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第十二話 焼き菓子で休憩します。
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「トーニ、ここで少し休憩しましょう。私、なんだか疲れてしまったわ。あなたもこっちへ来ない? 一緒に甘いものでも食べましょう」
ファーナは普段よりも大きな声で言う。
だいぶ説明的なのは、周辺に潜んでいるであろう魔物に聞かせるためだ。
日はもう傾きはじめ、日光も薄く色づく時分に、休憩だのおやつだのと言うのは少し不自然だが、しかし相手はそこまで人間の生活に詳しくないかもしれないし、もし詳しかったとしても『お嬢様』と呼ばれている自分の我儘に召使が従っただけと思ってくれるかもしれない。
「わかりました、お嬢様。では、このあたりで休憩にしましょう。お気遣いありがとうございます。すぐに用意をいたします」
トーニの返事も、ファーナに劣らず説明的だ。
なにをいわずとも意図を的確に受け取ってくれる、その察し良さが頼もしかった。
トーニは身軽な様子で荷台に移ると、荷物の中から日持ちのする菓子をいくつか取り出した。
「お茶はいかがなさいますか?」
小型の湯沸かし器を持参している。少し時間はかかるが、茶を入れるのは可能だ。
「要らないわ。今はお茶より水が飲みたい気分なの」
が、馬車の中では使えないので、ふたりバラバラになってしまう。たいした変わりはないのかもしれないが、それでもひとりでいるよりも、ふたりで身を寄せ合っていた方がまだ襲われにくい気がする。
エドガルトによれば、人を道に迷わせて捉える習性をもつ魔物は比較的知性が高く、言葉が通じることも多いらしい。
反対に知性が低い魔物は凶暴で、罠を仕掛けるなどの策謀をせず、獲物を見つけると即座に襲うとか。
(さて、どうしよう?)
ファーナは、トーニから受け取った焼き菓子を頬張りつつ、今後の行動を決めかねていた。
助けはきっと来ないから、初めから期待してはいけない。
自力でこの危機を抜け出す、一番早い方法は、魔物をおびき出し、上手く言いくるめて逃げるか、倒すかすることだ。
けれども、普通の人間はどんなに弱い魔物にだってなかなか勝てない。だから、わざわざ魔物をおびき出すのは、自分から危険に飛び込むようなことでもある。
「お嬢様、これからいかがなさいますか?」
ファーナと同じように焼き菓子を食べていたトーニが、ふと思いついたように口を開いた。外に聞こえないように、今度は小声だ。
「そうねぇ。どうしようかしら?」
つとめて呑気な口調で言ったが、内心は焦っている。
ただ、焦った様子を見せればトーニはファーナを気遣い、自分の身に危険を集めようとするだろう。
「荒事でしたらお任せください」
「トーニの腕は信頼しているわ」
いつものお仕着せを脱ぎ、村娘のような質素な服装をしているトーニだが、その質素な服にはいくつかの隠しポケットやホルダーが隠れており、小刀やら短剣やらと小型の武器がごっそりとしまわれている。
重さも相当なものだが、普段から同じような装備をしている彼女は、軽々と動いている。
「トーニの腕前は、将軍のお墨付きですものね。あなたの強さをうたがったことなんてないわ」
「恐れいります」
蚊の鳴くような小さな声でトーニが答える。
ファーナが『将軍』と口にした途端、彼女は表情は変えず、器用に耳だけを真っ赤にした。照れているときの状態だ。表情が乏しく、感情を読み取りにくいと思われがちな彼女だが、よくよく見てみればとてもわかりやすいのだ。
