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第2章 宵の異世界就職活動

就職先決まりました! 人事部でお仕事!

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「人材登用……ですか?  私が?」

 聞き間違いではないかと疑いたくなる程に、“人材登用”という仕事の重要性は高いと、瀬崎宵せざきよいは認識している。
 “管理”ではなく“登用”という事は、宵に面接官をやれと言っているのだ。現実世界で、入社したばかりの新人に、会社の採用面接をさせるなど聞いた事がない。一体、どういう事なのだろう。宵はすぐには首を縦に振る事が出来なかった。

「そうだ。其方にはこの衙門がもんで働きたいと言う人材を集め、その中から有能な者を見極め登用していって欲しいのだ。如何せんここは人が足りぬ。まずは人を集める事が急務。良いか?」

「え、いや、お待ちください、孔嵩こうすう殿。いくら人を集める事が急務と言われましても、私は人を登用するような仕事は経験がなく、それに、そのような大事は私のような新人がやるべきではないと考えますが……」

 宵が反論すると孔嵩は笑いながら手で制する。

「宵殿。何事にも初めてはあるであろう。私とて、新人に人材登用をさせるなど初めてだ。だが、今までのやり方で今のような人材不足に陥っている事は明白。これは改善せねばならぬ課題。そこで私は考えた。今までの人間の考え方では駄目だ。新しい人間のやり方で広く人を募る方法を模索し、有能な人材を多く採る。それが其方に出来ると思ったからこうして頼んでいるのだ。なに、やってみて出来なければその時はその時だ。まずはやってみてはくれぬか?」

 孔嵩の考えはもっともだ。確かにどんな事にも初めてはある。宵も初めての経験だが、孔嵩にとっても初めての事。
 ならばと、宵は決心した。

「そこまで仰って頂けるのなら、受けないわけには参りません。必ずや、このきょうの為に数多の賢人を登用してご覧に入れましょう」

「おお!  そうか!  受けてくれるか!  それは良かった!  では早速で悪いが、其方の仕事場で明日以降の業務の説明を受けてくれ。曹矉そうひん!」

 孔嵩は宵の返事に上機嫌になり、外から人を呼んだ。

「はい、ここにおります」

 現れたのは先程、門から宵を案内してくれた男だった。

「曹矉。明日より書佐しょさとして赴任する宵を案内せよ。部屋に毛豹もうひょう程燐械ていりんかいがいただろう。明日以降、業務に取り掛かってもらう故、宵に説明をしておくようにと、伝えよ」

「御意」

 孔嵩はにこやかに迎えに来た曹矉へと手を差し示したので、宵は立ち上がり孔嵩へ拱手すると、そのまま曹矉に従い客間を後にした。

 ♢

 郡の衙門というのはだいぶ広い敷地を有し、立派な建物があちこちにある。
 ここが私の仕事場か。と、宵は少し胸躍らせていた。自分が好きな三国志の世界観で、戦とは全く関わり合いのない仕事が出来るのだ。それに孔嵩も曹矉もいい人そうで職場環境も悪くはなさそうだ。
 現実世界での就職難は、この世界には反映されないのだろう。いきなり県庁の人事部職員だなんて、両親や友達が聞いたら驚くだろう。
 もちろん、元の世界へ戻るまでの間の仕事だ。元の世界へ戻る方法が分かればすぐにこの世界ともおさらばである。

「曹矉さん。先程、孔嵩殿の隣にいた方はどなたなのですか?」

「ああ、あの方は郡丞ぐんじょう祖忠そちゅう様。この衙門で2番目に偉いお方です」

 孔嵩の秘書だと思っていた男は、役所のナンバー2だった。つまり、宵の面接には役所のトップ2が立ち会ったという事になる。

「そうでしたか。覚えておきます」

「まあ、宵殿はあまり関わらないとは思いますがね。さて、着きました。ここが宵殿の仕事場になります」

 趣のある中華風の広い建物の前で曹矉は止まった。先程の本殿の客間から5分程歩いた所に堂々とそれは構えている。
 曹矉は戸を開けると中へと入っていった。その後に宵が続く。

