得できる答えを見つけるまで、勝手な男はいつまでも待たせておけば良いのよ。待てないって言ったら私が殴ってやるから、いつでも頼って!」
イザベルはエプロンドレスの袖をまくって力こぶを作る。説得力のある山盛りの筋肉に、オレは思わず笑ってしまった。
「ありがとう。会ったらちゃんと話してみるよ」
「そうして。私が余計な事を言ったせいで悩ませたならごめんなさいね」
イザベルは頼もしげな腕を袖にしまい、春風のように去って行った。見送りに外へ出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
オレは足元の石を蹴り、深呼吸して夜空を見上げる。深い藍色に宝石を散らしたように無数の星が輝いている。
「……カレルのばか。なんで待ってないんだよ。大事なことは直接言えっての……」
声に出すと腹が立って、寂しくて、鼻の奥がツンと痛んだ。
よく日の当たる奥の一室にマイアリーノを寝かせると、ルチアーノはジョヴァンナに呼び出されて出て行ってしまい、オレはだだっ広い室内で一人になる。
どうせなら村を散策してみようかとドアを開けると、すぐ外にいた子どもに扉をぶつけてしまった。硬い木のドアに額を叩かれた子が、泣きそうな顔で頭を押さえている。
「ごめん! 大丈夫!?」
慌ててしゃがみ込んで茶色い前髪の下を確認すると、少し赤くなっているだけで腫れてもないし、血も出ていなかったが、子どもは「う~」と唸って涙を零し始めた。
「ああ~っ……ごめんよ、いたいよね。冷やすもの持ってくるから、ちょっと待ってて」
オレが室内に戻ろうすると、後ろからシャツの裾を引っ張られた。もう一人いたらしい。
「アナが悪いんだよ! そんなドアの側にいるからっ!」
「アナ! ミゲル! 今日はお客がいるからそっち行っちゃ駄目よ!」
建物を取り巻く低い石垣の向こうから、若い女の人が息せき切って走ってきた。麦わら色の太いお下げがシンプルなエプロンドレスの前で揺れている。
「すみません、子どもが悪さをして!」
「悪さなんかしてない! オレたちは余所者が悪さをしないか見張りに来たんだ!」
ミゲルと呼ばれた男の子がオレを睨み上げてフンと鼻息を漏らした。アナの方は、もう泣き止んで女の人のスカートの影からオレの方を窺っている。
「いえ、こっちこそ不用意にドアを開けてすみません。オレは外を出歩かない方がいい?」
「いいえ、ご自由に。でも、今の時期は特に見る物もありませんよ。日が落ちれば寒くなりますし、中に居られた方が……、お食事もお持ちしましたし」
女の人が腕に下げていた籠をオレの方に差し出す。受け取って蓋を開けると、まだ温かいパンと、塊の肉とチーズ、スープと乳の壺が入っていた。とても一人じゃ食べきれない量だ。ルチアーノはいつ戻るか分からないし、マイアリーノは眠ったままだから、こんなにあっても冷えてしまうだけで勿体ない。
ずっしり重い籠を抱えて困惑していると、目の前のミゲルの腹がグウと音を立てた。
「……良かったら皆で食べませんか? 一人で食べても美味しくないし……」
そう申し出ると、ミゲルが露骨に顔を輝かせた。女の人は困ったように眉を下げたけど、オレが再度頼むと「じゃあお言葉に甘えて」と、はにかんだ笑みを見せて中へ入ってくれた。
三人はこの集会所でよく暇を潰しているらしく、手早くスープや肉を温め直し、広々としたテーブルに食事の用意を調えてくれた。
足を繋がれたまま船の上で一晩過ごしたせいで、オレの腹は思いのほか冷えていたようで、温かいスープが沁みるように美味しい。
食べながら話をすると、一番年長の女の人はイザベルという名で、年は人間で言うと十七才くらいだと教えてくれた。ミゲルは十才、アナは五才くらいらしい。
カレルは自分の村に年下は三人しかいないと以前言っていたから、この三人がそうなんだろう。
「ね~、アキオはカレルと旅したんでしょ? いいなあ、オレも行きたかった。カレルのヤツ、弓を教えてくれるって言ったのに、全然教えてくれないんだ。アキオは弓できる?」
一緒に食事をしたせいですっかり打ち解けた様子のミゲルに聞かれ、オレは首を振った。
「じゃあカレルが帰ってきたら一緒に教えてもらおうぜ! オレ、多分アキオになら勝てる気がする!」
オレは十歳のこどもに早速舐められているようだ。まあ実際勝てる気はしないので苦笑しておくしかないんだけど。
「アナもカレルと遊びたい……アナ、いっしょにおふねにのるならカレルが良いの」