ファーナが言う将軍とは、この国の軍をまとめている人物だ。国王の従兄弟にあたる。トーニは彼の養い子である。どういう経緯でそうなったのかはわからないが、彼女は養い親にとても心酔している。
目をかけた養い子が、ファーナの計画に加担していると知ったら、彼は悲しむのか、それとも憤慨するか……。
トーニは、敬愛する人物を落胆させるようなことをしでかしている自分に、さぞ心を痛めていることだろう。顔にも態度にも全く出さないけれど。
「ねぇ、トーニ……」
そこまで言いかけて、ファーナが声を途切れさせた。
と、同時に、トーニは身構えた。
外から人の声が聞こえた気がしたのだが、トーニの警戒の仕方からしてもファーナひとりの勘違いではなかったらしい。
「もし、旅のお方」
ざらりと耳障りにしゃがれた声が聞こえた。
「あら、どなた?」
緊張をおくびにも出さず、ファーナが答えた。
声がしたのは馬車の後方。トーニが素早く動き、一番下まで垂れさがってた、扉代わりの布をスルスルと巻き上げた。
幌の向こう、乾いた道に小柄な人物がひとり、佇んでいた。
ファーナと同じように目深にフードを被っているため、容貌はわからない。
外套から延びた手が不自然なほど、節くれだって長く、指先の爪は鋭くとがっている。
厚みを持ったその爪は、人のものには見えない。
「やぁ、いきなり声をおかけして申し訳ございません。私はこの近くにすむ木こりでございます」
しわがれた声で告げ、恭しく一礼する。
木こりという割には、斧も持っていない。
「まぁ、この近くに住むお方でしたの。もしかして、こちらに馬車を止めていてはご迷惑でしたかしら?」
「いえいえ、そういうわけではございません」
木こりだと名乗った人物は、答えながらフードを脱いだ。
途端、露わになる顔。
その異様さに、ファーナとトーニはそっと目配せをした。
――これは、魔物だ。
そう確信する。
つり上がった大きな目の虹彩は猫のように縦長で、口は耳のすぐ下まで裂けている。
肌の色はかろうじて人間の色に近いが、色が均一過ぎて血が通っている感じがしない。まるで人形の肌を張り付けたかのようだ。
魔物本人は、上手く人間に化けているつもりなのだろう。
隠すどころか、化け方の上手さを自慢するように、ニコニコと愛想を振りまいている。
「あなた様方が召し上がっているそれに興味がございまして。とても甘く良い匂いがしますな。このあたりではついぞ見かけたことがございません」
「そうですの……」
ファーナは魔物の言うことに、のんびりと相づちを打った。
ファーナたちの食べている焼き菓子はエーレヴァルト国内ならどこでも普通に作られているものだ。
小麦に蜂蜜を練り込んで焼き上げる。素朴な味わいの菓子だ。
各家庭でそれぞれの味があり、木の実を混ぜたり、ジャムを乗せて焼いたり、蜂蜜の代わりに塩をいれたりと様々だ。
それを知らないというのだから、ますますおかしい。
そもそも馬車の外にまで、匂いが漏れるなどありえない。もし香りを嗅いだというなら、それは相当人離れした嗅覚の持ち主だ。
ますます、魔物だと確信する。
あの鋭い爪で襲われたら、きっとひとたまりもないだろう。
ファーナの背中を冷たい汗が流れ落ちる。
魔物の視線は、ファーナの手の中にある食べかけの菓子に注がれている。
微動だにしない視線。喉が上下しているのは生唾を呑み込んででもいるからだろうか?
