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第3章
奨励会生活が終わった走る男の運命は
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走る男はこの一番に勝てば四段に昇段できると対局直前、「リポビタンD」を飲んで気合いを注入して対局に挑んだ。
先手番の走る男は初手に1分間瞑想して呼吸を整えると、7六歩と指した。
以下、8四歩、6八銀、3四歩、7七銀、6二銀、5六歩、5四歩といった感じで矢倉模様の将棋展開になった。
当時、将棋界では矢倉が全盛期の時代でプロ棋士でも矢倉の将棋が多かった。走る男は勝率の良かった森下システム(森下卓八段が開発)を採用した。しかし、対戦相手も矢倉戦を想定して森下システム対策として雀刺し戦法で対抗してきた。
中盤まで難解な展開となり、途中、上手い指し回しで相手がリードしたが、その後、相手のミスがあり、形勢は走る男がはっきり優勢になった。
最終盤の局面を迎えた。両者持ち時間を使い切り、1分将棋になった。走る男が優勢な局面ではあったが、1手間違えればひっくり返る予断を許さない展開が続いた。
相手が詰めろをかけてきた局面を見て、走る男はこの時はっきり「勝った」と思った。相手玉に13手詰の詰みを発見したからだ。ただ、もうひとつ詰み筋を発見したのでどちらを指すか一瞬迷った。
桂馬を打つか、角を打つか。恐らくこの局面を見ればほとんどの棋士は桂馬から王手すれば詰みというのが第1感だろう。
秒に追われていた走る男は正確に読む程の余裕はなかったが、桂馬を握って王手した。この時、走る男は「やっと夢にまで見た棋士になれる」と気持ちが高ぶった。
相手も一瞬負けを覚悟したかのような表情をしたが、最後まで指し続けた。
走る男は「晴れてプロ棋士になり奨励会生活にもピリオドを打てる」と思っていたのだが、数手進んで「愕然」となった。
走る男は大きな大きな見落としをしていたのだ・・・。
走る男は顔が青ざめただ呆然と盤を見つめていた。走る男は「負けました」と投了することさえできず、時間切れとなってしまった。
局後、呆然としながら感想戦をおこなったが、最終盤の局面でもし、角を打っていれば走る男の勝ちだった。
対局が終わって走る男はがっくり肩を落として帰宅した。帰宅後、悔しくて悔しくて物を投げつけ見るも無残な姿になっていった。
この対局が終わり、結果を聞いた親友の留学生も心配してくれたが、走る男はそっとして欲しかった。あれだけ好きだったスポーツジムも電話をかけて退会した。それを聞いた留学生が「輝さん、心配してたよ」といってくれたが、走る男は外にいく気力すら起きずただ部屋に閉じこもっていた。
まだ、後2回、四段になれるチャンスはあったが、走る男は気持ちを切り替えることができなかった。何度も何度も走る男は悪夢の夢を見てはうなされしばらくの間、そんな生活を過ごしていた。
その後、三段リーグに参加するも全くいいところもなく、師匠に挨拶をして奨励会を去っていった・・・(続)
先手番の走る男は初手に1分間瞑想して呼吸を整えると、7六歩と指した。
以下、8四歩、6八銀、3四歩、7七銀、6二銀、5六歩、5四歩といった感じで矢倉模様の将棋展開になった。
当時、将棋界では矢倉が全盛期の時代でプロ棋士でも矢倉の将棋が多かった。走る男は勝率の良かった森下システム(森下卓八段が開発)を採用した。しかし、対戦相手も矢倉戦を想定して森下システム対策として雀刺し戦法で対抗してきた。
中盤まで難解な展開となり、途中、上手い指し回しで相手がリードしたが、その後、相手のミスがあり、形勢は走る男がはっきり優勢になった。
最終盤の局面を迎えた。両者持ち時間を使い切り、1分将棋になった。走る男が優勢な局面ではあったが、1手間違えればひっくり返る予断を許さない展開が続いた。
相手が詰めろをかけてきた局面を見て、走る男はこの時はっきり「勝った」と思った。相手玉に13手詰の詰みを発見したからだ。ただ、もうひとつ詰み筋を発見したのでどちらを指すか一瞬迷った。
桂馬を打つか、角を打つか。恐らくこの局面を見ればほとんどの棋士は桂馬から王手すれば詰みというのが第1感だろう。
秒に追われていた走る男は正確に読む程の余裕はなかったが、桂馬を握って王手した。この時、走る男は「やっと夢にまで見た棋士になれる」と気持ちが高ぶった。
相手も一瞬負けを覚悟したかのような表情をしたが、最後まで指し続けた。
走る男は「晴れてプロ棋士になり奨励会生活にもピリオドを打てる」と思っていたのだが、数手進んで「愕然」となった。
走る男は大きな大きな見落としをしていたのだ・・・。
走る男は顔が青ざめただ呆然と盤を見つめていた。走る男は「負けました」と投了することさえできず、時間切れとなってしまった。
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まだ、後2回、四段になれるチャンスはあったが、走る男は気持ちを切り替えることができなかった。何度も何度も走る男は悪夢の夢を見てはうなされしばらくの間、そんな生活を過ごしていた。
その後、三段リーグに参加するも全くいいところもなく、師匠に挨拶をして奨励会を去っていった・・・(続)
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