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第二章 光の聖女
第11話 破壊の傷あと
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洞窟を出てから1時間と少し。
僕らは休むことなく歩き通し、目的の港町シェラングーンに到着した。
初めて見るその町は豪奢な建物が多く立ち並んでいて、普段であれば数多くの人々が通りに溢れて活気づいているんだろうけれど、今は人の往来も少なく静けさに包まれていた。
通りに面した商店はすべて閉められていて、まるで町全体が病気で床に伏せているような不気味な静けさだった。
そして何より……。
「見るからに闇の気配が漂っていますね」
ジェネットは顔をしかめながらそう言う。
暗雲立ち込めるという言葉があるが、それを実際の風景にするとこんな感じだろうというほど、街の中は黒い霧が漂っていて全体的に薄暗かった。
闇の洞窟の中はもともと薄暗かったから気付かなかったけど、ミランダがお日様の下で邪気を撒き散らすとこうなるのか。
「これほどの邪悪な気配ですから、ミランダがここに来ていたことは間違いないでしょう」
ジェネットは澱んだ空気を吸い込まないように聖衣の袖を口元に当てる。
光属性の彼女にとってこの闇の空気は中庸の僕が感じているよりも遥かに重苦しく感じられるんだろうな。
それくらいこの澱んだ空気はひど過ぎる。
ミランダって前からこんなんだったかなぁ。
「ミランダはまだ街のどこかにいるのかな? 襲撃からそろそろ2時間ほどになるけど」
「まずは町の人々に話を聞きましょう。ミランダがまだ街の中に残っている恐れもありますから用心は怠らないで下さいね」
ジェネットはそう言うと人通りの少ない大通りにまばらに歩いている住民に声をかけた。
「あの……」
だけどジェネットが話しかけようとすると住民らは一様に顔を背け、足早に立ち去っていく。
ん?
何だ?
僕は住民らの反応に違和感を覚えた。
ジェネットはめげずに幾人にも声をかけたけど、結果は同じだった。
僕とジェネットはすぐにその原因に思い至った。
ここの住民らのステータスを見ると、やっぱり天秤が比較的闇側に傾いている人が多い。
とは言っても別に彼らは悪人ってわけじゃないよ。
街によっては住人の属性に一定の傾向が見られることがあるんだ。
この街のように天秤が闇側に傾いた人が多いところは賑やかで豊かだけど治安も悪く、事件や事故が起こりやすい。
逆に天秤が光側に傾いた住人が多い街は秩序が保たれていて平和だけど、その厳格さゆえにあまり栄えない。
「どうやら私は嫌われているようですね」
ジェネットは仕方ないといったように肩をすくめる。
「こういうことは今までもありました。自分ではどうすることも出来ないので歯がゆくもありますが私は平気です」
別に気落ちしているわけじゃないみたいだ。
闇側に近いこの街の住人らにとって、光の権化とも言えるほど光側に天秤が振り切れているジェネットの存在は眩し過ぎるのかもしれない。
属性が近いほどキャラクター同士の相性は良く、その逆もまた然りだ。
この街じゃジェネットは活動しにくいだろうな。
よし。
仕方ない。
「僕が色々と話を聞いてきます。シスターは広場で待っていて下さい。30分ほどで戻りますから」
僕がそう申し出るとジェネットも自分では思うように情報を集められないと悟ったようで、仕方なく頷いた。
「気をつけてくださいね」
「もしミランダが現れても大丈夫。一般NPCの僕には危害を加えられませんから」
