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其の十八 毒舌王子の隠れ家(2)
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志乃さんは改めて此方を振り返ると、丸顔の輪郭に如何にも人の好さそうな笑顔をのせて僕と冬月を交互に見上げながら、
「蘇芳坊ちゃんのお友達をお迎えする日が来るなんて、志乃は夢にも思いませんでしたよ」
「えっ!? いやあの……っ」
うきうきとした様子で立ち上がった志乃さんの言葉を慌てて訂正しようとして、ふと割烹着の下に覗く着物の衿に、小さな大根とおろし金の柄が染め抜かれているのが目に入った。よく見なければわからないぐらいの控えめな柄だったが、愛嬌を感じさせるその紋様に志乃さんの人柄が表れているようで、図らずもホッと心が解れるような気分になった。思わず口を閉じて志乃さんに微笑み返した僕を横目に見ていた冬月が、ふふんと鼻を鳴らして言った。
「彼はどうやら僕と固い絆で結ばれた親友らしいよ」
「……!?」
にやにやと嗤う冬月を絶句して振り返った僕の前で、
「あらまぁ、大変!」
胸の前でポンと両手を打って、志乃さんは欣喜雀躍するように體を左右に揺らした。
「坊ちゃんにそんなお友達が出来るだなんて、この志乃、今日まで気張って生きて来た甲斐があるというものですよ」
冬月は肩を竦めて小躍りする志乃さんを見ると、
「やれやれ、志乃さんはいつも大袈裟だね」
言ってから、僕を顎の先で示し、
「小鳥遊柊萍だよ。大日本帝国大学御子柴玄人教授の研究室の、言ってみればまぁ、籠の鳥だね」
「か、籠の鳥って……っ」
ぞんざいで乱暴な紹介の仕方に抗議しようとしたが、にこにこと目を細めて僕を見ている志乃さんに気が付いて、慌てて頭を下げた。
「は、初めまして……。小鳥遊柊萍と申します……」
「まぁまぁ、御丁寧に。ようこそ小鳥遊さん。志乃でございます。蘇芳坊ちゃんのお相手は大変でしょうけど、本当によくいらして下さいました」
志乃さんの言葉に冬月はすぐさま反応した。
「聞き捨てならないな。大変なのは僕のほうだよ。今日だってたかだか子供の遣い程度の頼まれ事も碌に熟せない世間知らずだよ。手が掛かるなんて生易しいものじゃない」
「な……っ」
冬月の言い種に僕はずり落ち掛けた眼鏡を押さえたが、反論の言葉がすらすらと出る訳もなく、吹き出た汗を急いで拭うのが関の山だった。
「蘇芳坊ちゃんたら、またそんな仰り方をして。小鳥遊さん、お気を悪くなさらないでくださいな。坊ちゃんは子どもの頃から気に入ったものほどよく貶すという悪い癖があるんですよ」
「え?」
子どもの頃から──と言う言葉に目を瞬かせた僕の前にずい、と身を乗り出した冬月が、
「余計なおしゃべりをするのが志乃さんの玉に瑕だよ。挨拶はこれくらいにして食事にしてくれないか。腹が減って仕方がないんだ」
「はいはい。お二階のいつものお座敷にどうぞ。小鳥遊さんも、ごゆっくりしていらして下さいな」
「あ、は……はい、有難うございます……」
あたたかな笑みと空気を残して厨に向かう志乃さんの背中に何度も頭を下げる僕を置き去りにして、冬月はさっさと店の奥に進み、きつい傾斜の梯子階段を軽快な足取りで上り始めた。
「蘇芳坊ちゃんのお友達をお迎えする日が来るなんて、志乃は夢にも思いませんでしたよ」
「えっ!? いやあの……っ」
うきうきとした様子で立ち上がった志乃さんの言葉を慌てて訂正しようとして、ふと割烹着の下に覗く着物の衿に、小さな大根とおろし金の柄が染め抜かれているのが目に入った。よく見なければわからないぐらいの控えめな柄だったが、愛嬌を感じさせるその紋様に志乃さんの人柄が表れているようで、図らずもホッと心が解れるような気分になった。思わず口を閉じて志乃さんに微笑み返した僕を横目に見ていた冬月が、ふふんと鼻を鳴らして言った。
「彼はどうやら僕と固い絆で結ばれた親友らしいよ」
「……!?」
にやにやと嗤う冬月を絶句して振り返った僕の前で、
「あらまぁ、大変!」
胸の前でポンと両手を打って、志乃さんは欣喜雀躍するように體を左右に揺らした。
「坊ちゃんにそんなお友達が出来るだなんて、この志乃、今日まで気張って生きて来た甲斐があるというものですよ」
冬月は肩を竦めて小躍りする志乃さんを見ると、
「やれやれ、志乃さんはいつも大袈裟だね」
言ってから、僕を顎の先で示し、
「小鳥遊柊萍だよ。大日本帝国大学御子柴玄人教授の研究室の、言ってみればまぁ、籠の鳥だね」
「か、籠の鳥って……っ」
ぞんざいで乱暴な紹介の仕方に抗議しようとしたが、にこにこと目を細めて僕を見ている志乃さんに気が付いて、慌てて頭を下げた。
「は、初めまして……。小鳥遊柊萍と申します……」
「まぁまぁ、御丁寧に。ようこそ小鳥遊さん。志乃でございます。蘇芳坊ちゃんのお相手は大変でしょうけど、本当によくいらして下さいました」
志乃さんの言葉に冬月はすぐさま反応した。
「聞き捨てならないな。大変なのは僕のほうだよ。今日だってたかだか子供の遣い程度の頼まれ事も碌に熟せない世間知らずだよ。手が掛かるなんて生易しいものじゃない」
「な……っ」
冬月の言い種に僕はずり落ち掛けた眼鏡を押さえたが、反論の言葉がすらすらと出る訳もなく、吹き出た汗を急いで拭うのが関の山だった。
「蘇芳坊ちゃんたら、またそんな仰り方をして。小鳥遊さん、お気を悪くなさらないでくださいな。坊ちゃんは子どもの頃から気に入ったものほどよく貶すという悪い癖があるんですよ」
「え?」
子どもの頃から──と言う言葉に目を瞬かせた僕の前にずい、と身を乗り出した冬月が、
「余計なおしゃべりをするのが志乃さんの玉に瑕だよ。挨拶はこれくらいにして食事にしてくれないか。腹が減って仕方がないんだ」
「はいはい。お二階のいつものお座敷にどうぞ。小鳥遊さんも、ごゆっくりしていらして下さいな」
「あ、は……はい、有難うございます……」
あたたかな笑みと空気を残して厨に向かう志乃さんの背中に何度も頭を下げる僕を置き去りにして、冬月はさっさと店の奥に進み、きつい傾斜の梯子階段を軽快な足取りで上り始めた。
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