彼の食欲が、ファーナたちでなく菓子に向かっているのはよいことだ。
菓子の美味さを認識すれば、人肉を食べようとはおもわないのではないだろうか? 少なくとも今すぐ食べられたりはしないだろう。
なんと言っても、ファーナたちが食べていたのはツェラ特製の、クルミと干しブドウ入り菓子だ。ツェラの料理の腕――特に菓子作りの腕は並々ならぬものがあるのだ。
たとえ魔物といえど、その美味さはわかるだろう。
「でしたら、おひとつ、いかが? ――トーニ、あの方の分を出して差し上げて」
「かしこまりました」
トーニは布にいくつかの菓子をとりわけ、さっさと荷台を下りてしまった。
ファーナは自分で私に行くつもりだったのだ。不用意に魔物に近づくのは危険だと慌てるが、トーニが目配せをしてきたので、ファーナは浮かしかけた腰を戻した。
武術の心得もなければ、機転も利かない自分が行くより、彼女が行ったほうが危険が少ないのは確かだ。理性では納得するが、やっぱり落ち着かない。
「――どうぞ、木こりのお方」
「やや、これは、これはありがたい!」
トーニの手からひったくるように受け取った魔物は、その場に座り込んで包みを開いた。
待ちきれないとばかりに菓子を鷲掴み、口へと運ぶ。大きく開けた口から鋭い犬歯がのぞく。
「ああ! これは美味い!!」
魔物は目を細めて、菓子をバリバリと食べる。
両手いっぱいになるくらいの量を渡したというのに、あっという間に平らげてしまった。
「……もう、なくなってしまった……」
魔物は空になった布を振り、悄然と肩を落とす。
「まだ少し余っておりますから……」
「なぁ、おまえら、これ、作れるか?」
お代わりを差し上げましょうか?――そう言おうとしたファーナを、魔物の声が遮った。
今までのどこかとぼけたような、憎めない雰囲気が一瞬にして消えていた。
「――なぁ、作れるか?」
重ねて問われた。
苛立ちを露わにした声だ。
ファーナを見る目は、狂気を孕んだ真剣みを帯びている。
「作れる……、と言ったら?」
「俺と来い。これ、作れ。そうしたら、おまえらを喰わないでいてやる」
魔物の影がするすると延び、ファーナとトーニの腕を掴む。
「なっ!?」
「離せッ!」
ふたりはほぼ同時に声を上げた。
ぎりぎりと痛む腕。肌に食い込む黒い影。ふりほどこうと思ってもびくともしない。
トーニを見れば、彼女は小型のナイフを取り出して影に切りつけているが、上手くいっていないようだ。
ファーナの腕を掴む影が、彼女を馬車から引きずり出そうとする。抵抗もままならず、じりじりと引きずられ、とうとう荷台から落ちてしまった。
転んだ拍子にフードが外れ、顔があらわになる。
「姫様!?」
トーニの焦った声が耳に届く。
(しまった!)
自由なほうの手でフードを戻そうとしたが、後の祭りのようだ。
人に化けた魔物は、面白そうな顔でファーナを見つめている。
「おまえ、もしかして……」
ぎゅっと目を瞑って、顔を背けた。
「王妃の呪いか?」
耳慣れない単語が魔物の口から漏れた。
(王妃の呪い? なんのこと?)
ファーナは弾かれたように魔物を見た。
ファーナは普段よりも大きな声で言う。
だいぶ説明的なのは、周辺に潜んでいるであろう魔物に聞かせるためだ。
日はもう傾きはじめ、日光も薄く色づく時分に、休憩だのおやつだのと言うのは少し不自然だが、しかし相手はそこまで人間の生活に詳しくないかもしれないし、もし詳しかったとしても『お嬢様』と呼ばれている自分の我儘に召使が従っただけと思ってくれるかもしれない。
「わかりました、お嬢様。では、このあたりで休憩にしましょう。お気遣いありがとうございます。すぐに用意をいたします」
トーニの返事も、ファーナに劣らず説明的だ。
なにをいわずとも意図を的確に受け取ってくれる、その察し良さが頼もしかった。
トーニは身軽な様子で荷台に移ると、荷物の中から日持ちのする菓子をいくつか取り出した。
「お茶はいかがなさいますか?」
小型の湯沸かし器を持参している。少し時間はかかるが、茶を入れるのは可能だ。
「要らないわ。今はお茶より水が飲みたい気分なの」
が、馬車の中では使えないので、ふたりバラバラになってしまう。たいした変わりはないのかもしれないが、それでもひとりでいるよりも、ふたりで身を寄せ合っていた方がまだ襲われにくい気がする。
エドガルトによれば、人を道に迷わせて捉える習性をもつ魔物は比較的知性が高く、言葉が通じることも多いらしい。
反対に知性が低い魔物は凶暴で、罠を仕掛けるなどの策謀をせず、獲物を見つけると即座に襲うとか。
(さて、どうしよう?)
