上 下
25 / 100
一章

8b

しおりを挟む

 その後、なんとか工場の営業時間ギリギリに滑り込んで、展示用サンプルを受け取ることができた。予想通り、工場トラブルが起きた事実はなく、携帯には長文のメールが届いていた。あの新人くんからの謝罪メールだ。要約するなら“嫌われたくありませんでした。嘘吐いて申し訳ございません。”って感じだ。ミスくらい誰でもするし、むしろ嘘吐くほうが嫌われると思う。そんな事を考えながら、落ち込ませない程度に返信した。


「真山さん、そろそろ交代しましょうか?」
「んー、だいじょぶ~」


 犬飼の声に、そう返す。俺はハンドルを握って、山道を抜けていた。

 通常なら高速道路を使いたいところなんだが、帰り道の高速道路で、酷い渋滞に巻き込まれてしまった。数台先を走っていたトラックが追突事故起こしたらしい。そういうわけで、下道に抜けて、現在に至る。

 時計の針はもうすぐ22時を回ろうとしている。俺も犬飼も、都内に住んでるから、帰宅するにはあと数時間はかかるだろう。


「これどうぞ」
「んえ?」
 

 小さく溜息を吐くと、ずいっとペットボトルを渡された。コーヒーだ。眠くならないように、気を遣ってるのか。先日は謎に空き缶を渡されたので少し警戒したが、受け取れば重みを感じる。どうやら空のペットボトルではなさそうだ。「さんきゅ」と受け取れば、犬飼は「そういえば」と言葉を続けた。


「恋人型アンドロイドのナオ?でしたっけ…?」
「うん?」


 キャップに手をかけて違和感を感じた。新品特有のカチッという音がしないのだ。チラリと目線を落とせば、容器の大きさに比べて量が明らかに少ないことに気づいた。

 の、飲みかけ……?

 戸惑った。俺は潔癖症ってわけじゃないが、飲み回しはあまり好きじゃない。でもここで『やっぱりいいわ』なんて言ったら、せっかくの厚意を無下にしてるようで、感じが悪い。極力、口がつかないように飲むと、「そいつと」と犬飼は続けた。


「セックスしたんですか?」
「グォホッ……っ、」


 俺は大きく咳き込んだ。その勢いで、コーヒーが気道へ吸い込まれそうになる。ゲホッゲホッと、胸を叩き、息を吸った。

 …と、ととと突然なんてことを聞いてくるんだ…!?


「…………したんだ」
「してねぇよ!!!!」


 思わず大声で食い気味に返す。同時に、フロントガラスにポツリポツリと雨が降り注ぐ。

 そういえば今日は夕方から雨だった。雨の中、山道を走るのは少し怖い。慎重にハンドルを操作しながら、コホンッと咳払いをすれば、少し掠れた声が響く。


「真山さん」
「うん?」
「ラブホ行きます?」
「うん!?」


 カーブに差し当たった所で、キキィッとタイヤの擦れる音が響いた。白線を越えそうになったが、間一髪でハンドルを切る。

 …あ、あっぶねぇ………

 次から次へと、突飛な質問を投げてくる犬飼。俺をからかってるのか。嫌がらせなのか。危ないからマジで止めて欲しい。横目でチラリと見る。当の本人は相変わらず澄ました顔だ。ふわぁっと欠伸をして、頬杖をつきながら、外を眺めていた。


「えっ…な、何っ…ラブホ?」
「中途半端な田舎ってラブホ多いですよねぇ。ほら、あそこにもある」


 犬飼の指先を辿って、目を向ける。そこにはギラッギラにライトアップされた西洋風の城がある。

 お世辞にも上品とはいえない外観だ。


「真山さん、シャワー浴びた方が良いですよ」
「んぇ……?」
「香水つけてます?汗と混ざって、さっきから結構臭うんですよね」
「え ゙っ……」
「というのは冗談ですけど」


 赤信号になったときだ。ギシッと座席の軋む音がした。犬飼は助手席から身を乗り出して、俺のほうに手を伸ばす。


「あそこで少し休憩しませんか?」


 頬に手が添えられ、至近距離で目が合う。

 その視線は、熱い。


「…えっ?」
「真山さんは知らないと思いますが、ラブホってビジネス目的でも使われるんですよ。安価で泊まれるので人気なんです。ほら、看板にも“ビジネス利用可”って書いてある」
「え、ぁ…ほ、本当だ……」


 目線を外すと、顎を掬われた。


「お互い寝不足のまま運転するのは危ないです。あそこならベッドがあるので仮眠ができます。シャワーも浴びれますし……―今夜はあそこで過ごしませんか?」


 ね?、と細まる目。綺麗な唇は艶やかに弧を描く。その表情に、ゾクッと背筋が震えた。犬飼ファンクラブの総務陣が見たら鼻血を出して倒れそうだ。それくらい、色っぽい微笑みだった。

 俺は「えぇ…と」と呟き、黒目をキョロキョロ彷徨わせた。
  
 …まあ確かに……犬飼の言う通りかもしれない。無理に帰ろうとするよりも、一泊したほうが、時間的に余裕が生まれる。事故のリスクも減るし、シャワーも浴びれるし、仮眠もできる。デメリットがない。

俺はごくりと唾を飲む。


「なら………ちょっと休憩すっか」


 そう言ってウインカーを出した。すると雨音の激しさが増し、パッと一筋の光が瞬き、空を引き裂くような轟音が鳴り響く。近くで雷が落ちたんだ。その瞬間、小音で流していたラジオのノイズが強くなり、やがてブチッと切れる。

 電波が悪いのか。しかし強制的に遮断されたような乱暴な音だった。

 冷たい空気が肌を撫で、ふと、腕時計に目を落とした。

 …そういや長い間ナオを見ていない。普段は事あるごとに『ヒロっヒロっ』と熱い眼差しとともに話しかけてくるというのに、やけに静かだ。

  
「ナオ………?」
  

  今更気づいた。
  液晶画面には、無数の未読通知が、表示されていた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました

ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。 「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」 ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m ・洸sideも投稿させて頂く予定です

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

ヤンデレ蠱毒

まいど
BL
王道学園の生徒会が全員ヤンデレ。四面楚歌ならぬ四面ヤンデレの今頼れるのは幼馴染しかいない!幼馴染は普通に見えるが…………?

周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)

ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子 天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。 可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている 天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。 水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。 イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする 好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた 自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

処理中です...