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第十三話 なんとか説得します。

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「そうか、そうか、おまえ、王妃の呪いか!」

 あっはっは! と、魔物は高らかに笑う。

「王女の呪い? それはなんでしょう?」
「王妃の呪い、王妃の呪い、王妃の呪い、王妃の呪い、あーはははッ」

 尋ねるファーナを無視して、魔物はぴょんぴょんと踊り転げている。
 何度も『王妃の呪い』と繰り返しながら。

「私が王妃の呪いを受けていると、そうおっしゃるのですか?」
「王妃の呪いは、王妃の呪いだ!」

 魔物は答えになっていない答えを返すと、けらけらと笑い転げた。
 なにがそんなにおかしいのか、今度は地面に寝転がり、足をバタバタさせて笑っている。
 と、急にトーニの腕を掴んでいた黒い影がふっと消えた。
 気配を殺し、ファーナと魔物のやり取りを静観していたトーニは、これ幸いとファーナの元へ駆け寄った。

「お嬢様、お怪我は?」
「ないわ。あなたの拘束は解けたのね。よかった。私には構わず、早く逃げてちょうだい」

 どうやら魔物はそれほど知能が高くないようだ。
 ひとつのことに集中すると、他がおろそかになるらしい。
 ファーナを拘束する影も、先ほどのように彼女をぐいぐい引っ張ったりしない。ただ、きつく巻き付いている程度だ。
 だが下手に解こうとしては気づかれてしまうかもしれない。
 せめて、トーニを逃がすまでは注意を集めないでいたい。

「さ、あの魔物が気づかないうちに早く」
「私はあなた様の御身を守るのが使命。私があの魔物を惹きつけます。ですから、お嬢様こそ、隙をついてお逃げください」

 そんなことはできない、と言い返したかったが、自分とトーニの立場を慮れば、言っていいことではない。
 わかるから、ファーナは口に出せず、唇を噛んだ。

「私だって逃げるわけにはいかないわ。あの魔物は、私の身にかかった呪いについてなにか知っているようです。それを聞き出さなければ……」
「かしこまりました。――倒しますか?」

 魔物は確かに強力な敵だが、でも絶対倒せないというわけでもない。苦戦はするだろうが……。

「いいえ。相手は魔物。どのくらい強いのか見当もつきません。あなたが強いのは知っていますが、でも……。幸い言葉は通じるのだし、なんとか穏便に済ませたいの」

 ファーナの言うことは確かに正しい。
 よしんば倒せたとしても、無傷でいられる自信はない。

「わかりました。ですが、もし、これ以上は危険だと判断しましたら攻撃に移ります。それでよろしいですか?」
「ええ、それで構わないわ。よろしくね」

 トーニは小さく頷き、ファーナのそばに控えた。
 後ろ手に隠した両手には、いつでも攻撃できるよう、それぞれ小型の武器を携えている。

「ねぇ、魔物の方」
「――なんだ?」

 笑いつかれたのだろうか、魔物は真顔に戻り、ひょこりと立ち上がった。
 王妃の呪いについて尋ねたいのだが、また狂ったように笑われては話が進まない。夕暮れは刻一刻と近づいているし、あまり時間をかけたくない。
 ファーナは慎重に話題を探す。

「その……私たちを捕まえてどうするつもりなのですか?」

 さっきの話ぶりからして、菓子を作らせたいらしいし、それができないなら喰らおうと思っているのはわかる。
 が、他に話題もないことだし、そこから話を始めるのが一番いいだろう。

「さっき言ったろ。菓子を作れって。でも、王妃の呪い、おまえは喰う」
「なっ!? なにを言い出す! そんなこと、させない!」

 気色ばんだのは喰うと言われたファーナ本人ではなく、トーニだった。
 魔物を怒らせたらどうなるかわからない。

「トーニ、落ち着きなさい」

 窘めたが、トーニは怒りを納めない。

「いいえ、お嬢様、こんなことを言われて落ち着いてなどいられませんっ。――おい、魔物! もしお嬢様を傷つけたら……」
「ん? 傷つけたら、どうする? 俺を殺す? できるのか? 人間のくせに?」

 魔物は馬鹿にしきったようにぴょんぴょん跳ねな、奇妙な踊りを踊る。

「絶対にお菓子なんて作ってやらない」
「なっ、なんだってえええええ!!」

 魔物は凍り付いたように動きを止めた。

「絶対の、絶対にお菓子なんて作ってやらない。おまえはもう一生あの菓子を食べられない」
「あああああ! それは嫌だああああああああああ!!」

 頭を抱えて身悶える魔物を睨みつつ、トーニは確信した。
 この魔物は……

 ――馬鹿だ。

 これならうまく言いくるめられるかもしれない。

「いい? よく聞け、魔物。このお菓子は私でも作れる。でも、私より遥かに美味しく作れるのはここにいるお嬢様なのよ!」
「なっ、なんと!?」

 魔物の反応がいちいち大げさで噴き出したくなるが、トーニはそこをぐっとこらえて、しかつめらしい顔を続けた。

「もしおまえがお嬢様を喰らったら、その美味しいお菓子は永遠に食べられないのよ。おまえ、可哀想ね。だって、お嬢様の作った焼き菓子の味を知らないんだもの!」

 手を口元に添えて、おーほほほほ! と高笑いをきめる。

「ああ、本当に可哀想。お嬢様のお菓子は、それはそれは美味しくて、この世のものとは思えないのよ。まるで天上の食べ物よ!」
「ぬ、ぬぬぬぬぬ! 王妃の呪い、喰いたい……でも、菓子も食いたい……天上の食べ物……」

