16 / 43
第2章:オトメゴコロとオトコゴコロ
7・オトメゴコロと勘違い
しおりを挟む「灯里、アタシ、灯里にちょっと相談したい事があるんだけど……」
灯里が雅からそう言われたのは、調理実習の翌日の事だった。
「雅ちゃん、どうしたの?」
首を傾げた灯里を、
「ちょっと、こっち!」
雅は屋上へと続く階段の人気のない踊り場へと連れ出した。
一体どうしたのだろうと灯里が考えていると、雅は近くに誰も居ない事を確認して、ふう、と深い息をついた。
「どうしたの? 何か深刻そうな悩み? 私で良いのなら、なんだって聞くよ?」
灯里がそう言うと、雅はじっと灯里の顔を見つめ、頷くと口を開いた。
「あのさ、その……新堂の事なんだけどさぁ……」
「え?」
予想外の人物の名前が出て、灯里は驚いた。
尊がどうしたのだろうととても気になったが、灯里は出来るだけ冷静を装って雅の言葉の続きを待った。
「あのさぁ、新堂さぁ……アタシの事、好きなんじゃないかって思うんだよねぇ」
「えっ……」
どくん、と嫌な感じに胸が鳴った。
尊が雅を好き?
どういう事なのだと思う。
「ど、どうして、そ、そう思うのかな……」
声が震えないように気をつけながら、灯里は雅に聞いてみた。
雅は頷くと、
「新堂さぁ……すっごくアタシの事を見てるんだよねぇ……。いっつも目が合うのぉ。でさぁ、アタシが新堂を見ると、あいつ、目をそらすんだよねぇ……。これってさぁ、やっぱりアタシを意識してるって事じゃない?」
「そ、そうなの、かな……」
そうかもしれない、と灯里は思った。
だが同時に、確か彼には今、好きな相手は居なかったはずではなかったかと思う。
少し前、灯里は思い切って尊に、「今好きな人は居るのか」と聞いた事があった。
その時の尊の答えは、「今は居ない」で、「今はちゃんと先生がしたい」だったはずだ。
だけど、今はもう違うのかもしれない。
今はもう、新しく好きな相手が出来てしまったのかもしれない。
そして、その相手がこの雅なのかもしれない。
「雅ちゃんは、明るくて積極的で、とても素敵な女の子だから……そうなのかも、しれないね」
灯里がそう言うと、
「えー、やっぱり灯里もそう思う?」
雅は納得したように頷き、軽やかな足取りで灯里を置いて立ち去ってしまった。
雅の姿を見送りながら、明るい彼女は尊にお似合いだ、自分はダメだな、と灯里は思う。
はぁ。深い息をつくと、灯里は教室へと戻るために階段を降り始めた。
「古城? こんなところでどうした?」
階段を降りていくと、尊と出会った。
尊は灯里を見つめると、いつものように明るい笑顔を向けてくれた。
この明るい笑顔が、大好きだ。
だけど、今の灯里には彼の笑顔は眩しすぎた。
「せん、せい……」
今は自分にも向けてくれるこの笑顔は、いつか雅だけのものになるのだろうか。
そう思うと、じわりと目が潤むのがわかった。
「こ、古城? ど、どうした? な、何かあったのか?」
灯里の潤んだ目を見て、尊は驚いたようだった。
灯里は慌てて首を横に振り、無理に笑顔を作った。
「な、何もないですよ?」
そう言って灯里は尊に頭を下げると、足早に彼の前から立ち去る。
何かあったかと聞かれても、答えられるはずがなかった。
大好きなあなたが、自分の友達を好きになったのがショックなのだ、なんて。
どうしてもっと祝福してあげられないのだろう、と灯里は思った。
大好きな尊に好きな人が出来たのだ。
雅は明るくてとてもいい子だし、きっと明るい尊に似合うと思っているのに。
「私、心、狭いな……」
嫉妬を、灯里はひどくどす黒いものだと感じた。
尊は大人で、明るい素敵な人で、もともと自分には手が届かない人だったのだ。
自分はただ彼に子供の頃から長く片想いしてきただけなのだ。
尊と、友達の幸せを祝福しよう。
今はまだ二人は先生と生徒だから二人の関係は秘密だろうけど、上手く行ったら雅は灯里に報告してくれるかもしれない。
そうしたら笑顔でおめでとうって二人に言ってあげたい。
灯里はそう思うと、笑顔笑顔、と心の中で呪文のように何度も繰り返した。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
命の灯火 〜赤と青〜
文月・F・アキオ
ライト文芸
交通事故で亡くなったツキコは、転生してユキコという名前の人生を歩んでいた。前世の記憶を持ちながらも普通の小学生として暮らしていたユキコは、5年生になったある日、担任である園田先生が前世の恋人〝ユキヤ〟であると気付いてしまう。思いがけない再会に戸惑いながらも次第にツキコとして恋に落ちていくユキコ。
6年生になったある日、ついに秘密を打ち明けて、再びユキヤと恋人同士になったユキコ。
だけど運命は残酷で、幸せは長くは続かない。
再び出会えた奇跡に感謝して、最期まで懸命に生き抜くツキコとユキコの物語。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
女難の男、アメリカを行く
灰色 猫
ライト文芸
本人の気持ちとは裏腹に「女にモテる男」Amato Kashiragiの青春を描く。
幼なじみの佐倉舞美を日本に残して、アメリカに留学した海人は周りの女性に振り回されながら成長していきます。
過激な性表現を含みますので、不快に思われる方は退出下さい。
背景のほとんどをアメリカの大学で描いていますが、留学生から聞いた話がベースとなっています。
取材に基づいておりますが、ご都合主義はご容赦ください。
実際の大学資料を参考にした部分はありますが、描かれている大学は作者の想像物になっております。
大学名に特別な意図は、ございません。
扉絵はAI画像サイトで作成したものです。
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる