どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!

枕崎 純之助

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第三章 『地底世界エンダルシュア』

第2話 忘れ去られた街

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「ほぉ~。しかし、このような地底世界があったのでござるな。これは見事」

 パメラは街中を見渡しながら好奇心を抑えられないという感じて感嘆の声を上げている。
 俺たちはクラリッサの道案内で岩山を降りて、街中へと足を踏み入れていた。
 岩山のある街の北側は人の姿もまばらだが、それでも数人のNPCとすれ違う。
 そいつらは皆、クラリッサと同じく褐色かっしょくの肌をしていた。
 どうやら地底の民と呼ばれる人種の特徴らしい。

「天使や悪魔の姿は見られないのでござるな」

 キョロキョロと周囲を見回しながらそう言うパメラにティナが応じる。

「この地底世界エンダルシュアはプレイヤーたちが特別なイベント時に訪れる場所でして、私たちのような地上世界のNPCは基本的に訪問することはありません。実は天樹の塔の地下にはエンダルシュアにつながる連絡口がありまして、我が同胞たちが地底の民と物資の交換などをしているんですが交流は最低限のようなのです」
「なるほど。ではここを訪れる天使や悪魔がいるとしたら基本的にそれはプレイヤーばかりなのでござるな。今は何もイベントが開かれていないってことでござるか」

 事情を知らないパメラは興味深けに地底の民たちをながめている。
 天使や悪魔のNPCはここを訪れることは無い、か。
 確かに俺自身はもちろん、エンダルシュアに行ったことがあるという奴を見たこともない。
 その割に地底の民どもは、すれ違う俺たちを見てもめずらしがる様子もない。
 俺はどこか引っかかるような違和感を覚えたが、それが何故なにゆえのことであるかまでは分からなかった。

 俺たちを案内するクラリッサは先頭を歩きながら街を通るNPCたちに陽気に挨拶あいさつをしている。
 ついさっきまで洞穴ほらあなの壁をくずした俺のことを怒っていたクラリッサだが、街に降りてくるともう機嫌が直ったようで、今は意気揚々いきようようと俺たちを道案内していた。
 まったく、ガキはお気楽なもんだ。
 NPCたちもクラリッサの挨拶あいさつに応じているが、どこか機械的な印象がいなめない。

 さっきティナは言っていた。
 このネフレシアの街は数年前に閉鎖されていて、今は存在しないはずだと。
 存在しないはずの街に暮らすNPCたち。
 連中はそのことをどう思っているんだ?
 そんなことを考える俺のすぐ目の前ではティナがパメラと話を続けている。

「一説にはこのエンダルシュアの地面をさらに下に潜ると、そこには魔神領域と呼ばれる世界があって、とてつもない力を持った魔神たちが闊歩かっぽしているらしいですよ。その魔神は一体一体が上級天使や上級悪魔にも匹敵する力を持っているとか。想像するだけで怖いですよね」
「何と! 世界は広いのでござるな」

 馬鹿正直におどろくパメラと、そんなパメラの反応に嬉しそうなつらを見せるティナに、俺は舌打ちをした。
 
「チッ。真に受けてんじゃねえよパメラ。それはただの迷信だ。魔神領域なんざ空想の産物だよ。ティナ。おまえは実際にそこに行ったって奴を見たことあるか? 俺はねえよ。ただの1人もな。そんな世界があるなら俺が行ってみたいもんだぜ」

 そう言う俺にあきれた顔を見せるティナを見てパメラは声を上げて笑った。
  
「ハッハッハ。おとぎ話の類でござったか」
「まあ確かにそうなんですけどね。でもこのゲームは常にアップデートで進化していますから、いつかそういう世界が出来るかもしれませんよ。意外ともうあったりして」
「馬鹿な話をしてねえで、さっさと進むぞ。とっととここから抜け出して、ヒルダをとっつかまえるんだろ」

 そう言うと俺たちの前方では先ほどよりだいぶ人通りが多くなって来た。
 どうやら街の北側からグルリと回り、東側の大門前に出たようだ。
 徐々に喧騒けんそうが耳に届くようになってきた。
 クラリッサの話によれば、その辺りは街の中心部へと続く大通りが通っているため、人の流れが活発になっているらしい。
 そこでティナが門の近くにいる街の住民に声をかけた。

「こんにちは」
「ここはネフレシアの街です」

 声をかけられた住民の男はにこやかにそう答える。
 俺はその男にたずねた。

「おい。ここに堕天使だてんしの女が来なかったか?」
「ここはネフレシアの街です」

 男は変わらずに笑顔でそう言う。

「いや、そうじゃねえよ。堕天使だてんしの女を見かけなかったかって聞いてんだ」

 そう言って俺はその男をにらみつけて詰め寄るが、男は先ほどからまったく変わらぬ笑顔で答えるのみだった。

「ここはネフレシアの街です」

 どうなってんだ?
 男の奇妙なその様子に閉口する俺にクラリッサは爆笑してやがる。
 俺はクラリッサをジロリとにらんだ。

「なに笑ってやがる。こいつはどうなってんだ?」
「ああ。この人はそれしか言わないよ。旧式のNPCだから」
「旧式のNPCだと?」

 クラリッサの言葉に俺のみならずティナやパメラも首をひねる。
 そんな俺たちにクラリッサはそんなことも知らないのかとばかりに説明した。

 旧式のNPC。
 決められたセリフと決められた動きをルーティーンで繰り返す。
 それらを愚直ぐちょくに続けるだけの人形。
 そんな奴らがまだこのゲームの中にいたってのか。

