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6.願い事

6-1. 内戦

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 エラストに到着して数日後、新サウラスとエラストの連合軍は、聖都へと進軍を始めた。

 エラスト島とファタリタ大陸の間には狭い内海がある。内海へは、ファタリタ大陸を東西に横切る大河・フスが注ぎ込んでいる。
 連合軍は喫水の浅いエラストのボートに分乗し、フス河を遡上した。河を上れば聖都までは半日もかからない。河は、途中で西の地方聖堂の側を通る。異様な数のボートが発見されれば、聖都へも連絡が行くだろうけど、向こうが体勢を整える前にこっちは聖都へと辿り着くはずだ。

 連合軍の数はサウラスの精兵が百、民兵が二百ほど、エラストの戦士が三十弱。聖堂騎士団を全部かき集めると三百ほどになるらしいから、数の上ではこっちが不利。だけど、騎士団は治安維持が主な仕事だから、急に内戦で同国人相手に戦えと言われても士気が上がらないだろう。大聖堂はおそらく籠城を選ぶ。

 ……と、河を上るボートの上でオレはルチアーノから聞かされた。


 まだ明け切らない薄闇の中、オールを漕ぐかけ声が響く。舟を操っているのは、エラストの人達だ。川風は冷たく、水面から薄く立ち上るモヤを岸へと散らせる。オレは緊張と寒さに震えながら外套の前をかき合わせた。分厚い外套の下には重い革の鎧を着込み、左腰には剣をぶら下げてる。
 異世界に飛ばされてきて一年近くたって、ようやくレベルの低い勇者みたいな格好をしたってわけだ。

 でも全然嬉しくない。
 これは冒険に旅立つ勇者の装備じゃなくて、戦争へ行く兵士の格好だから。

「気が向かないならエラストで待っていても良かったんじゃないか」

 気遣うような声をかけてくれたのは、隣に立っているルチアーノだ。彼はシャツと外套だけの軽装で、武器は持たされていない。大聖堂と交渉する際の取引材料にとして、捕虜扱いで連れてこられたからだ。
 マイアリーノは予断を許さない容態なので、エラストに残されている。イザベルが面倒をみてくれることになっていた。

 オレはエラストの客人扱い。戦には参加しなくて良いってジョヴァンナからも言われたけど、のんびり待ってるなんてできっこなかった。
 オレは特別な命願石を持ってる。
 滅石を全部取られたから、今更役に立つかは分からないけど、戦いが始まる前にフィオレラと会えたら、石を役に立てられるかも知れない。
 そして、カレルもおそらく聖都にいる。カレルが知りたがってる命願教の秘儀について、今一番冷静に把握してるのはオレだろう。彼に会って、話しをして、戻ってもらわなきゃいけない。

 カレルのことを考えると、個人的に胃の辺りがギュッとなるけど、それは今考えることじゃない。

 気持ちを抑えるため、オレは深く息を吸いこんで、ゆっくりと吐き出した。


*****

 フス河は聖都の南を掠めるように流れて、イールンの山地までたどり続く。
 聖都の南城門近くまで遡上すると、渡河用の大きな橋にびっしりと弓を構えた兵士が並んでいるのが見えた。
 サウラス軍は橋よりもかなり西で舟を下り、ボートを全て岸に引っ張り上げ、城壁から数キロ離れた西側の丘に陣を張った。
 今まで戦乱のなかった国とは言え、一応開戦の手順はあるらしく、まずは白旗を立てた使者が一人、正面の門へと遣わされる。使者が無事に帰れば、相手方に交渉の意思ありと見なされるらしい。そうでなければいよいよ開戦だ。

 白銀の鎧で武装し、白い馬に跨がったジョヴァンナを先頭に、サウラス軍は突撃する陣形を整え、ジリジリしながら使者の帰りを待つ。
 待機する本体とは別に、エラストの戦士たちは、それぞれ大きな荷を担いでジワジワと北へ移動を始めていた。意外なことに、そっちの先頭に立っているのはオティアンだ。彼も混ざり者だからだろうか? 別働隊にはサウラスの騎馬の三分の一程度が混じっている。

 オレはルチアーノと一緒に、一番後方、全体を見渡せる小高い丘の上に張られた陣幕の外で成り行きを見まもっていた。

 太陽が中天を過ぎる頃、ようやく正面の城門がわずかに開いて一頭の軍馬が出てきた。乗り手は鞍に縋るように項垂れ、使者の印の白旗は赤黒く汚されていた。
 使者が戻って来るのを待つまでもなく、聖都が平和的対話を望んでいないのは明白だった。

「全軍、頭上に盾を構えろ!」

 ジョヴァンナの良く通る声が命じる。歩兵が一斉に大きな盾を構えた。

「狙うは大聖堂のみだ! 街の住民には手を出すな! 進め!」

 合図に応じる鬨の声が上がり、サウラス軍は一斉に進撃した。城壁まではいくらも距離がない。向こうは最初から城壁の外で戦う気は無いらしく、使者を出すために開いた門は既に固く閉ざされ、水堀に渡された橋も巻き上げられていた。