ジェネットに心配かけないよう明るくそう言って僕は一人、通りを歩き始めた。
大通りだけじゃなく、裏にある細い路地などもくまなく歩き回り、住民らに声をかけていく。
思った通り、住民たちは僕の話には耳を傾けてくれた。
天秤が光にも闇にも傾いていない真ん中の中庸もこういう時には役に立てるんだな。
30分ほど街の中を歩き回って、色々な住民から聞いた話を総合すると次のようだった。
突如として街の上空に巨大な薄暗い雲が広がったかと思うと、その雲の中から雷鳴と共に現れた魔女ミランダが街の中心部である広場に降り立った。
ミランダはまず広場にある教会を襲ってその場にいる司祭らを次々と葬ったという。
不運にもその場に居合わせたプレイヤーたち数名が絶命したらしい。
そして次に彼女が向かったのはプレイヤーたちが多く訪れる市場だった。
僕もその情報を聞いて街の広場から程近いその市場に足を運んだ。
市場に足を踏み入れると熱気と喧騒が身を包んだ。
ここでは様々な物資が売買されている。
商売熱心なプレイヤーなどはここでひと稼ぎして、強力な武器や防具を購入する資金を得たりするらしく、ミランダ襲撃時にもそうしたプレイヤーたちが一堂に会していた。
市場の騒乱はそれはもう蜂の巣を突いたような騒ぎだったらしい。
そのせいで今の市場は惨憺たる状態であり、ミランダ襲撃時の混乱ぶりが窺えた。
屋台は倒れ、潰れた果実などが散乱していて目も当てられない惨状だった。
「ひどいもんだな」
僕はそう言うと、近くで屋台を片付けている小太りのおじさんに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
おじさんは作業の手を止めると顔を上げてチラリと僕を見た。
「ああ。こんなもんはすぐに片付くけど、しばらくは商売あがったりだな」
僕はおじさんの隣にかがみ込むと、片付けの手助けをしながら話を続けた。
「ミランダの襲撃はどんな感じでしたか?」
「うん? まあ、ミランダがこの市場にいたのは5分もしねえ間だったよ。居合わせたプレイヤーの中にはレベル50超えの腕利き連中もいたけど、ほとんど全員が最初の数分で死んじまった。まるで歯が立たずにな。闇の魔女ミランダってのは本当に容赦なしだな」
おじさんは思い出すのも忌々しいといったようにそう吐き捨てると片付け作業に戻った。
最初の数分?
おかしいな。
ミランダの死神の接吻は彼女のライフが半分以下にならないと発動しない。
そしてミランダはボスNPCであり、一回の戦闘が終わる度にライフは自動回復する。
要するに戦闘の出鼻から死神の接吻は使えないはずだ。
だけど死神の接吻を使わずにレベル50超えのプレイヤーたちを数分で葬るなんて、以前のミランダだったら到底無理な話だ。
一体どういうことなんだろうか。
「兄ちゃん。ミランダの知り合いか?」
作業の手を動かしながら怪訝な顔でそう尋ねてくるおじさんに、僕は首を横に振った。
「い、いえ。腕自慢のプレイヤーたちからミランダの情報を集めるように頼まれてて」
適当に理由をつけてそう話すとおじさんは肩をすくめて鼻を鳴らした。
「フン。じゃあその脳天気なプレイヤーどもに言ってやんな。逃げるが勝ち。出世欲かいて戦おうなんて間違っても思わねえことだな。ありゃステータスの高さとかそういうもんとは違った化け物じみた強さを持ってる。あの魔女には勝てないよ」
やっぱり変だ。
ミランダは確かにかなり強かったけど、以前だったらレベル30程度のプレイヤーでも倒すことは可能なボスキャラだった。
