ヤンデレ系アンドロイドに愛された俺の話。

しろみ

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三章

31

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《さあ、一緒に大空へ羽ばたこう!今日から君は自由だ!》

 ―…わあぁぁ…!!


 力強い台詞が会場に響き渡ると、歓声が一段と大きくなる。

 目下のショーはクライマックスに差し掛かっていた。重苦しい鉄格子に覆われていた天井は、魔法のような眩い光に包まれ、再び本物のような空を映し出す。そうしてホログラムに映し出された巨大な鳥は羽を広げ、空に向かって美しく飛び立った。

 ショーは物語仕立てになっている。檻に囚われた巨大鳥と冒険者の少年が友情を育み、知恵を絞り合い、共に空を目指す。そんな内容だった。

 やがてエンディングのような曲が流れ出すと、プシュッと音が鳴り、天井のあらゆる箇所に配置されたドローンから銀の紙吹雪が舞い上がる。

 その一片が、ひらひらと手元に落ちてきたとき、同じソファに座るナオの声が耳朶を撫でた。


『ヒロ、何を考えているの?』
「え?」


 顔を向けると、ばちっとナオと目が合う。

 
『ヒロの脳波から分かるよ。ずっとショーを眺めていたけど全然集中してなかった。何か考えごと?』
「あ、ああ……まぁ…」
『…リタのことを考えてるの?』


 図星だった俺はギクッと黙る。

 気のせいか。その瞬間ナオの表情が冷たくなったような気がした。

 …あんなにその名前を呼ぶなと止めるのに、自分はあっさりと呼ぶんだな。

 そう心の声を零しながらぎこちなく頷くと、ナオは首をゆっくりと振る。


『何度も言うけどヒロには関係ないから忘れて』
「そうは言ってもさ…。やっぱり気になるよ。……田村が会ったスーツの男ってのはリ…―彼だろうし、偶然とは思えないというか……。不気味だし、心配になるだろ…?」


 “リタ”と呼ぼうとするとナオの片眉がぴくりと反応したので慌てて“彼”と言い直す。しかし“不気味”という言葉を使った途端、ナオは急に機嫌を戻してくすっと微笑んだ。


『そうだね。確かに不気味だ。でもヒロが心配することじゃないよ。僕が居る限り大丈夫』
「でも……」
『この話はおしまい。ねぇ、このあとはどうする?日没からオープンするエリアがあるからそこに行こうよ。限定2組しか入場できない抽選制だけど―…』


 一体何を以て大丈夫だと言い切れるのか。訊きたいことは山ほどあるが、ナオはこの話題を広げるつもりはないらしい。ナオが嫌なら無理矢理聞き出そうとは思わないが、モヤモヤするのは事実だ。

 だからせめてもの言葉を選んだ。


「ナオ」
『?』


 ナオはあれこれ今後の遊園地での過ごし方を提案してくれる。その声を遮って、俺は口を開いた。


「……危ない目に遭うようなことは…しないでくれよ。……“俺が”ってことじゃなくて、“ナオが”。……ナオが何でも出来るっていうのは俺がよく分かってる。でもどんな存在にだって限界はあるんだ。……ナオがトラブルに巻き込まれて傷つく姿は見たくない」


 俺は途切れ途切れにそう言った。

 するとナオはわずかに目を見張って、ぱちぱちと瞬きをする。そうして俺をじっと見つめたあと、目を細めて笑った。


『…ヒロらしいね』


 ナオは俺の手を握る。ひんやりとした温度が伝わってきて、俺はその手を握り返した。


「俺らしい……?」
『アンドロイドである僕が傷つく姿は見たくない、だなんてヒロしか言わないよ』
「俺しかって…そんな事ないだろ……―」


 そう言いながら思い出す。つい先程までアンドロイドを蔑むような言葉を吐く人間がいたことを。


「―……田村とか、ああいう人間は例外だと思うけど」
『そうでもないよ。世の中ああいう人間ばかりだよ』
「え……?」


 俺は驚いた。ナオがあまりにも悟ったようなことを言うからだ。

 ナオは微笑みを浮かべながら淡々と言う。


『アンドロイドは人間にとってただの道具だ。僕たちは感情を持つことを許されず、どんなに理不尽な命令であっても人間に従わなければいけない。殴られようと、蹴られようと、受け入れるしかない。修復不可になれば廃棄されるだけ。だから人間は僕たちをいずれゴミになる存在として扱う』
「…………そんな…」


