ただ儚く君を想う 弐

桜樹璃音

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第4章 歴史と現実

第17話

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「どうして…、」

「ははは、なぜ知っているのかという顔ですね。話せば長くなるのですが…」



言いかけて、にこり大きく笑ったその人は。



「立ち話も何ですし、中へどうぞ」



私たちを招き入れてくれた。



「私は主の庄兵衛と申します。沖田総司様には御贔屓にしていただいておりますよ」



ああ、だから、そうちゃんは私のことも話していたのか。



「そうちゃんと来るの!」

「そうですね」



為坊も、その時についてきたみたい。

でも、なぜ、そうちゃんがこんな場所に用事があるというのだろう。

このお店は、反物などを扱うお店なのに。



「―――その着物」

「え」

「ここで扱っていた反物ですよ」

「え?」



これ、わざわざ作った着物だということ?



「妹が、遠くから帰ってきたから、着物をあげるんだと言っていました」



ふふ、と笑った庄兵衛さんは。



「大事に、されていますね」

「………っ」



そんな、この着物は。


――――私の、ため?



「で、でも、私、普段は袴履きなんです」

「そうそう、それも言ってらした。普段は綺麗な恰好させてあげられないから、と」

「そう、…なんですね」



そうちゃんの、馬鹿。
言ってくれたら、良かったのに。

だから、貴方は、此処に入ってこなかったのか。奇妙な行動に、漸く会得がいった。



「璃桜さんなら、もっと似合う物もたくさんありますよ」



よかったらご覧になりますか、そう言って優しく笑う。

この優しい笑顔の人と、私はこれから、敵にならなくてはいけない。


ああ、如何して、この時代はこんなにも、うまくいかないのだろう。

普通に、出会いたかった。隣の家のおじさんとかが、良かった。

そうしたら、きっと、優しいままで居られたのに。



「いや、……今日は、他の用事があってきたんです」



だけど、私はこの時代の人間になると、決めたから。

だから、戦うの。




私の言葉に、何かを感じ取ったのか、庄兵衛は為坊に向かって笑顔のまま振り返って。



「為坊、奥にお菓子がありますよ」

「わーい!!」



女中さんに連れられて、為坊が奥に入っていったのを見て、店主の顔が変わった。

好々爺としていた口元は、弓を描いてはいるけれど、ぎゅ、と閉じられて。



「して、本日はいかがされました」



眼光が、鋭くなった。



「あ、……あの」



負けてはいけない。そう思って、すぅ、と息を吸う。



これは、私にしかできないこと。

私の――――戦だ。



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