逆にレベル50以上のキャラクターが死神の接吻であっさり敗れ去ることもザラだったけど。
そういった意味では運の要素がかなり左右するんだけど、それでもミランダが絶対に勝利不可能なほど難解なボスかと言えば、そんなことはなかった。
僕はおじさんに礼を言ってその場を離れると、市場の中で色々な話を聞いて回り、そのままジェネットの待つ広場へと戻った。
約束通り30分で広場に戻ると、そこではジェネットが中位魔法として実装している回復魔法神の息吹を用いてケガをした人々の治療を行っていた。
治療を受けているのは様々な冒険者や兵士らであり、おそらくミランダの襲撃によって負傷した人々だった。
ケガをするのはプレイヤーかサポートNPC、もしくはライバルNPCであり、ライフゲージの無い住民たち一般NPCではない。
光や闇、色々な属性の入り混じった彼らを分け隔てなくジェネットは治療していく。
ただ、数十人はいるので彼らを全員治療しようと思ったらかなり時間を要するだろう。
ジェネットは戻ってきた僕に少し申し訳無さそうに言う。
「ミランダを追わなければならないのですが……」
そう言うとジェネットは口ごもった。
後ろ髪引かれる思いがその顔に浮かんでいるのを見て、僕は思わず苦笑してしまった。
その表情に彼女の人柄がにじみ出ていたからだ。
「シスター。神の教えに従って治療を優先して下さい。ミランダのことは焦って探したからといって、すぐに見つかるものでもないですから」
僕がそう言うとジェネットの顔から迷いの色が消えて、パッと喜色が広がった。
「……ありがとうございます。あなたの優しさに感謝します」
そんなこと言われて照れ臭いけど、僕は頷いて彼女の治療作業をじっと見守った。
当初はジェネットを煙たがっていた闇側に近い属性を持つ街の住人らも、献身的にプレイヤーたちを治療するジェネットの姿を遠巻きに見つめている。
一時間ほどかけて負傷者全員に神の息吹を施し終えると、さすがにジェネットもかなりの法力を使ってしまったようで、その顔に疲労の色を滲ませている。
「お疲れ様。大変でしたね」
僕がそう声をかけると、それでもジェネットは満面の笑みで頷いた。
心地よい疲労に、自然とこぼれ出た笑みだった。
その時、ふいに背後から声をかけられた。
「ほれ。これを使いな。尼さん」
振り返ると、先ほどジェネットを敬遠していた住人のうち数名がすぐ傍に立っていて、各々が手にしていたアイテムをジェネットに差し出した。
それは体力や法力を回復させてくれる何種類かのドリンク剤だった。
ジェネットは驚いて顔を上げた。
「よ、よろしいのですか?」
住民らを代表して先頭に立つ初老の男性がこれに応じる。
「ああ。あんた。疲れとるじゃろ。ワシらにはこれくらいしか出来んが、使ってくれ」
その顔は先ほどまでの警戒心が薄れ、ジェネットの行動に対する賛辞の色が浮かんでいた。
もちろん彼らも当初ジェネットを歓迎しなかったことから少しばかりバツが悪そうにしていたけど、ジェネットは丁寧に腰を折ってお辞儀した。
「ありがとうございます。皆様のご厚意に感謝申し上げます」
そう言うとジェネットは彼らからのドリンク剤を受け取る。
住民らがそれぞれ散っていくの見つめながら、ジェネットはドリンク剤を服用した。
体力・法力共に完全回復していくジェネットは、見る見るうちに元気を取り戻した。
そして何よりも住民らの態度の変化がジェネットを元気付けてくれたようだった。
「良かったね。ジェネット」
「はい。私、とても嬉しいです」
ジェネットは振り返って僕にそう言葉をかけてくれたが、その視線がふいに僕の頭上に向けられた。
ん?
何だ?