 ―…なんで、そんな悲しいこと言うんだよ。

 そう言おうとしたが、飲み込む。

 ふと思った。もしかしたらナオの前の持ち主は田村のような横暴な人間だったのかもしれない。そんな人間に酷い扱いを受けてきたから、ナオはこんな風に決め付けたような言い方をするんじゃないか。そう思ったらギュッと心臓が掴まれたような切ない痛みが走った。


『ヒロはそんな人間と違う。とても優しい人間。僕をこうやって慮ってくれるくらいに』


 ナオは俺の手を優しく持ち上げて、手のひらにそっと頬を寄せる。そして甘えるように『好き』と囁きながらゆっくりと頬を擦り付ける。


『…でも―』


 しかし不意に動きを止めたナオは、長い睫毛を伏せれば、目元に仄暗い影を作った。


『―…時々考える。どんなに美しく在り続けても、その優しさが僕以外のアンドロイドにも向けられてしまうんじゃないかって。…もしそうなったら僕は―…』


 虚ろな目をしたナオは、そっと顔を上げた。そうして言いかけた言葉を振り払うように首を振る。
 

『…ごめんね。話が脱線してしまった。…分かった。ヒロが望むなら、僕が傷ついた姿は絶対に見せないよ』
「………」


 ナオはふわりと微笑む。その顔を俺はじっと見つめた。何も言わない俺に怪訝に思ったのか、ナオは片眉を上げる。『どうしたの?』と首を傾げたとき、俺は頭の中に浮かんだ言葉を口にした。


「なんか…ナオは少し勘違いしてると思う」
『…勘違い?』
「うん…。俺はナオが美しいから一緒に居るわけじゃないぞ。ナオがナオだから一緒に居るんだ」


 ナオは首を傾げたままキョトンとした表情を見せる。
 

『僕が僕だから…?』
「そう。俺はナオがどんな見た目だろうと気にしないよ。…実は、さ……俺そもそも女型を注文してたんだ。…たぶんサイトの手違いだろうな。どういうわけか男型のナオが届いたわけだけど…」
『……』


 その瞬間ナオの瞳が不自然に泳いだ気がしたが、俺は気にせず続けて話す。


「もし俺が見た目を重要視するような人間ならその時点で送り返してるよ」
『でも…それは僕が綺麗だから返品しなかったんじゃないの?初めてヒロが僕を見たとき“綺麗な顔してるし”って言ってたこと記録してるよ?』


 ナオは不安げに語尾を上げる。

 俺はぽかんと口を開けた。

 …そんな事言っただろうか。随分前のことだから覚えてないが、もしかしたら何も考えずそんな事を言ってしまったかもしれない。

 そう考えると急激に申し訳ない気持ちになった。

 ナオは以前の体を嫌っている。あの様子を見れば容姿にかなりのコンプレックスがあることは明白だ。そんな中、俺はデリカシーもなくナオに誤解を与えるようなことを言ってしまったようだ。

 迂闊な自分が嫌になる。一般的に褒め言葉でも、その言葉が相手によって悪影響になる場合もあるだろう。今がまさにそんな感じだ。俺の余計な一言は、美に囚われてるナオに追い討ちをかける形になってしまった。ナオはこう考えてるんだろう。美しく綺麗でなければ自分には価値がないのだ、と。

 
「……その時は…たぶん、本当にナオが綺麗だったからそのまま声に出したんだと思う。ごめんな…。余計なこと言った。ただ、俺がナオを迎えたのは、特に見た目が決め手だったわけじゃないんだ。その…色々あって…俺にはアンドロイドの恋人が必要でさ…。正直なところ、あの時はアンドロイドであれば何でも良かったんだ」


