上 下
8 / 60

第8恐怖「付いてくる者」

しおりを挟む
 
 私が一度きりで登山を辞めることとなった話。

 私は専門学生時代、飲食店でアルバイトをしていた。そのアルバイト先の先輩──といっても六十代だが──に、地元の登山会に所属している方がいた。
 その登山会は、月一回だけ関東地方の山に登るという程度のもので、初心者から中級者の集まりという感じらしい。年齢層は高く、一番若い人でも四十代だという。

 先輩はバイト中に暇な時間があると、よく登山の話をした。珍しい植物や鳥、美しい風景、美味しかった食べ物、そのほか、おもしろおかしい体験談など。

 私はその話を聞いているうちに登山に興味を持った。元々自然が好きだし、趣味という趣味がなかったため、何かアウトドアの活動を始めたいところだったのだ。

 私が興味を示すと、先輩はぜひ参加しなよと誘ってくれた。たまたま年齢層が高いだけで、若い人も歓迎だという。
 ちょうどそのときは年末で、登山会では初日の出を見る計画があった。
 私はそれに参加することとなった。

 当日、早朝の四時にバイト場の駐車場で先輩と待ち合わせた。そこから先輩の車で約三十分、お目当ての山に到着した。私たちが一番だった。
 あたりはまだ真っ暗で、ライトがないと何も見えなかった。もちろん山の姿もちゃんと確認することはできない。

 少し待っていると、登山会のメンバーが集まった。年始という時期もあって、私と先輩のほかにはたったの三人だけ。登山会の会長と、元気な主婦が二人だ。合わせて五人。

 冷え込む空気のなか、私たちは一列になって山を登り始めた。会長が先頭で、先輩が二番目。私がその次で、その後ろに主婦の二人。私はちょうど真ん中で、挟まれる形となった。

 初めての登山は、暗闇の中ということも相まってかなりハラハラした。道は相当狭く、また、視界も相当狭い。すぐ横をライトで照らすと、落ちたら助からないであろう険しい傾斜だったりする。地面は岩や木の根によってかなり不安定だった。それに、ぬかるんでいる箇所も多々ある。足運びに気を張っていないと、いまにも転んでしまいそうだ。

 これでは年配の方々が相当苦労するのではないかと思った。ところが、前の二人はすいすい登っていく。体力に自身のある二十代の私でも早いと思うペースだ。後ろの主婦二人も、細身の体なのにしっかりとついくる。それも、年末に見たテレビ番組や、おせちの話などをしながら。私はそれどころではないというのに。

 そうして三十分以上が過ぎただろうか。

 かなり疲労が溜まってきて、おしゃべりだった主婦二人の口数も少なくなってきた。それでもやっぱり、二人はしっかりと付いてくる。むしろ今までよりも距離を詰めてきている気がした。振り返るまでもなく、真後ろで足音がする。

「そろそろ休憩にしようか」
 と先頭の会長が振り返らずに言った。
「そうですね」と先輩が返す。「もう少し登ったら、ベンチもありますしね」

 その言葉に、私はおもわず「よかったあ」と口にした。「このまま休憩なしで行くかと思いましたよ」
 すると前の二人は笑って「それでもいいけどね」なんて冗談を言った。

 私はそのとき違和感をおぼえた。
 後ろの二人から、何も反応がない。あんなにおしゃべりだったのに、今はただ、淡々と付いてくるだけ。

 変だなと思い、私はひさびさに背後を振り返った。
 と、その光景に、おもわず面食らった。

 誰もいないのだ。
 二人の姿が、ない。

 いや、ちがう。距離が離れているのだ。ライトを使って見渡すと、二人は私たちに遅れてまだ下のほうにいた。

「あれっ」と、一瞬にして頭が混乱した。いつから離れていたのだろう。さっきまで聞こえていた足音はなんだったのか。もしかして、前を進む二人や私の足音が、へんに反響して聞こえていたのだろうか。そうだ、そうにちがいない。

 結論づけたそのときだった。

 べちゃっ

 すぐ目の前のぬかるんだ地面に、足跡がついた。
 ぎくりとして、おもわず「うわあっ」と悲鳴をあげてあとずさった。すると、ふたたたび、

 べちゃっ

 足跡が一歩私に近づいてきた。

 まずいと思ったそのとき、主婦二人の声がした。

「あれ、待っててくれたのー?」

 ライトをそちらへ向けると、いつの間か、二人が近くまで来ていた。

 そこから、私は主婦の二人と休憩所までを登った。その間、何度も振り返っては二人の存在を確認した。そうして、休憩後も定期的に振り返りながら山頂まで登り、誰か別の人に付き纏われるような感覚をおぼえることはなかった。

 山頂から町を見下ろす景色は美しかった。もちろん初の日の出もとても美しかった。
 が、私はそれ以来、山に登っていない。美しいものよりも、恐ろしいもののほうが、強烈だったからだ。

 おそらく、登るとしても、夜が明けてからにするだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

意味が分かると怖い話まとめ 一気見 【解説付き】

海月
ホラー
意味が分かると怖い話。 有名な話からここでしか読めないオリジナルの話まで! 様々で多くの種類の話がございます。

【全話まとめ】意味が分かると怖い話【解説付き】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で楽しめる短めの意味が分かると怖い話をたくさん作って投稿しているよ。 ヒントや補足的な役割として解説も用意しているけど、自分で想像しながら読むのがおすすめだよ。 中にはホラー寄りのものとクイズ寄りのものがあるから、お好みのお話を探してね。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...