僕も彼女に倣って視線を上に向ける。
すると、今まで晴れ渡っていたはずの青空が、唐突に発生した黒雲に覆われ始めていた。
こ、これって……。
突如として鳴り響く轟然とした雷鳴。
そして目も眩むような稲光りが地上に炸裂した。
僕とジェネットは思わず顔を手で覆ったが、激しい光に視界を奪われてしまう。
それでも薄く開いた目で前方を見つめると、ぼやけた視界の前方に漆黒の人影が佇んでいるのが見える。
それが深闇の黒衣をその身にまとい、長い黒髪を風になびかせた一人の女の子の姿であることを知って僕は思わず息を飲んだ。
緊張と恐怖で僕の心臓は早鐘を打っている。
そう。
そこに現れたのは僕らが探していた闇の魔女・ミランダだった。
僕らは休むことなく歩き通し、目的の港町シェラングーンに到着した。
初めて見るその町は豪奢な建物が多く立ち並んでいて、普段であれば数多くの人々が通りに溢れて活気づいているんだろうけれど、今は人の往来も少なく静けさに包まれていた。
通りに面した商店はすべて閉められていて、まるで町全体が病気で床に伏せているような不気味な静けさだった。
そして何より……。
「見るからに闇の気配が漂っていますね」
ジェネットは顔をしかめながらそう言う。
暗雲立ち込めるという言葉があるが、それを実際の風景にするとこんな感じだろうというほど、街の中は黒い霧が漂っていて全体的に薄暗かった。
闇の洞窟の中はもともと薄暗かったから気付かなかったけど、ミランダがお日様の下で邪気を撒き散らすとこうなるのか。
「これほどの邪悪な気配ですから、ミランダがここに来ていたことは間違いないでしょう」
ジェネットは澱んだ空気を吸い込まないように聖衣の袖を口元に当てる。
光属性の彼女にとってこの闇の空気は中庸の僕が感じているよりも遥かに重苦しく感じられるんだろうな。
それくらいこの澱んだ空気はひど過ぎる。
ミランダって前からこんなんだったかなぁ。
「ミランダはまだ街のどこかにいるのかな? 襲撃からそろそろ2時間ほどになるけど」
「まずは町の人々に話を聞きましょう。ミランダがまだ街の中に残っている恐れもありますから用心は怠らないで下さいね」
ジェネットはそう言うと人通りの少ない大通りにまばらに歩いている住民に声をかけた。
「あの……」
だけどジェネットが話しかけようとすると住民らは一様に顔を背け、足早に立ち去っていく。
ん?
何だ?
僕は住民らの反応に違和感を覚えた。
ジェネットはめげずに幾人にも声をかけたけど、結果は同じだった。
僕とジェネットはすぐにその原因に思い至った。
ここの住民らのステータスを見ると、やっぱり天秤が比較的闇側に傾いている人が多い。
とは言っても別に彼らは悪人ってわけじゃないよ。
街によっては住人の属性に一定の傾向が見られることがあるんだ。
この街のように天秤が闇側に傾いた人が多いところは賑やかで豊かだけど治安も悪く、事件や事故が起こりやすい。
逆に天秤が光側に傾いた住人が多い街は秩序が保たれていて平和だけど、その厳格さゆえにあまり栄えない。
「どうやら私は嫌われているようですね」
ジェネットは仕方ないといったように肩をすくめる。
「こういうことは今までもありました。自分ではどうすることも出来ないので歯がゆくもありますが私は平気です」
別に気落ちしているわけじゃないみたいだ。
闇側に近いこの街の住人らにとって、光の権化とも言えるほど光側に天秤が振り切れているジェネットの存在は眩し過ぎるのかもしれない。
属性が近いほどキャラクター同士の相性は良く、その逆もまた然りだ。
この街じゃジェネットは活動しにくいだろうな。
よし。
仕方ない。
「僕が色々と話を聞いてきます。シスターは広場で待っていて下さい。30分ほどで戻りますから」
僕がそう申し出るとジェネットも自分では思うように情報を集められないと悟ったようで、仕方なく頷いた。
「気をつけてくださいね」
「もしミランダが現れても大丈夫。一般NPCの僕には危害を加えられませんから」