毛豹もうひょう殿、程燐械ていりんかい殿。李聞りぶん殿が推挙された宵殿をお連れしました。明日から実際に業務をさせるようにと、孔嵩様のご命令です」

 曹矉が部屋の中に数人いた男達に声をかけると、その中の2人が立ち上がり宵の方へ歩いて来た。

「宵と申します。宜しくお願い致します」

 宵は先んじて拱手する。

「こちらがこの部の管理監督者である功曹こうそうの毛豹殿。そしてこちらが中正官ちゅうせいかんの程燐械殿。分からない事は全てお2人にお聞きください」

「はい、承知致しました」

 宵が頭を下げると、目の前の程燐械は鼻で笑った。気のせいかと思い、宵は頭を上げてその男の表情を見る。

「まさか、本当に得体の知れぬ女を登用するとはな。いくら李聞殿の推挙とは言え、あまりに軽率だ」

 若くて端正な顔立ちの程燐械は小馬鹿にしたように宵を見下す。
 その態度や発言は不快だが、程燐械の言う事は間違ってはいない。普通なら、何処の馬の骨とも知れぬ宵を採用した孔嵩の方が異常なのだ。

「まあ、程燐械。そう言わず、人手が足りないのだ。女でも良しとしよう」

 程燐械の隣の毛豹という男は宵を庇ってくれた。こちらは40代くらいで貫禄のある顔をしている。

「孔嵩殿のご命令とあらば、従わぬわけにはいかんからな。だが、本当にこの女は有能なのか?  どうせこの国の事を何も知らぬのだろ? 教える事が多過ぎて仕事にならないなどと言うことがなければ良いがな」

 程燐械の気だるそうな発言を聴いていた宵の心は、次第に沈んでいった。孔嵩や曹矉はいい人なのに、程燐械という男は顔は良いが段違いで嫌な男だ。毛豹はまだよく分からない。いずれにせよ、こんな上司のもとで何も知らない自分はやっていけるのだろうか。先程まで心踊っていたのが嘘のように宵のテンションは下がっていた。

「この国には来たばかりでまだ何も知りませんが、精一杯頑張ります」

 宵はいずれ慣れるだろうと心を切り替え挨拶をする。

「俺はお前を信用はしていない。期待もしていない。だが、やる気があるなら仕事は教える」

「はい!  もちろん、やる気はあります。宜しくお願い致します」

 宵がやる気のあるハキハキとした声で答えると、程燐械は腕を組みそっぽを向いてしまった。

「……あの、ところで、程燐械殿。先程、曹矉殿が“中正官”と仰いましたが、もしかして、“九品中正きゅうひんちゅうせい”の“中正”でしょうか?」

 宵の質問に、程燐械と毛豹の目が見開いた。

「ほう……何も知らぬと思ったが、“九品中正”を知っているのか?  おい、曹矉。ご苦労。下がって良いぞ」

 程燐械は曹矉を手を振って追い払うと、曹矉は一礼して出ていった。

「程燐械殿、この国では、人材の登用制度として“九品官人法きゅうひんかんじんほう”が採用されているのですか?」

「その通り、十数年前から、朝廷の官僚の登用に、“郷挙里選きょうきょりせん”から“九品官人法”に切り替わった。俺は朝廷から派遣された“中正官”。地方で見付けた有能な人材に“郷品きょうひん”を付け、朝廷へと推挙する。それが俺の仕事」

 宵は目を輝かせながら頷く。
 “九品官人法”。それはまさに三国志の中で誕生した人材登用制度。かつて後漢末期までは、“郷挙里選”により人材を集めていたが、地方の豪族がその子弟を推挙するといった事が起こるようになり、身内の登用が溢れ、広く人材を集める事が出来なくなった。そこで、魏に仕えていた陳羣ちんぐんが、郷挙里選に変わり提唱した制度が“九品官人法”だ。
 三国志を研究していた祖父・瀬崎潤一郎せざきじゅんいちろうは、九品官人法についても研究していたので、孫の宵もその内容についてはもちろん理解がある。

「確か、任官志望者を一品から九品の9段階に分けて評価して中正官が朝廷に推挙する。朝廷はその郷品きょうひんに応じて一品官から九品官の役職に任命する。そんな感じですよね?」

 爛々と目を輝かせて言う宵を、程燐械と毛豹は言葉を忘れて見入る。
 すると突然、毛豹が声を上げて笑った。

「何だこの娘!  意外と賢いではないか!  程燐械。これは面白い部下が入ったな。其方の好きに使ってやれ。これで良い人材が集まればきょうも、朝廷も万々歳だ。其方も出世できるな」

 毛豹は笑いながら程燐械の肩を叩くと、元いた自席へと戻っていった。

「まあ、少しはマシな奴のようだな。お前。李聞殿が推挙しただけはあるか。然らば、明日、早速官吏かんりの登用面接がある。お前も同席しろ」

「かしこまりました。精一杯頑張ります」

 宵の初めての正社員としての仕事。この国の為に魏の名士・荀彧じゅんいくになってやろう、と宵はやる気に満ち溢れていた。
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