ファーナは、トーニから受け取った焼き菓子を頬張りつつ、今後の行動を決めかねていた。
助けはきっと来ないから、初めから期待してはいけない。
自力でこの危機を抜け出す、一番早い方法は、魔物をおびき出し、上手く言いくるめて逃げるか、倒すかすることだ。
けれども、普通の人間はどんなに弱い魔物にだってなかなか勝てない。だから、わざわざ魔物をおびき出すのは、自分から危険に飛び込むようなことでもある。
「お嬢様、これからいかがなさいますか?」
ファーナと同じように焼き菓子を食べていたトーニが、ふと思いついたように口を開いた。外に聞こえないように、今度は小声だ。
「そうねぇ。どうしようかしら?」
つとめて呑気な口調で言ったが、内心は焦っている。
ただ、焦った様子を見せればトーニはファーナを気遣い、自分の身に危険を集めようとするだろう。
「荒事でしたらお任せください」
「トーニの腕は信頼しているわ」
いつものお仕着せを脱ぎ、村娘のような質素な服装をしているトーニだが、その質素な服にはいくつかの隠しポケットやホルダーが隠れており、小刀やら短剣やらと小型の武器がごっそりとしまわれている。
重さも相当なものだが、普段から同じような装備をしている彼女は、軽々と動いている。
「トーニの腕前は、将軍のお墨付きですものね。あなたの強さをうたがったことなんてないわ」
「恐れいります」
蚊の鳴くような小さな声でトーニが答える。
ファーナが『将軍』と口にした途端、彼女は表情は変えず、器用に耳だけを真っ赤にした。照れているときの状態だ。表情が乏しく、感情を読み取りにくいと思われがちな彼女だが、よくよく見てみればとてもわかりやすいのだ。
ファーナが言う将軍とは、この国の軍をまとめている人物だ。国王の従兄弟にあたる。トーニは彼の養い子である。どういう経緯でそうなったのかはわからないが、彼女は養い親にとても心酔している。
目をかけた養い子が、ファーナの計画に加担していると知ったら、彼は悲しむのか、それとも憤慨するか……。
トーニは、敬愛する人物を落胆させるようなことをしでかしている自分に、さぞ心を痛めていることだろう。顔にも態度にも全く出さないけれど。
「ねぇ、トーニ……」
そこまで言いかけて、ファーナが声を途切れさせた。
と、同時に、トーニは身構えた。
外から人の声が聞こえた気がしたのだが、トーニの警戒の仕方からしてもファーナひとりの勘違いではなかったらしい。
「もし、旅のお方」
ざらりと耳障りにしゃがれた声が聞こえた。
「あら、どなた?」
緊張をおくびにも出さず、ファーナが答えた。
声がしたのは馬車の後方。トーニが素早く動き、一番下まで垂れさがってた、扉代わりの布をスルスルと巻き上げた。
幌の向こう、乾いた道に小柄な人物がひとり、佇んでいた。
ファーナと同じように目深にフードを被っているため、容貌はわからない。
外套から延びた手が不自然なほど、節くれだって長く、指先の爪は鋭くとがっている。
厚みを持ったその爪は、人のものには見えない。
「やぁ、いきなり声をおかけして申し訳ございません。私はこの近くにすむ木こりでございます」
しわがれた声で告げ、恭しく一礼する。
木こりという割には、斧も持っていない。
「まぁ、この近くに住むお方でしたの。もしかして、こちらに馬車を止めていてはご迷惑でしたかしら?」
「いえいえ、そういうわけではございません」
木こりだと名乗った人物は、答えながらフードを脱いだ。
途端、露わになる顔。
その異様さに、ファーナとトーニはそっと目配せをした。
――これは、魔物だ。
そう確信する。
つり上がった大きな目の虹彩は猫のように縦長で、口は耳のすぐ下まで裂けている。
肌の色はかろうじて人間の色に近いが、色が均一過ぎて血が通っている感じがしない。まるで人形の肌を張り付けたかのようだ。
魔物本人は、上手く人間に化けているつもりなのだろう。
隠すどころか、化け方の上手さを自慢するように、ニコニコと愛想を振りまいている。
「あなた様方が召し上がっているそれに興味がございまして。とても甘く良い匂いがしますな。このあたりではついぞ見かけたことがございません」
「そうですの……」
ファーナは魔物の言うことに、のんびりと相づちを打った。
ファーナたちの食べている焼き菓子はエーレヴァルト国内ならどこでも普通に作られているものだ。
小麦に蜂蜜を練り込んで焼き上げる。素朴な味わいの菓子だ。
各家庭でそれぞれの味があり、木の実を混ぜたり、ジャムを乗せて焼いたり、蜂蜜の代わりに塩をいれたりと様々だ。
それを知らないというのだから、ますますおかしい。
そもそも馬車の外にまで、匂いが漏れるなどありえない。もし香りを嗅いだというなら、それは相当人離れした嗅覚の持ち主だ。
ますます、魔物だと確信する。
あの鋭い爪で襲われたら、きっとひとたまりもないだろう。
ファーナの背中を冷たい汗が流れ落ちる。
魔物の視線は、ファーナの手の中にある食べかけの菓子に注がれている。
微動だにしない視線。喉が上下しているのは生唾を呑み込んででもいるからだろうか?