ジェネットに心配かけないよう明るくそう言って僕は一人、通りを歩き始めた。
大通りだけじゃなく、裏にある細い路地などもくまなく歩き回り、住民らに声をかけていく。
思った通り、住民たちは僕の話には耳を傾けてくれた。
天秤が光にも闇にも傾いていない真ん中の中庸もこういう時には役に立てるんだな。
30分ほど街の中を歩き回って、色々な住民から聞いた話を総合すると次のようだった。
突如として街の上空に巨大な薄暗い雲が広がったかと思うと、その雲の中から雷鳴と共に現れた魔女ミランダが街の中心部である広場に降り立った。
ミランダはまず広場にある教会を襲ってその場にいる司祭らを次々と葬ったという。
不運にもその場に居合わせたプレイヤーたち数名が絶命したらしい。
そして次に彼女が向かったのはプレイヤーたちが多く訪れる市場だった。
僕もその情報を聞いて街の広場から程近いその市場に足を運んだ。
市場に足を踏み入れると熱気と喧騒が身を包んだ。
ここでは様々な物資が売買されている。
商売熱心なプレイヤーなどはここでひと稼ぎして、強力な武器や防具を購入する資金を得たりするらしく、ミランダ襲撃時にもそうしたプレイヤーたちが一堂に会していた。
市場の騒乱はそれはもう蜂の巣を突いたような騒ぎだったらしい。
そのせいで今の市場は惨憺たる状態であり、ミランダ襲撃時の混乱ぶりが窺えた。
屋台は倒れ、潰れた果実などが散乱していて目も当てられない惨状だった。
「ひどいもんだな」
僕はそう言うと、近くで屋台を片付けている小太りのおじさんに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
おじさんは作業の手を止めると顔を上げてチラリと僕を見た。
「ああ。こんなもんはすぐに片付くけど、しばらくは商売あがったりだな」
僕はおじさんの隣にかがみ込むと、片付けの手助けをしながら話を続けた。
「ミランダの襲撃はどんな感じでしたか?」
「うん? まあ、ミランダがこの市場にいたのは5分もしねえ間だったよ。居合わせたプレイヤーの中にはレベル50超えの腕利き連中もいたけど、ほとんど全員が最初の数分で死んじまった。まるで歯が立たずにな。闇の魔女ミランダってのは本当に容赦なしだな」
おじさんは思い出すのも忌々しいといったようにそう吐き捨てると片付け作業に戻った。
最初の数分?
おかしいな。
ミランダの死神の接吻は彼女のライフが半分以下にならないと発動しない。
そしてミランダはボスNPCであり、一回の戦闘が終わる度にライフは自動回復する。
要するに戦闘の出鼻から死神の接吻は使えないはずだ。
だけど死神の接吻を使わずにレベル50超えのプレイヤーたちを数分で葬るなんて、以前のミランダだったら到底無理な話だ。
一体どういうことなんだろうか。
「兄ちゃん。ミランダの知り合いか?」
作業の手を動かしながら怪訝な顔でそう尋ねてくるおじさんに、僕は首を横に振った。
「い、いえ。腕自慢のプレイヤーたちからミランダの情報を集めるように頼まれてて」
適当に理由をつけてそう話すとおじさんは肩をすくめて鼻を鳴らした。
「フン。じゃあその脳天気なプレイヤーどもに言ってやんな。逃げるが勝ち。出世欲かいて戦おうなんて間違っても思わねえことだな。ありゃステータスの高さとかそういうもんとは違った化け物じみた強さを持ってる。あの魔女には勝てないよ」
やっぱり変だ。
ミランダは確かにかなり強かったけど、以前だったらレベル30程度のプレイヤーでも倒すことは可能なボスキャラだった。
逆にレベル50以上のキャラクターが死神の接吻であっさり敗れ去ることもザラだったけど。
そういった意味では運の要素がかなり左右するんだけど、それでもミランダが絶対に勝利不可能なほど難解なボスかと言えば、そんなことはなかった。
僕はおじさんに礼を言ってその場を離れると、市場の中で色々な話を聞いて回り、そのままジェネットの待つ広場へと戻った。
約束通り30分で広場に戻ると、そこではジェネットが中位魔法として実装している回復魔法神の息吹を用いてケガをした人々の治療を行っていた。