イザベルの膝の上でアナがモジモジしながら言うと、ミゲルが眉間に皺を寄せてそっぽを向いた。
「アナなんか相手にするもんか。イザベルの方が年が近いんだから、イザベルと一緒に乗るって決まってるだろ」
「そんなの大人が勝手に言ってるだけよ」
オレは三人が何を話しているのか分からず、首を傾げる。それに気付いたイザベルが眉を下げて軽く頭を下げた。
「ゴメンね、内輪の話ばかりで。サウラスはどんなところ? あんな大きな船は初めて見たわ。どうやって作るのかしら?」
「サウラスは……活気があって賑やかです。船の作り方はオレには分からないけど、揺れないし速いし、良い船ですよね」
サウラスではほとんど聖堂でこき使われるだけだったから、話題を広げることもできず、オレは密かに落ち込んだ。イザベルはエラスト人の中では色白の方で、碧い丸い目をした美人だ。アナを膝に乗せていると若い母親のようにも見えるくらい落ち着いている。
カレルと並ぶと、どちらも落ち着いた雰囲気の似合いの男女になるよなと思い、ふとさっきの会話の意味に気がついた。
つまり、二人は多分親が決めた許嫁とかそんな感じのヤツでは?
若い者が少ない村なら、年が近いだけでそういう扱いを受けるのは分かる。
分かるけど、急に口の中のスープの味が分からなくなった。
別に友達に婚約者がいたところで、何の問題も無いのに。お似合いだって自分でも思ったくせに。なんでオレはショックを受けてるんだろう。
「アナもおふね乗りたい」
「馬鹿、舟に乗るのは大人だけだ。アナなんか、百年経っても無理に決まってら」
「おふね……」
アナはむにゃむにゃ言いながらイザベルの胸に寄りかかって目を閉じてしまった。
「あらあら、おねむだわ。ミゲルももう帰らなきゃ。私は片付けがあるから、アナを背負って帰れる?」
「しゃーねえなあ」
イザベルがミゲルの背中にアナを乗せる。オレは慌てて
「オレが片付けとくんで……!」
と立ち上がったけど、イザベルが口の前に指を立てたのでそれ以上は言えなくなった。
ミゲルは「アナはホントに手がかかるんだから!」とぶつくさ言いつつ、嬉しそうな足取りで外へ出ていく。彼らの家は向かいの石垣を越えてすぐの所に並んだ二軒らしく、すぐに迎え入れられているのがこっちの玄関から確認できた。
「ふふ……ミゲルはアナのことが好きなのよ。小さいけどいっちょ前よね。意地っ張りだから言い出せないけど」
イザベルは空の皿を回収しながら優しい顔でそう言った。
「でもアナはカレルに夢中なのよ。小さい女の子の憧れでしょうけど。彼は優しいし、小さい子と遊ぶのが上手いから」
「……あなたも彼が好き?」
オレが聞くと、イザベルは今度は可笑しくて仕方が無いと言った様子で吹き出した。
「まさか! カレルは変わり者すぎるわ!」
「そんなに変わってるかなあ……?」
「私にとっては変人よ! だってずーっと一緒に育ってきたのに、まるで何を考えてるか分からないんだもの。大人たちは私と彼をくっつけたがってるみたいだけど、私は嫌だわ。あんな変なのと一緒になったら苦労するだけよ」
無い無い!と激しく手を左右に振るイザベルに、オレはなんだかとてもホッとして、なんでホッとしなきゃいけないのかとムカッとしたり、感情が乱気流に巻き込まれたみたいになる。
オレは内心の動揺を押し隠して回収した皿を闇雲に洗い、無駄に念入りに拭き上げた。
イザベルは持ってきた食器を全て籠に収め終えると、洗い桶の前にいたオレの側に来てまっすぐ立った。背の高さが同じくらいだからすぐ目の前に顔が来る。至近距離にいる女の子の存在感に、オレは気圧されて一歩後ろに下がる。イザベルは悪戯っぽい笑顔でオレに顔を近づけ、
「あなたなのね」
と目を覗き込んできた。心臓が一つ跳ねる。
「な、なにが……?」
「エラストでは、心に決めた相手と二人だけで小さい舟を出して、生涯離れないと誓いあう風習があるの。ファタリタでいう結婚ね」
「ああ、さっきもアナがお舟がどうとか……」
「そう、それ。カレル、一度戻ってきた時にわざわざ私に断りに来たのよ。舟に乗りたい相手が見つかったって」
なんだか嫌な予感がして、「へぇ~」と相づちを打ちつつ、オレはイザベルから視線を逸らして頭ごと横を向いた。イザベルはそんなオレの頬を両手で挟んで視線を無理に合わせてくる。
「あなたのことでしょう?」
間近で微笑まれて、一気に頬に血が上る。オレは思わず両手で顔を覆って天を仰いだ。
───なんでオレの同意を得る前にそういうことを回りに言う!?