 破城槌や投石機みたいなものは存在しないのか、工兵たちは巨大な梯子を持って城壁に取り付こうとしている。三メートルはある城壁には、等間隔で銃眼がならび、そこから次々と矢が射かけられる。前衛たちはそれを盾で防ぎながら、梯子を何とか固定しようと奮闘していた。後方からは弓兵が援護してるけど、城壁の上にいる敵兵はともかく、銃眼の向こうにいる射手を倒すのは至難の業だ。

 オレはやきもきしながらそれを見まもっていた。

「なんか効率悪くない? 聖都の城壁が手強いのなんか最初から分かってたのに、なんでこれで攻略できると思ったんだ? 破城槌が無理でも、投石機くらい要るよ、コレ」

 苛々と爪を噛むと、ルチアーノが目を丸くしてオレを見た。

「アキオは戦場に出たことがあるのか?」

「ないけど……」

 オレがやったことがあるのは戦争シミュレーションゲームだ。

「攻城兵器が梯子だけって、原始的すぎじゃない?」

「原始的も何も……ファタリタはずっと平和だったから、兵器などない」

「でも、国ができた時から一度も戦いがなかったのなら、聖都の城壁をあんなに強固にする必要はないじゃん。サウラスの街も古い城壁で守られてた。きっと昔は年を壁で守らなきゃいけないような大きな戦があったんだ。みんな忘れてしまってるだけで」

 自分で言っていて、変な感じがした。
 生存のために戦うのは人間の本能みたいなものなのに、今までファタリタで一度も内乱が起きていないのは不思議だった。

 じれったい戦況は一進一退だ。
 ようやく梯子が一本壁にかかったけど、上から火をつけられて燃えている。しかし、籠城側もどうやって戦うかまともに考えていないようで、五月雨式に矢を打ち込んでいるだけで、それ以上の手出しは無い。
 上から煮えた油をぶちまけて火矢を射かけるとか、汚物をぶっかけるとか、オレでも思いつく攻撃すらしてこない。もどかしいけど、その代わり双方に大きな被害も出ていない。

「大きな兵器があれば一気に片が付くだろうが……それでは犠牲も多く出る。我々はお互いに、同国人を殺したいとは思っていない。サウラスには、武力に頼ってでも訴えたい事がある。本気で戦う姿勢さえ崩さなければ、聖都にいる教主たちも早晩交渉に応じるだろう。彼らとて民の命を奪うのは本意では無いはずだし、フィオレラもそう考えるはずだ。私はジョヴァンナがサウラスを領有することには反対だが、彼女が有能なことは認める」

 ルチアーノの思慮深い声に、オレは自分の無責任さに気付いて恥ずかしくなった。

 そうだ、これは内戦なんだ。
 相手に大きなダメージを与えて勝ったら、自分たちが代償を引き受けることになる。子どもっぽいゲーム感覚で、残酷な戦いの手段を次々思いついた自分の馬鹿さ加減が嫌になった。

*******

 どれくらい時間が経っただろうか。太陽が昇りきって影が短くなってきた頃、突然向かって左の遠方で大きな爆発音が鳴り響いた。肝を潰して飛び上がりながらそっちを振り向く。ルチアーノも同じ方向に身を乗り出した。

 黒煙が上がっているのは、サウラス本体が攻めている西の城門よりも北、エラストの一隊が向かった方だった。何があったのかと目を凝らすと、高い城壁がその辺りで一旦途切れているのが見えた。もうもうと上がる煙が風に散らされるにつれ、大きく崩された城壁が現れる。

「まさか! どうやって!?」

 ルチアーノは愕然と叫ぶ。
 風に乗って土埃がオレたちの方まで流れてくると、そこに焦臭い火薬の臭いが混じっていた。

「火薬……発破をかけたんだ! マジかよ、投石機はないのに火薬はあるのかよ!」

 崩れた城壁からエラスト隊が都の中へ踏み込んでいく。人混みに一際細い背中が見えて、先頭を行くのがオティアンだと分かった。

 オレは彼と再会したのがイールンの廃聖堂だったことを思い出す。

 命願教が広まる前、この大陸に戦乱があった頃に栄えた都。
 イールンは鉱山の街で、山の中は縦横に走る坑道で繋がっていた。固い岩山を大きくくりぬいた坑道。人力だけであれほどの穴を掘れるだろうか? 
 放置された掘削道具の間に、いくつも木箱があったのが瞼の裏に蘇る。
 オティアンはイールンに「仕入れ」をしに来たと言っていた。でも、なにを?
 防水布でぴっちりと覆われたオティアンの荷台。あの荷物の中身。サウラスに届けられた物の正体。

 それが爆薬だったとしたら、使われるべき時はまさに今しかない。

 彼は最初から、この時のために動いてきたんだと知った。
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