治療を受けているのは様々な冒険者や兵士らであり、おそらくミランダの襲撃によって負傷した人々だった。
ケガをするのはプレイヤーかサポートNPC、もしくはライバルNPCであり、ライフゲージの無い住民たち一般NPCではない。
光や闇、色々な属性の入り混じった彼らを分け隔てなくジェネットは治療していく。
ただ、数十人はいるので彼らを全員治療しようと思ったらかなり時間を要するだろう。
ジェネットは戻ってきた僕に少し申し訳無さそうに言う。
「ミランダを追わなければならないのですが……」
そう言うとジェネットは口ごもった。
後ろ髪引かれる思いがその顔に浮かんでいるのを見て、僕は思わず苦笑してしまった。
その表情に彼女の人柄がにじみ出ていたからだ。
「シスター。神の教えに従って治療を優先して下さい。ミランダのことは焦って探したからといって、すぐに見つかるものでもないですから」
僕がそう言うとジェネットの顔から迷いの色が消えて、パッと喜色が広がった。
「……ありがとうございます。あなたの優しさに感謝します」
そんなこと言われて照れ臭いけど、僕は頷いて彼女の治療作業をじっと見守った。
当初はジェネットを煙たがっていた闇側に近い属性を持つ街の住人らも、献身的にプレイヤーたちを治療するジェネットの姿を遠巻きに見つめている。
一時間ほどかけて負傷者全員に神の息吹を施し終えると、さすがにジェネットもかなりの法力を使ってしまったようで、その顔に疲労の色を滲ませている。
「お疲れ様。大変でしたね」
僕がそう声をかけると、それでもジェネットは満面の笑みで頷いた。
心地よい疲労に、自然とこぼれ出た笑みだった。
その時、ふいに背後から声をかけられた。
「ほれ。これを使いな。尼さん」
振り返ると、先ほどジェネットを敬遠していた住人のうち数名がすぐ傍に立っていて、各々が手にしていたアイテムをジェネットに差し出した。
それは体力や法力を回復させてくれる何種類かのドリンク剤だった。
ジェネットは驚いて顔を上げた。
「よ、よろしいのですか?」
住民らを代表して先頭に立つ初老の男性がこれに応じる。
「ああ。あんた。疲れとるじゃろ。ワシらにはこれくらいしか出来んが、使ってくれ」
その顔は先ほどまでの警戒心が薄れ、ジェネットの行動に対する賛辞の色が浮かんでいた。
もちろん彼らも当初ジェネットを歓迎しなかったことから少しばかりバツが悪そうにしていたけど、ジェネットは丁寧に腰を折ってお辞儀した。
「ありがとうございます。皆様のご厚意に感謝申し上げます」
そう言うとジェネットは彼らからのドリンク剤を受け取る。
住民らがそれぞれ散っていくの見つめながら、ジェネットはドリンク剤を服用した。
体力・法力共に完全回復していくジェネットは、見る見るうちに元気を取り戻した。
そして何よりも住民らの態度の変化がジェネットを元気付けてくれたようだった。
「良かったね。ジェネット」
「はい。私、とても嬉しいです」
ジェネットは振り返って僕にそう言葉をかけてくれたが、その視線がふいに僕の頭上に向けられた。
ん?
何だ?
僕も彼女に倣って視線を上に向ける。
すると、今まで晴れ渡っていたはずの青空が、唐突に発生した黒雲に覆われ始めていた。
こ、これって……。
突如として鳴り響く轟然とした雷鳴。
そして目も眩むような稲光りが地上に炸裂した。
僕とジェネットは思わず顔を手で覆ったが、激しい光に視界を奪われてしまう。
それでも薄く開いた目で前方を見つめると、ぼやけた視界の前方に漆黒の人影が佇んでいるのが見える。
それが深闇の黒衣をその身にまとい、長い黒髪を風になびかせた一人の女の子の姿であることを知って僕は思わず息を飲んだ。
緊張と恐怖で僕の心臓は早鐘を打っている。
そう。
そこに現れたのは僕らが探していた闇の魔女・ミランダだった。
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