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三章

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 それからショーが終わり、パーク内を賑わせていた子供たちは疲れた様子で親に手を引かれて帰っていき、辺りはライトアップに照らされ大人っぽい雰囲気に移り変わっていた。


「えー!オレ、当選したよー!?」
『お客様のIDは当選リストから削除されました。大変申し訳ございません。またのお越しをお待ちしております』
「さっ、削除……?!サラッと凄いこと言うね!?ていうか“また”じゃ意味ないんだよ~……」


 俺は立ち止まる。クルヴィのシンボルマークである塔に一歩踏み入れた途端、聞き覚えのある声が屋内に響き渡っていたからだ。その声の主はエレベーター前にいる案内係のアンドロイドと軽くトラブルになってる様子だった。


「薫くん?」


 俺はその人の背中に声をかけた。その奥に目を向けると、エレベーター付近には《月のエリア入場者専用入口》と表示された電子看板が見える。

 日没からオープンするエリアは、塔の最上部の屋上庭園にあるらしい。ナオが簡単に説明してくれたが、そこは《月のエリア》と呼ばれていて、各エリアの要素を集めたような特別な体験ができるという。
 

「うっ…。お兄さん…なんというタイミング……」


 するとエレベーター前で、がっくりと項垂れていた薫は暗い表情でゆっくりとこちらを向く。

 明らかに様子がおかしい薫を心配しつつ、俺は携帯を見せながら軽く頭を下げた。


「…すみません。チャット読みましたけど………え、と……大丈夫ですか?何かありましたか……?」


 月のエリアへの入場は抽選制のようで、1日2組しか入場することができないらしい。俺は運良く抽選に当たったようなので、ナオに促されるまま塔に向かって噴水広場を歩いていた。その途中だ。《まだクルヴィにいたら塔の1階に来て欲しいです。お渡ししたいものがあります!》というチャットが薫から飛んできたのだ。大量の機嫌の良さそうな絵文字とともに送られてきたから明るい用件かと思ったが、目の前に漂う空気はどう見ても暗い。
 
 泣きそうな顔の薫は目を伏せて、「実は…」と話し始めた。


「オレ、お兄さんたちにプレゼント用意してたんです」
「プレゼント……?」


 俺は目を丸くする。

 薫は大きく頷き、人差し指を天井に向けた。


「この塔の上にあるエリアにはジンクスがあって、入場すると、永遠の愛を手に入れることができると言われてるんです」
「へ、へぇ……」


 頷きながら、ふとチラリと隣に立つナオを見た。俺の手を握ったナオは退屈そうに薫を見下ろしていたが、俺の視線に気付くとニパッと花びらを散りばめたような笑顔を浮かべる。

 俺は心の中で「そういうことか…」と呟いた。

 ナオはやたらと月のエリアに行きたがっていた。どうやらその理由は薫が言う“ジンクス”が関係してそうだ。意外とアンドロイドもそういう縁起物に関心があるんだな、と考えていると、「でも」と薫は続けた。


「呼び出しておいてすみません……。たった今、プレゼントは無くなっちゃいました……」
「うん?」


 いまいち“プレゼント”と“ジンクス”の繋がりが分からずに首を傾げる。薫は懺悔をするように弱々しく言葉を続けた。


「プレゼントは月のエリアの入場券だったんです。オレ、頑張ってハッキン―……知恵を絞って、各エリア歩き回ってやっとの思いで応募条件満たして当選したのに、今確認したら当選リストから俺のID削除されちゃったみたいで……」
「……」


 「バグだとしたら最悪です…」と薫は溜息混じりにガクッと肩を落とした。

 俺は反応に困った。薫がプレゼントとして渡してくれる予定だった入場券を俺は持ってるということもあるが、応募の為に各エリアで条件を満たさないといけないということを初めて知ったからだ。

 戸惑っていると、きゅっと手を引かれる。
 

『ヒロ、早く入場しよう』
「……っ、ナオ、ちょっと待って」


 俺はギクッと肩を跳ね上げた。

 そして冷や汗をたらりと流す。薫は俺たちに入場券をプレゼントしてくれようとしたんだ。そんな彼の目の前でこれ見よがしに入場しては流石に感じが悪過ぎるだろう。

 グッと引き留めるように足を止めた俺を、ナオは不思議そうに見下ろす。


『ヒロ、どうしたの?僕とヒロで1枠ずつ当選したから月のエリアは僕たちの貸し切りだよ。早く入場して誰にも邪魔されない空間でイチャイチャしようよ』


 ナオは薫の存在などお構いなしに言葉を続ける。俺はギョッとして、「ナオっ…!」と小さく叫ぶ。そして「頼むから声のボリュームをもう少し下げてくれ…!」と目で訴えながらナオと繋がった手の力を強める。
 しかしその意図は伝わってないようで、ナオは『えへへ』と可愛らしく微笑んで、身を寄せてくるだけだった。