ってか、ケンカ別れしたのに、勝手に一生一緒に居るつもりになってるのおかしくない!?
「……オレ何にも聞いてないんですけど……」
オレが上を向いたまま呻くように言うと、イザベルは堪えきれないように大笑いした。
「あはははは! でしょうね! カレルは順番を間違うのよ、いつも!」
恥ずかしすぎて耳まで熱い。
「ふふふ、だから変だって言ったでしょ? 一人で勝手に考えて、勝手に結論を出して、勝手に納得して……一人にすると、どこまでも一人で行っちゃう人なのよ。あなたも変なのに好かれて大変ね」
「……カレルのヤツ、それエラストの人みんなに言ってんの?」
「多分、私にだけよ。周りが決めたとはいえ、一応許嫁だったから、気を遣ってくれたんじゃない? ホントにおかしいわ」
イザベルはクスクス笑い続けている。
「わ、笑ってないでどうしたら良いか教えてよ……」
「どうしたらって、申し出を受けたら承諾するか断るかのどっちかでしょ? 私は彼の舟には錨がいると思う。あなたが嫌じゃなければ受けてあげればいいんじゃ無いかしら?」
「いや、受けるって言っても、オレ男だし……」
「それは舟の相手には関係ないわよ。ファタリタでは駄目なのかも知れないけど、ここでは誰も気にしない。彼の事が嫌い?」
「いや、全然! その……えっと、居て良いなら、い、一緒に居たい、とは思うけど……それはあくまで友達としてで……」
イザベルは笑いを納め、「あら……」と真顔で呟いて口元を両手で押さえた。
「前もそれでケンカして……」
「……でもあなた、さっき私と彼が将来を約束してるかも、って気付いた時、とても傷ついた顔をしていたわ。それは何故? ただの友達なら、祝福するものじゃない?」
優しい声と共に頬を細い指で撫でられ、オレはひたすら俯いた。
そう、カレルがイザベルと幸せになることを想像したら、胸が焼けるみたいに痛かった。なんで隣にいるのがオレじゃないの?って。認めたくないけど、これが嫉妬ってヤツなんだろう。
「悩むのは当然よ。あなたは違う国で生まれ育ったんだもの。一緒に暮らすって言っても、あなたはここのことを何も知らない。急いで決める事はないわ」
イザベルは労りに満ちた声で続ける。彼女の方がオレより年下のはずなのに、ずっと年上に思える落ち着いた声。ああでも、人間で言うと十七ってだけで、生きてきた年数はもっと長いのか。エラスト人の精神年齢ってどうなってるんだろう。
「あなたが納得できる答えを見つけるまで、勝手な男はいつまでも待たせておけば良いのよ。待てないって言ったら私が殴ってやるから、いつでも頼って!」
イザベルはエプロンドレスの袖をまくって力こぶを作る。説得力のある山盛りの筋肉に、オレは思わず笑ってしまった。
「ありがとう。会ったらちゃんと話してみるよ」
「そうして。私が余計な事を言ったせいで悩ませたならごめんなさいね」
イザベルは頼もしげな腕を袖にしまい、春風のように去って行った。見送りに外へ出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
オレは足元の石を蹴り、深呼吸して夜空を見上げる。深い藍色に宝石を散らしたように無数の星が輝いている。
「……カレルのばか。なんで待ってないんだよ。大事なことは直接言えっての……」
声に出すと腹が立って、寂しくて、鼻の奥がツンと痛んだ。
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王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
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