僕の二度目の恋と彼女の初恋は、卒業式まで実らない

明衣令央

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第2章:オトメゴコロとオトコゴコロ

6・どうか、諦めないで

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「良かった……」

 尊が体育教官室に戻ると、もう次の授業に向かったのか、他の教師は席を外していた。
 尊は灯里が作ったカップケーキを、大切に通勤用のリュックにしまい、ほう、とつく。

「マジで危ないところだった……。もうちょっとで、本命の手作りカップケーキを貰いそこねるところだった……」

 この学園に来てからというもの、調理実習のたびに、いろんな学年の女子生徒たちが、尊に作ったものを持ってきてくれた。
 若い体育教師である尊はそれなりに食べるからとてもありがたいのだが、大勢の女子生徒に囲まれていると、本命の灯里が尊に近寄ってくる事が出来ないのだ。

 優しくて控えめな灯里には、あまり積極性がない。
 今日もそうだが、大勢の女子生徒に囲まれながら、尊は灯里が諦めて寂しそうに笑っていたのを何度も見た事がある。

「雅、ナイスアシストだぜっ……」

 ビニール袋に入ったかなり黒く焦げたクッキーを見つめ、尊は苦笑した。
 先程雅が他の女子生徒を弾き飛ばして尊に近づいて来なかったら、自分は灯里から手作りのカップケーキを貰えなかっただろう。
 尊は、雅に感謝した。
 先程も灯里は、カップケーキを尊に渡すことを諦めかけていたようだったから、本人に自覚はなくとも、雅が灯里の背中を押してくれた事になる。

「マジでサンキューだ、雅」

 そう呟くと、尊は雅の作った黒く焦げたクッキーも、灯里のカップケーキと共にリュックにしまった。
 生徒に貰ったもののいくつかは、体育教官室で他の教師と食べるが、恩人である雅のクッキーは、尊がちゃんと責任を持っていただく事にする。
 正確に言うと、他の人間に食べさせて何かあってはいけないという理由なのだが、これは尊の心の中にだけ留めておく。
 もちろん、灯里のカップケーキは、自分一人でゆっくり味わって食べるつもりだ。
 これだけは誰にも渡せない。

「秋元雅、か……」

 秋元雅は、灯里と同じく尊のクラスの生徒だった。
 尊は彼女の姿を思い浮かべると、ぷ、と吹き出した。

「雅、やっぱすげぇ似てる……」

 雅は、尊の友人である秋元保の妹だった。
 尊が自分の兄の友人である事を、雅が知っているかどうかは分からないが、二人は本当に似ていると尊は思う。

「性格は全然違うけどな」

 尊の友人である保は、おっとりした優しくて大人しい男だった。
 それに対して雅は、かなり積極的で、自信家だ。
 尊はいつも、雅のあの自信はどこから来ているのだろうと不思議でたまらなかった。
 だが、堂々とした振る舞いは大したものだとも思っていた。

「灯里も、雅の半分でいいから自分に自信を持ってくれたらいいんだけどな……」

 灯里は、頭もスタイルも性格も良いというのに、自分への評価が異様に低かった。
 それはおそらく、彼女が子供の頃、出来が悪いという理由で父親から家を追い出された事での、トラウマからきているのだろうと思うのだが、もう少し自分に自信を持っても罰は当たらないと思う。

 例えば、今回のカップケーキだって、堂々と尊に声をかけて渡してくれればいいのだ。
 だって尊は、灯里から声をかけられるのを、心待ちにしていたのだから。

「卒業するまで、頼むから俺を諦めるなよ、灯里……」

 もしも自分と彼女の年が近かったら、尊は灯里に想いを告げていた。
 だけど、尊は灯里よりも九つも年上で、教師で、灯里は尊の生徒だった。
 教師と生徒である以上、尊は灯里を見守る立場であり、彼女とだけ特に親しくする事も、彼女だけを特別扱いするわけにもいかなかった。
 だから、どんなに彼女を想っていようとも、尊は彼女に想いを告げる事は出来ないのだ。

 一人の教師として、生徒としての彼女を見守ってやりたいという気持ちは、もちろんある。
 だけど、ただの教師として彼女に接し過ぎるのは、大人しく積極性に欠ける彼女が自分を諦めてしまうというリスクも伴っていた。

「マジで、頼むから、諦めんなよ、灯里……」

 まだ言葉にはしてやれないけれど、尊は彼女が自分を想うように、灯里の事を想っていた。
 教師と生徒である以上、彼女に近づき過ぎてはいけないとはわかっている。
 だけど、彼女がこの学園を卒業して教師と生徒からただの男と女になるまで、一定の距離を保っていたい。
 特別近づけないけれど、それでも近くに居てやりたいし、自分の近くに居てほしいのだ。
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