 よく見ると男にはライフゲージがない。
 よそのゲームではそういうNPCも多いと聞いたことがあるが、このゲームでは天使も悪魔も堕天使だてんしも皆、ライフゲージを持っている。
 ライフが尽きれば当たり前のようにゲームオーバーを迎え、当たり前のようにコンティニューする。
 それがこの男にはないってことか。
 チラリとクラリッサを見やると、あいつは俺たちと同じようにライフゲージを持っていた。

「なるほど。奇妙な御仁ごじんでござったが、そういうわけでござるか」

 クラリッサから説明を受けながら後ろをチラチラと振り返り、若い男の様子に目を丸くしてパメラはそう言った。
 ティナはうなづき、クラリッサの話を継いで言う。

「私はまだ生まれていない頃のことですが、このアメイジア大陸もゲームが始まった当初は彼らのような旧式のNPCしかいなかったと聞いています」
「それは想像しがたい光景でござるな」
「そうですね。やがてどこかの段階で大型アップデートが行われて私たちNPCに自我が備わったようなのです。それからアップデートを繰り返すたびにNPCたちの思考行動パターンは多彩になっているのですよ」

 だというのに、さっきの男はまるで文明を知らずに未開の地に取り残された原始人のようだった。
 そういう旧式のNPCがいまだに残されているってことは、このネフレシアはかなり古い時代に閉ざされたってことか。
 ますます分からねえ。
 こんな場所がいまだにこうして残っていることもそうだが、ヒルダは俺たちをこんな場所に落として何をするつもりだというのか。

 今、ティナは修復術を使えなくなっている。
 つまり俺たちには不正プログラムに対抗する術がない。
 ティナは街の中を歩きながら、先ほどからメイン・システムを幾度も操作して天樹の塔と連絡を取ろうとしている。

 使えなくなっている修復術の力を取り戻すには、天樹の塔からの手助けが無ければ難しいだろう。
 だが、まだ連絡はつかないようだ。
 この閉ざされた街・ネフレシアからでは通信が出来ないせいだろう。
 とにもかくにも何とかして天樹との通信を復旧させる必要がある。

 だが俺は奇妙な違和感を拭い去れずにいた。
 ヒルダが俺たちを排除するつもりなら、今この時こそが好機だ。
 まんまとここに落とし込んだ俺たちをどこかで見ているのなら、なぜあいつは襲ってこない?
 その何とも言えない気持ち悪さに俺は苛立いらだちを覚えた。

 俺たちはそれから街の中を進み、多くのNPCたちが皆、さっきの奴と同様に同じセリフと同じ行動パターンを繰り返している様子を目にすることになった。
 こんな閉ざされた場所だってのに街の中は活気づいているように見える。
 だがそれは見かけだけだった。

「いらっしゃい! 新鮮野菜に採れたて果実を安く買えるよ! お得だから見てってよ!」

 果実や野菜を並べる店番のオヤジは元気に客引きの声を上げるが、店の前を行き来するNPCたちの中に品物を買っていく奴はいない。
 果実も野菜も旧式のNPCには無用の長物だからだ。
 だが店のオヤジはまったく気に留める様子もなく元気に同じセリフを繰り返している。
 そんないびつな街の様子を見ながらパメラが先頭のクラリッサに声をかけた。

「クラリッサ殿はこうして会話が出来るということは、旧式のNPCではないということでござるな?」
「うん。ボクはアップデートされた新式のNPCだからね。でもこの街の9割くらいのNPCが旧式のNPCばかりなんだ」
「それはなぜでござるか?」

 このネフレシアはアップデートの際に運用停止された街だ。
 こうして街が残ってること自体が奇妙だが、本来なら街に残っているNPCたちは最後のアップデートの状態を保っているはずだ。
 古い街だから全ての住民が旧式のNPCだというのならまだ話は分かる。
 だが、一部、新式のNPCが混在しているのはよく分からねえ。
 パメラの問いにクラリッサは首をひねった。

「よく分からないんだ。前からそうだったから。いつからそうだったのかも分からないんだけど。この街、変なのかな?」

 そう言うとクラリッサは不安げな表情を浮かべる。
 こいつ……ネフレシアが閉ざされていることを知らないのか。
 俺とティナは顔を見合わせる。
 ティナの奴はこいつに真実は伝えないつもりだろう。
 伝えたところでどうすることも出来ないし、真実を知って落ち込んだり騒いだりされても鬱陶うっとうしい。

「おいクラリッサ。案内してくれるのはいいが、俺たちはどこに向かってるんだ」
「おじいちゃんのところだよ」

 クラリッサはさっきまで俺に怒ってやがったが、今はすっかり機嫌も直り、振り向いてそう言うと笑顔を見せた。

「ボクのおじいちゃんだったらキミたちの探している人のこと何か知ってるかもしれないし」
「クラリッサさんはおじいさまがいらっしゃるんですね」
「うん。ボクのおじいちゃんは、このネフレシアの市長なんだ。もちろん、ボクと同じ新式のNPCだよ」

 そう言うクラリッサは心底得意げで、よほど自慢であることがうかがえる。

「そうなんですか。市長様でいらしたら色々と街のこともご存じですよね」
「もちろん。おじいちゃんだったらその堕天使だてんしの人とかを見たことがあるかもしれない。この少し先に行けばおじいちゃんのいる市庁舎があるからついてきて」

 そう言うとクラリッサは足早に大通りを進んでいった。
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