「―……え?」


 すると案の定、薫の耳にナオの声は届いてしまったようだ。薫は驚いたような声をあげて、大きな目をまん丸に開く。


「お兄さんたちも、月のエリアの入場券当たったんですか?しかもそれぞれ1枠ずつ?」


 俺は「しまった…」と額を片手で覆う。しかし変に誤魔化しても意味がない。俺は何とも言えない気まずさを感じながら、恐る恐る首を縦に振った。

 
「はい……」


 薫は応募条件を達成するまでにかなり苦労した様子だ。先程遠くから見かけたとき、非常に疲れた様子だったのはこれが原因だったのかもしれない。

 対して俺は応募条件の存在さえ知らなかった。そんな俺がどういう経緯で抽選に当選したのか。知らないうちに条件を達成していた可能性は―……考えにくい。

 なんとなくだ。俺の手を握ってニコニコするアンドロイドを見れば、この矛盾した状況の原因を察することができてしまった。たぶん俺たちは正攻法で当選したんじゃない。そもそも多数の応募者がいるであろう状況の中で、たった2枠しかないレアな入場券を俺とナオで1枠ずつ当選できる確率なんてゼロに等しい。
 薫が当選リストから削除された現象も併せて、考えられることはだいたい絞れる。ナオが抽選システムに何らかの手を加えて、当選者リストを書き換えたんだろう。

 とはいえナオを責めることはできない。単にナオは俺を喜ばせようと入場券を取っただけであって悪気はないと思う。横取りしてはいけない、という価値観がアンドロイドに存在しない可能性を考えれば、俺が日頃からナオに人間社会のルールをしっかり伝えておけば、こんな事にはならなかった。

 やはり全面的に悪いのは俺だ。

 …何にせよ、今朝に引き続き薫に悪いことをしてしまった。俺たちのためにどれだけ時間を使わせてしまったのか。そして迷惑を掛けてしまったのか。

 本当に申し訳ないと思い、薫の反応を伺う。

 しかし意外に、その瞳はパアァッと輝いていた。


「す…っ」
「……?」
「すっっっっっご!さすが、お兄さん!カップルで2枠も当選するなんて超ラッキーじゃん!?!?」
 

 キラキラした瞳は俺とナオを交互に写す。そうして嬉しそうに目元を細めた薫は「なんだー」と自身の胸を撫で下ろした。


「だったらわざわざオレがハックする必要ありませんでしたねー」
「はっく……?」
「あ、こっちの話です。まっ、そういうことなら良かったです!」


 ピュアな瞳で見つめられてたじろぐ。普段からああ言えばこう言う人間とばかり接しているから、何の疑いもなく返されたことに驚いてしまった。

 すると、再びきゅっと手を引かれた。そして耳には痺れを切らしたようなナオの声が届く。
 

『ヒロ、ちょっと待ったよ。早く入場しよう?』
「…ナオ……まだ喋ってるから…」


 言い聞かせるようにそう返すと、ナオはぷくっと頬を膨らませる。

 ナオはどうしても月のエリアに一刻も早く入場したいようだ。ナオの表情は明らかに苛立ちを見せていて『早く早く』というオーラがガンガンに伝わってくる。宥めるように「あと少し待ってな」と言うと、面白くなさそうな声が落ちた。


『…そんなに僕以外と喋りたいんだ』


 そうして手が解かれたと思ったら、腰に手がまわり、背後からぎゅうっと抱きしめられてしまう。

 …“そんなに”って……

 腰まわりを締めつけられた俺は「うっ」と苦しさを感じながら、時計を確認する。まるで長時間経ったような言い方だが、薫と会ってまだ数分しか経ってない。そこまで拗ねることでもないだろうに……

 そう心の声を零していると、薫の笑い声が聞こえる。


「あははは。ならオレたちは帰りますね。相変わらず、オレすっごい睨まれちゃってるし」
「えっ…帰るんですか……」


 俺は視線を戻した。薫は「ええ」と頷きながら、俺の背後にくっつくナオを見ながら言う。


「ナオくんの耳に解析機があるってことはデータ送信の件、OK貰えた感じですよね?」
「あっ…、はい。お伝えするのが遅くなってすみません…。特に問題ないそうです…」
「ふふ。そうだと思いました。であればオレはこれ以上お兄さんたちを邪魔する気はありませんよ。…まあ、サプライズプレゼントは予想外の結果になっちゃいましたけど」


 薫は肩をすくませて微笑む。
 

「データの送信方法は口頭で説明より文章のほうが分かりやすいのであとでファイル送りますね。時間あるときに読んでみてください」
「わ、わかりました……」


 テキパキと言葉を並べた薫は、俺が頷くと、両脇に控えているアンドロイドに「あ、帰りの電車の時間調べといて~」と緩い口調で頼む。

 そんな様子を見つめながら、俺は思った。

 …薫は今日一日楽しめたんだろうか。別行動になってから薫たちは自分たちの時間を楽しんでいるものかと思ったが、話を聞けば、俺たちのためにあれこれ尽くしてくれていたようだ。でも結局はそれを無駄にするようなことになってしまった上に、挙げ句の果てには追い払うようなことまでしている。“恩を仇で返す”とまでは言わないものの、薄情な感じがして、俺はモヤモヤした気持ちになった。


「―…え?最短はあと10分後発?うわー…間に合うか微妙なライン~。次は?えー、未定ってなにそれ?…交通事故?路線に車が突っ込んだって?……復旧遅くなりそー……」


 薫は自身のアンドロイドたちと帰りの電車の時間についてやりとりをすれば、少し急いだ様子で足の向きを変えた。


「じゃあオレたちは電車の時間も迫ってるので帰りますね。今日はお兄さんの役に立てて良かったです。また分からないことあればオレに聞いてください」
「あっ、あの……」
「それでは失礼しますー!」


 薫はひらりと手を振って背を向ける。その瞬間、俺は、「もし良かったらなんですけど!」とその背中を呼び止めた。

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