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記憶を持たぬ大魔法使い

24、いつかちょっと仲良くなる騎士の話をしよう

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「振られたけど好きなのか」

『敬愛』そのあたたかさは滅多に出会えるものでは無い。目の前、俺は心ここにあらずな右扉の騎士の表情が妙に気になった。左扉の騎士に呼ばれても答えていないあたり、あながち間違いでは無いらしい。

右扉の騎士が耽る先は、やはり3年前の出来事だ。

ざわめく会場、感じる視線。何事かと視線を上げると、鉄色が右扉の騎士を見つめていた。

『{二度、言う必要はないわね}』

遠く離れた祭壇から届いた微笑みに、衝撃が走った。硬直する身体。震える唇。それは数刻、跪いていたからだけではない。ろくな思考も出来ず、数万の騎士を掻き分け、前へと向かう。状況把握が追いつかない脳に、痺れでおぼつかない脚。周囲から降り注ぐ、妬みや羨みのはらんだ視線。『関心』『優越』『驚嘆』踏み出す程にそれらは強くなり、脚に纏わり付いてきた。

正直、高揚した。

金細工眩しい祭壇にちっぽけな右扉の騎士が再び跪く。

全てを理解するには時間がかかった。

それは、単に右扉の騎士が短絡的な『テンサイ』だからではない。

見上げた先、ステンドグラスの彩光を背負い佇んでいるのは『冒険記』に登場する女神でも聖女でもない。分かっている、それは分かっているが。誰が見ても女神にしか見えないその姿。目の前に跪いてもなお右扉の騎士は、どうしても現実を受け入れられなかった。

何故ならその婦人は、右扉の騎士含む貴族にとって見えぬ女神よりも恐れ敬う存在だったから。

リマインダー公爵婦人、マライヤ=リマインダー。

我が国、ワイトホープ王国。その中の四大公爵家に君臨するリマインダー公爵家。本来ならば、同じ空間に居ることすら叶わない高貴なご婦人が右扉の騎士を指名した。ざわめきが大きくなる会場。中央公爵家、ましてやリマインダーが地方伯爵家を指名する事など、半世紀近くない事だった。

右扉の騎士が跪く地も、天でさえリマインダーのものだ。この数日感じた感動や屈辱。善も悪も引っくるめ、全ての感情をリマインダーで味わったと言っても、過言ではない。

ざわめく中、婦人が指先を動かすだけで、嘘のように静まり返る大聖堂。

爵位の有る無しなど造作もない。身分関係なく黙らせる。待ったをかける存在は許さない。

それがリマインダーだ。

支配者に選ばれた。掬われた。そう思った。

『{汝は見えざるものが見守っておられる今この場で。絶対なる白。並び、私マダム、マライヤ=リマインダーに忠誠と服従を誓いますか?}』

『{はい、誓います}』

正直、物凄く高揚した。

『{白が純白であり続ける為。私はたとえ目の前が、挫折と逆境の連続であったとしても、道なき道に栄光と平穏の道をつくってみせましょう。この揺るぎない忠誠は白とマダム、マライヤ=リマインダー。そして、永劫リマインダーに寄り添い続けるでしょう}』

『{名を}』

『{ルルタージュ=トリガーにございます}』

婦人の微笑みと共に掲げられた、短く歪な剣は右扉の騎士の肩へ届く事はなかった。その剣の名はファルカータ。グリーントパーズで鍛えられた刃は、脆く儚い。しかし短い刃は独自の剣技を生み出し、脆い身は殺しだけではない騎士の道へと右扉の騎士を導いた。今ではなくてはならない右扉の騎士の相棒だ。後に全ては婦人のご配慮だったと知る。

『{今、この場においてルルタージュ=トリガーの忠誠を我、マライヤ=リマインダーの手に}』

右扉の騎士は劣等と緊張と興奮を抱え、生涯の主人へと深々頭を垂れた。

『{リマインダーと白に平穏と安らぎを}』

『{白が純白であらんことを}』

この誓いは余りに大きな賜り物だった。

あぁ、ルルタージュ=トリガーは未来永劫リマインダーに忠誠を捧げよう、右扉の騎士は心の底からそう誓った。

そしてそれは即刻、形となる。騎士にしては乏しい体格。田舎貴族への差別。戦では虐げられる剣舞。それら全てを払い除け、ルルタージュ=トリガー改めルルタージュ=チャッターはいつしか『エクリュの死神』の異名で呼ばれるようになっていた。

「{·····おく、さ、ま。奥様どうか、卿とお呼びください}」

右扉の騎士は理解した。

「{···はぁ~、ルルタージュ。そこじゃないだろう}」

否。左扉の騎士の嘆きに、無数のハテナが室内を漂う。

「{??????}」

右扉の騎士は視線で結論を急かすが、動じる者は誰もない。否。俺を除いては。しかし『苛立ち』『後悔』『敬愛』落ち着きのない気配はどうしても分かるものだ。俺はようやく渦中にいる人物を特定する。

「{奥様は『黙れ』と仰っておられる}」

「{!!!!!!}」

右扉の騎士は大幅な軌道修正後、ようやく全てを理解した。

身分も性別も種族も異なるこの空間。老略男女が集う様は、まるで天井絵のようではないか、なんて尊いのだろうか、開き直った執事は乾き切った瞳を瞬かせ、自身に強力な暗示をかけた。それを知ってか知らずか、金色の長い髪は助走をつけて大きく揺れる。