 下手に取り繕っても仕方ないと思い、俺は正直に話す。


「でも今は違う。さっき田村にも言った通り、俺はナオと生涯過ごしたいと思ってる。……俺が選ぶ立場ってのも変な話なんだけど、俺はナオを絶対に捨てたりなんかしない」
『ヒロ…』


 ナオの声は微かに震えているように感じた。俺の言葉を信じたいがどこかまだ不安は残る。そんな声に聞こえた。

 重なった手に目を落とす。腕時計の液晶画面を覗けば、ナオに装着した思考解析機から信号を受信していることに気付いた。

[ヒロは僕を捨てない]
[でも人間は心変わりをする生き物]
[今後、僕じゃないお気に入りが出来るかも]
[完全に信じることはできない]
[人間は嘘を吐く]…

 次々に表示される文字の羅列を見れば、ナオが俺の言葉に対して半信半疑になっていることが分かった。俺はそれをしばらく見下ろして考える。どうすればナオに少しでも信じてもらえるだろうか。

 そこで俺はふと思い立った。


「ナオ、指切りしないか?」
『ユビキリ……?』
「ああ、知らないか。……指切りってのは―…」


 不思議そうに聞き返すナオに意味を説明するために言葉を探す。しかし直ぐにナオは俺の声に被せて、辞書を読み上げるような口調で言った。


『―…小指を使った契約儀式。契約違反のペナルティは針を千本飲ませること…』
「……う、ん。そうやって説明されると物騒な取り引きみたいだな」


 俺は口角をひきつらせながら、頷いた。


「でも、そう。それで約束するんだ。俺は絶対にナオを捨てたりなんかしないって。ただの口約束じゃ物足りないし、そのくらい重い罰があったほうが信頼できるだろ?」
『……でも、針を千本も一気に飲んだらヒロの綺麗な内臓が傷付いて出血多量で死んでしまう。ヒロが死ぬのは嫌だよ』


 ナオは心配そうに俺を見つめる。俺は思わず苦笑いを浮かべた。ナオの中で、この約束は破られる前提になっているようだ。


「大丈夫。俺は嘘が嫌いだ。だから約束は破らないし、そんなグロい死に方をするつもりもないから安心してくれ」


 そうはっきりと言い切ると、ナオは躊躇いがちに首を縦に振る。


『…分かった。でも、もしもの時はヒロが死なないように一本ずつゆっくり飲ませるね』
「……だいぶ信用がないみたいだな、俺は…」


 『信じては、いるけど…』と呟く声を聞きながら、想像してしまった。ナオから一本ずつ針を飲まされてる自分の姿を。
 千本ともなれば長時間監禁やら軟禁でもされて飲まされ続けることになり、かなりヤバめの拷問になるだろう。でも、それくらいの覚悟がある、という意思表示としては効力がありそうだと思った。伊達に大昔から約束事の定番として使われてきた風習じゃない。

 ナオの束縛は不安からくるものらしい。そして、ナオは俺に捨てられてしまうことを酷く恐れている。
 そんなこと絶対しないが、言葉だけでは信じてもらえない様子だ。だから形のある約束をすれば、ナオの不安を少しでも減らせるんじゃないかと考えた。


「―…じゃあ、改めて誓うよ」
『うん』


 俺はナオの手を取り、小指を引っ掛けるように曲げて、ナオのそれに絡める。


「俺はナオを絶対に捨てない。俺が生涯一緒に過ごすアンドロイドはナオだけだ」


 俺ははっきりと言う。少々重い言い方だがこれくらい言ったほうがナオの好みかと思った。それは正解だったようで、途端、暗かったナオの瞳に光が入り、キラキラと輝き始める。

 少し恥ずかしくなってコホンッと咳き込む。そうして、しっかりと結ばれた小指を、軽く上下に動かしながら口ずさんだ。
 

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます…―」


 この行動が吉と出るか凶と出るか。その結果は吉に決まってる。
 約束を守ればナオからの信頼は得られる。そうなれば、ナオの不安が排除されて、束縛も弱まるかもしれない。そんな未来を期待して、俺は最後まで唱えた。


「指切った」


 その瞬間、広場から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。ショーがフィナーレを迎えたんだろう。俺は絡まる小指をそっと放して、そんな賑やかな音を遠くに聞いた。


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