ヤンデレ系アンドロイドに愛された俺の話。

しろみ

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一章

9a

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「へえ」


 部屋に入って、ぼんやりと辺りを見渡した。

 暖かな薄暗い灯りが、空間を覆っている。室内は広々としていて、一見ビジホと大差ない。ただ、ラブホ特有なんだろう。部屋の中央に設置されたベッドがめちゃくちゃデカい。2,3人ほどの大人が余裕で横になれる広さだ。このホテルの本来の目的を考えれば当然のサイズ感だが、実際に目の当たりにすると圧倒されてしまう。入り口でじっとしていると、「どうしました?」と顔を覗き込まれた。


「え?…あ、いや……別に」
「ふうん」


 何が可笑しいのか。目を細めた犬飼は、ぐいっと顔を接近させる。だから近い。距離感バグってるのか。俺の一挙手一投足を面白そうに観察してくるその視線から逃げるように、俺は部屋の奥に進んだ。

 そして違和感に気付く。


「なんかこの部屋、鏡多くね」


 部屋にはいくつかの大きな鏡が設置されている。ひとつは窓際に。ひとつは天井に。ひとつは壁に。それぞれ部屋の中央を映し出すように向いていた。ベッドをあらゆる角度から見れるんだ。

 首を傾げていると、「ああ」と犬飼は声を漏らす。


「視姦プレイ用でしょう。もしくは自らの乱れた姿で興奮する変態用ですね」
「あー…………うん」


 …聞かなきゃ良かった。

 遠い目をした。そうだ、ここはラブホだ。設置されている見慣れないモノには何かしらの性的な用途があるんだろう。気まずさで顔を覆いたくなった。しかし目前のイケメンに恥じらう様子は微塵もない。涼しい顔で部屋を見渡している。モテる男だ。こういう場所に慣れてるんだろう。

 犬飼はネクタイを緩め、ベッドに腰掛ける。


「先シャワーどうぞ」
「お、おう……」
「真山さんのサイズってb-4ですよね。下のロビーで下着とシャツの自販機ありましたので適当に買ってきます」
「おん……ありがと」


 考え過ぎだろうか。ホテルに入ってから犬飼の眼差しが熱い。独特の照明のせいで、そう錯覚するのか。目が合うたびに、背中のあたりがゾワゾワする。

 すると犬飼は得意げに微笑んだ。


「もしかして緊張してます?」
「えっ」
「さっきから目泳いでますよ」
「……」


 ギシ…とベッドが軋む。犬飼は立ち上がり、俺の元まで寄ってくる。一歩……また一歩、寄ってきて…………

 俺を壁際に追い込んだ。


「…どうして緊張してるのでしょうか?」


 吐息が耳朶を撫でる。俺は口を半開きにして、黒目を動かした。


「………は、はあ?」
「あはは、怒らないでください」


 “上機嫌”という言葉がピッタリな様子で、犬飼は口元に手を当て、くすくすと笑う。こんなに楽しそうな犬飼は初めて見たかもしれない。大方、童貞オーラ丸出しの俺をからかって楽しんでいるんだろう。

 ぐぬぬ…と下唇を噛んでいれば、パッと目が合う。犬飼は真剣な眼差しで言った。


「憧れのセンパイと一夜を過ごせるんです。ちょっとくらい調子に乗っても良いでしょう?」
「あ、あこがれぇ……?」
「ええ。憧れです」


 とりあえずこの体勢止めないか。

 俺は犬飼に壁ドンされてる状態だ。少女漫画のヒロインならトキメキを露わにして絵になるだろうが、相手は俺だ。絵にならない。ノリを合わせて、キャッキャッとはしゃいだところで『どうしました?猿の真似ですか?』と言われるオチだろう。

 溜息混じりに、犬飼の胸を軽く押す。


「う、嘘だろ―……」
「嘘じゃありません」


 俺を褒めたところで何も出ないぞ。返答に困っていると、手首を掴まれた。


「俺、真山さんがいるからこの会社に入ったんです」
「え?」


 そのまま両手を壁に押し付けられ、さらに距離が縮む。少し動けば唇同士が触れそうだ。

 そんな距離で、犬飼は蕩けた瞳を見せる。


「俺に『一緒に働こう』と言ったのは真山さんじゃないですか」
「……ん、んん?……いつの話?」
「4年2ヶ月11日前の会社説明会の話です」
「こ、細かっ………」
  

 いつとは訊いたがそこまで正確に返されるとは思わない。驚くべき記憶力に、口をぽかんと開けて、それから斜め上を見上げた。

 4年前……?会社説明会?

 ……なんとなくだが。思い当たる節がある。一時期、俺は就活生に向けた会社説明会で、営業部の“現場の声”として登壇していた。広報部から渡された台本を読むだけの仕事だ。

 台本通りに『君たちと切磋琢磨したい。一緒に働こう』と柄にもない台詞を言った覚えがある。特定の誰かに向けた覚えはない。聴講していた学生たちに言ったんだ。俺がこんな事を言ったところで誰が入社するんだと思っていたが…―


「あんな死にそうな顔でお願いされたら入社するしかないですよね。…まあ、他の学生は真山さんから滲み出るブラック加減にドン引きしてましたけど―」


 ―…どうやらこの男には響いてしまったらしい。


「……犬飼……お前、変わってんな……」
「そうですか?」
  


 犬飼はキョトンと目を丸くする。

 前から不思議に思っていた。犬飼ほどの優秀な人間なら、就職先も引く手数多だっただろう。何故うちみたいなブラック企業に入ったのか。

 …俺がいるからこの会社に入ったって…。なんじゃそりゃ……

 理解し難い。何はともあれ、犬飼みたいな優秀な人材が入社してくれるなら、どう捉えられても良いか。余計なことは言うまいと、口を噤んだ。

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