 魔物は頭を抱えて、のたうち回る。
 あまり考えるのが得意でないのか、つるりとした額に汗らしきものが滲んでいる。

「うっ……、考え過ぎて頭が……痛い……」

 そんなことまで言い出している。やはり、ものを考えるのは苦手なようだ。
 トーニはそんな魔物を見下ろしながら、煽るように高笑いと「可哀想」を繰り返している。そこまでする必要はないと本人もわかっているが、たいぶ腹いせが含まれている。大事な主をあろうことか『喰らう』と言い放った無礼な魔物は少しぐらい悩み苦しめばいいのだ。

「あら、そんなに悩まなくても大丈夫よ、魔物さん」

 助け舟を出したのはファーナだ。

「ど、して?」
「まずはお菓子をたくさん食べて、飽きてから私を食べれば問題ないのではなくて?」
「お嬢様っ! なんてことを」

 いきり立つトーニを目配せで抑え、ファーナは笑顔を魔物に向けた。

「どう? 美味しいお菓子も、私も食べられるのよ?」
「むむ、むむむむむッ……両方……食える……喰える……」

 魔物は顎に指を添え、考え込むような姿勢をする。
 ぎょろりとした大きな目を眇め、必死に考えている姿はなんとなく憎めないものがあった。
 トーニにそんなことを言えば、叱られてしまうだろうが。

「美味しいお菓子、食べたくない?」

 あと一押しだということで、ファーナはことさら『美味しい菓子』を連呼する。
 本当は、菓子など一切作れないのだが。
 いや、過去につくったことはあったのだが、あれは菓子というより…………?
 ファーナの脳裏には昔、気まぐれで作った物体を思い出して、心の中で苦笑いをした。
 料理上手のツェラにも、段取りの上手いトーニにも手伝てもらったというのに、なぜか菓子は出来上がらなかったのだ。
 だから、さっきのトーニの言葉は完全に嘘だ。でも『この世のものとは思えない』『天上の食べ物(天上とは死後を意味すると考えれば)』は、あながち嘘とは言えない。ただ、言葉の指し示す方向が真逆なだけで。

「残念だわ。私の作ったお菓子を食べてもらえないなんて」

 たとえ魔物相手でも、嘘をつくのは心苦しい。
 ついでに言えば、料理下手なのに、上手いふりをするのも心苦しい。
 けれど、背に腹は代えられない。
 ここでうまく話をまとめられればしめたものだ。『材料を買いに行きたい』『材料がないと作れない』とごねれば逃げる機会はあるだろうし、話を重ねて打ち解けていけば、呪いについて聞き出せるかもしれない。

 ――さっきのように笑い転げられては困るから、呪いについては慎重に話を進めないといけないわね。

「食う! どっちも食う! 食いたい……でも……」
「あら、魔物さんは、まだ迷っているの? 私の作ったお菓子を食べて、それから私を食べる。難しいことがあって?」

 今のファーナの顔では気づいてもらえないかもしれないとは思ったが、ファーナはにっこりと魔物に笑いかけた。
 途端……

「ちょっと待ったーーーーッ!!」

 第三者の声があたりに響き渡った。
 朗々と澄んだ男声は、魔物のものではない。

「え?」
「なに?」
「な、なんだッ!?」

 三者三様に驚きの声を上げる。
 その三人の目の前で、あたりの景色が、ぱりん、と音を立てて砕け散った。
 ガラスの破片のように粉々になり、キラキラと落ち、その向こうから同じ景色が現れる。

「なにが起きたの……?」

 呆然と呟く女性二人に対して、

「だ、だれだ! 俺の結界を壊したのはっ!」

 魔物は牙をむき出しにして、吠えたてた。

「ファーナ! なんでそんな奴に、『私を食べて』なんていうんだ! 酷いじゃないか! 僕だってまだ言われたことないのにっ!」

 ――いや、そういう問題か? 今、それを言うか?

 心の中でそう突っ込んだ人間はその場に複数人いただろう。
 声のしたほうに目をやれば、豪奢な金色の髪をした美貌の男が、この世の終わりを見たような顔をして立っていた。
 その後ろには数人の男たちと、ひとりの若い女性が付き従っていた。

「エドガルト……さま……?」

 ファーナは呆然と呟いた。
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