彼の食欲が、ファーナたちでなく菓子に向かっているのはよいことだ。
菓子の美味さを認識すれば、人肉を食べようとはおもわないのではないだろうか? 少なくとも今すぐ食べられたりはしないだろう。
なんと言っても、ファーナたちが食べていたのはツェラ特製の、クルミと干しブドウ入り菓子だ。ツェラの料理の腕――特に菓子作りの腕は並々ならぬものがあるのだ。
たとえ魔物といえど、その美味さはわかるだろう。
「でしたら、おひとつ、いかが? ――トーニ、あの方の分を出して差し上げて」
「かしこまりました」
トーニは布にいくつかの菓子をとりわけ、さっさと荷台を下りてしまった。
ファーナは自分で私に行くつもりだったのだ。不用意に魔物に近づくのは危険だと慌てるが、トーニが目配せをしてきたので、ファーナは浮かしかけた腰を戻した。
武術の心得もなければ、機転も利かない自分が行くより、彼女が行ったほうが危険が少ないのは確かだ。理性では納得するが、やっぱり落ち着かない。
「――どうぞ、木こりのお方」
「やや、これは、これはありがたい!」
トーニの手からひったくるように受け取った魔物は、その場に座り込んで包みを開いた。
待ちきれないとばかりに菓子を鷲掴み、口へと運ぶ。大きく開けた口から鋭い犬歯がのぞく。
「ああ! これは美味い!!」
魔物は目を細めて、菓子をバリバリと食べる。
両手いっぱいになるくらいの量を渡したというのに、あっという間に平らげてしまった。
「……もう、なくなってしまった……」
魔物は空になった布を振り、悄然と肩を落とす。
「まだ少し余っておりますから……」
「なぁ、おまえら、これ、作れるか?」
お代わりを差し上げましょうか?――そう言おうとしたファーナを、魔物の声が遮った。
今までのどこかとぼけたような、憎めない雰囲気が一瞬にして消えていた。
「――なぁ、作れるか?」
重ねて問われた。
苛立ちを露わにした声だ。
ファーナを見る目は、狂気を孕んだ真剣みを帯びている。
「作れる……、と言ったら?」
「俺と来い。これ、作れ。そうしたら、おまえらを喰わないでいてやる」
魔物の影がするすると延び、ファーナとトーニの腕を掴む。
「なっ!?」
「離せッ!」
ふたりはほぼ同時に声を上げた。
ぎりぎりと痛む腕。肌に食い込む黒い影。ふりほどこうと思ってもびくともしない。
トーニを見れば、彼女は小型のナイフを取り出して影に切りつけているが、上手くいっていないようだ。
ファーナの腕を掴む影が、彼女を馬車から引きずり出そうとする。抵抗もままならず、じりじりと引きずられ、とうとう荷台から落ちてしまった。
転んだ拍子にフードが外れ、顔があらわになる。
「姫様!?」
トーニの焦った声が耳に届く。
(しまった!)
自由なほうの手でフードを戻そうとしたが、後の祭りのようだ。
人に化けた魔物は、面白そうな顔でファーナを見つめている。
「おまえ、もしかして……」
ぎゅっと目を瞑って、顔を背けた。
「王妃の呪いか?」
耳慣れない単語が魔物の口から漏れた。
(王妃の呪い? なんのこと?)
ファーナは弾かれたように魔物を見た。
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