凍り切った空気を薙ぎ払うように、右扉の騎士は声を枯らし許しをこう。

「{はいっ奥様っ。我がルルタージュ=チャッター、騎士の誓約に則り誠心誠意、黙らせて頂きますっ}」

その咆哮は容易に部屋を揺らし、屋敷中に響き渡る。

その雄々しい余波で、コックはジャガイモの皮剥き中に盛大に怪我をし、庭師は貴重な苗を切り落とし、裏庭で居眠りをしていたメイドは叩き起され、ポルトの木から転げ落ちた。

あぁ、だからそれを、美しい天井絵を遮り、浮かぶ思考は一字一句同じだった。

「{黙らせて頂きますっ!!}」

「!!!!!!」

似非王子のけたたましい叫声に、肩が飛び上がる俺。

見開く眼。上がったままの肩。高鳴る心拍。ドキドキといつまでも鳴り響く心音に、吊り橋効果に堕ちてしまう人の気持ちが良く分かった。同時に、恐らく始まったであろう目の前の雑談タイムに、ほんの少し胸が騒つく。油断すると嘲笑われているようにも、陰口を言われている気にもなる。長らく観察していると、この世界の言葉が英語のように口を動かさないで話す言語なのだと気付いた。

「{ごめんなさいね}」

恐らく話しかけられている、そう思った。

「ありがとうございます」

「{言葉が分からないというのは、さぞご不安な事でしょう。私には想像も出来ないほどの孤独と寄り添われてきた事でしょうね}」

「ありがとうございます」

「{きっと、貴方はここが何処かも、何故自身がここに居るかも分からないのよね。もしかしたら。いえ、私の事も分からないのでしょう}」

「ありがとうございます」

「{だけれどね·····}」

ありが、何故か言葉が続かなかった。婦人は暫く沈黙を貫いた。

「{リマインダーが貴方を、貴方様を仇なす事は未来永劫、絶対に起こらないわ}」

不思議と目頭が熱くなる。きっと婦人から受け取った何かがそうさせたのだと理解する。

「あの、本当に俺。帰ろうとしただけで。無害なんです」

「{まだ動いては駄目よ。傷は塞がっているけれど治療は貴方の体力で補っているだけなのだから}」

心配そうな表情で再び俺を見つめる婦人。銀朱の唇を微かに歪ませ、どこか言葉を詰まれせているようにも見えた。

「本当に無害なんです」

「{奥様、ここはいささか危険かと}」

「{えぇ}」

再びの執事の制止に、両手を上げ自身が無抵抗な様を咄嗟に示した。サービスで微笑んでもみせようか。何様だよと思いつつ、俺はこの世界一発目の愛想笑いを決め込んだ。

「本当にただ帰ろうとしただけなので」

「{もうっ安静にしていてちょうだいな}」

ほっとした表情をした婦人を横目に、やはり執事の表情は相変わらず硬いままだ。『得体の知れない者への恐怖』俺が貴方の場合でもきっと同じ事を思うだろう。

見た目は二十代後半と言ったところか。恐らく以前の世界の俺と対して変わらない年齢だ。しかし身長は俺もとい、この身体より遥かに高い。座っている事も相まって、見上げると首が反り上がる。

纏った織りの細かい鉄紺のウール地が、程よい光沢を放ち、櫨染の瞳を引き立たせる。俺に対しての揺るぎない『警戒』鋭い視線はいつまでも崩れない。一重を囲う短く直線的なまつ毛が、妙に印象に残る。似せ紫の髪は丁寧に六四で掻き分けられているが、不快感を感じるポマードのような香りは一切しなかった。

それどころか、毛のふんわり加減が俺の理想そのものだ。形状記憶?この世界独自の技術だろうか。どうせなら会社員時代に出会いたかった。寝癖が消えなさすぎて何度遅刻しそうになったか分からなかった俺には、喉から手が出るほど知りたかった技術だ。

濃くなる『警戒』に我にかえる。急激に波たつ感情。無意識に凝視してしまったらしい。

怖い人なのだろう、全てはその言葉で片付いた。

「さぁ、どう帰ろうか」

あの埃臭い孤島がこんなに恋しくなるなんて思わなかった。隣の芝は青く見えるとはよく言ったものだ。言葉が通じない事を良い事に、収まりのつかなくなった口からぽろぽろと本音が零れていく。

「あいつら元気にしてるかなー」

どうせ俺が帰らなかったところで、あいつらは微塵も気にしていないのだろう。

『はぁーー悲しっ』

「{奥様}」

「{ええ、そうね。どうか····せめて傷が癒えるまで、ゆっくりしていって下さると嬉しいのだけれど}」

「ありがとうございました」

「{今、食事を用意させているから、もう少し待っていてくださいね。きっとお疲れでしょう。お声が聞けて嬉しかったわ。ゆっくり休んでくださいね}」

「ありがとうございました」

「{奥様}」

「アリゲーターいました」

「{えぇ}」

「ありがとうございました」

怖い執事に促され、二人は早々に部屋から出ていった。騎士達に至っては、散々騒いだにも関わらず、視線すら合わず立ち去っていった。一人ぽつんと残された広い部屋。やはりこの手余りな広さは寂しさを煽る。ガラス戸から差す夕日は俺の憂いを照らし、部屋の金装飾をいっそう輝かせた。






    
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