上 下
9 / 60

第9恐怖「怨みまわり」

しおりを挟む
 
 私の町には、金網に囲まれた謎の祠がある。

 その存在を知っているのは、地域の人でもわずかだろう。
 田んぼと林が点在するばかりの寂れた地帯に、ひっそりと鎮守の森があって、その奥にぽつんとあるのだ。

 石積みの低い土台に建つ、瓦屋根の木造の祠。大人が一人ぎりぎり入れそうなほどの大きさしかないが、古さびたそれは、ただでさえ異質な存在感を放っている。それを、返しのついた高いフェンスが囲んでいるため、もはや、異常な光景ともいえる。

 そこに祀られているものがなんなのか、それはわからない。
 だが、その祠にまつわる怪談話なら、私の母から聞いたことがある。

 二十年以上前の話だ。

 当時、不幸の手紙というものが流行っていた。誰かから回ってくるその手紙を読んだ者は、他の十人に手紙を回さないと不幸になる、というようなもので、その派生系もいろいろと生まれていた。

 この町では、「うらみまわり」というものが流行った。

 誰が始めたのか、恨んでいる人の家にその恨みをこっそりと言いにいき、誰にも見つからずに言い終えることができたら、玄関扉のどこかに印をつける。ぐるぐると渦巻き状の謎めいた印だ。その印を見つけた家の者は、また他の誰かの家に恨みを言いにいき、そして、同じ印をつけることができなければ不幸な目に遭う。と、そんな、なかなか過激な遊びだった。

 とある中学生の女の子が、学校から帰ってきたときに、玄関扉の端にその印を見つけた。
 女の子は馬鹿馬鹿しいと思った。こんなものは良くない、自分で止めてやろう、と。女の子は雑巾で印を綺麗に消した。

 その夜中のこと。

 夢のなかで、夢の内容とは関係のない呻き声のようなものが聞こえてきた。それはだんだんうるさくなっていき、たらまず、女の子は夢から目覚めた。

 静かな夜だった。ところが、沈黙のなかに、わずかな違和感をおぼえた。耳をすます。

 と、カーテンの閉まった窓の外から、誰かの喋り声が聞こえるような気がした。
 こんな夜遅くに、誰か外に出ているのだろうか。
 おそるおそる窓辺に近づく。

 やはり喋り声だ。だが、会話している感じでもない。
 もっとよく耳をそばだてると、おかしいことに気づいた。

 声が近い。

 女の子の部屋は一階にあるが、窓側は田んぼに面している。それなのに、誰かがすぐそこにいる気がした。
 そのとき、女の子はハッとした。

 ──うらみまわり。

 誰かが、私の家に怨みを言いにきているんだ。だから、道に面した正面ではなくて、家の裏から回り込んできたのだ。でも、すでに印はついていた。なぜ、もう一度来たのか。それとも一回目とは別の人なのだろうか。

 女の子はとても怖かったが、それと同時に、強い好奇心を抱いた。

 うちに怨みを言いにきたのは、一体誰なのか。もし昨日と同じ人物だとしたら、二回も言いにくるということは、仕方なくやっているのではなくて、本当に怨みを持っているのではないか。

 女の子はその人物を特定するべく、忍びやかに家の外に出て、裏に回り込んだ。
 だが、すでに逃げた後だったらしい。そこに人影はなかった。

 それで終わりだと思った。さすがにもうその人物は来ないだろうと。が、次の夜、女の子はふたたび、喋り声で目を覚ました。

 そのことに気づいてすぐ、女の子は怒りをおぼえた。よっぽど陰険な人物にちがいない。ここでしっかりと確かめてやろう。
 だが、裏に回り込んで確認する時間はない。今ここで確認するしかないと女の子は思った。

 音を立てないよう窓辺に歩み寄る。そして、カーテンの端をつまみ、そっと覗き込んだ。
 暗くて、何も見えなかった。
 だが、月明かりもあることだし、すぐに目が慣れるはず。
 女の子はもっとよく見ようと集中した。

 そのときだった。

 ぬうっと、何か白くて大きなものが、窓ガラスのすぐそこ、女の子の目と鼻の先にあらわれた。

 顔だった。普通の人の何倍もある、巨大な顔。

 女の子は驚きのあまり飛び退いた。尻餅をついたまま、窓とは反対の壁際まであとずさる。
 声は止んでいた。そのまま、何事もなく夜が明けた。

 しかし、まだ終わっていなかった。怨みの声は毎晩続いたのだ。何をやってもダメだった。耳栓をしても、部屋をかわっても、どこからともなく声がする。その姿を確認しようとは二度と思わなかった。あの巨大な顔が頭から離れない。あとから思い返すと女性の顔だった気がする。それに、顔だけじゃなくて、体も尋常じゃないほど大きかった気がする。

 女の子はほとんど眠れず、日に日にやつれていった。不幸な目に遭うというのは、こういうことだったのだろうか。うらみまわりに参加したら、あの巨大な女はやってこなくなるのだろうか。いよいよ女の子は自分の意思を曲げてしまおうと考えた。

 誰もが女の子の異変に気づき始めていたが、最初に動いたのは、彼女の祖母だった。

「あんた、何か良くないもんに付き纏われてるねぇ」

 女の子を呼び出した祖母は、あらたまってそう言ったのだった。
 女の子は祖母に泣きついた。

「実は、うらみまわりの印を消してしまったの。よそに怨みをいわないまま」

 祖母は優しく微笑み、「それでいい」と言った。何かを知っているようだった。
 女の子がどうしたらいいか相談すると、祖母は、うらみまわりについて話してくれた。

 どうやら、うらみまわりは、この町がまだ村だったころから存在する風習らしい。祖母が若い頃に一度廃れているとのことだった。

 祖母は、女の子に、とある祠の存在を教えた。その祠は古くからこの町にひっそりと存在し、うらみまわりを終わらせてくれるものらしい。

 祖母は足が悪かったので、女の子はそこへ一人で出向いた。

 当時はまだフェンスに囲まれていなかった。
 整備のされていない鬱蒼とした鎮守の森の奥に、少し開けた場所があって、そこにぽつんと祠があった。

 女の子はお供物をして、名もなき土地の神にお願いをした。

 どうか、怨みを引き受けてくださいませ。どうか、どうか。

 祖母いわく、そもそもうらみまわりとは、ここまでが一連の流れだという。本来のうらみまわりとは違う形で現代に復活してしまったが、元々は、村中の穢れをその祠に一手に引き受けてもらうためのものなのだ。

 女の子が家に帰ると、祖母は「よくやった、怖かっただろうに」と褒めてくれた。
 そして、こう言うのだった。

「これで、怨みは元の場所に帰る。怨みを持つ者のもとへ、何倍にもなって」

 その言葉に、女の子はゾッとした。
 どういうことか祖母にたずねたが、答えてくれなかった。

 以来、女の子の枕元に怨みの声が聞こえることはなくなった。だが、うらみまわりに参加した町の人々は、みな、病気や事故などで酷い目に遭い、必ず、巨大な女を目撃したと口にするのだった。

 それからしばらくして、祠にはフェンスが設けられた。
 そして、とある噂話が町に流れた。

 あの祠には、怨念を引き受けすぎて穢れてしまった神がいる。近づくことなかれ、と。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

追っかけ

山吹
ホラー
小説を書いてみよう!という流れになって友達にどんなジャンルにしたらいいか聞いたらホラーがいいと言われたので生まれた作品です。ご愛読ありがとうございました。先生の次回作にご期待ください。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

意味が分かると怖い話 考察

井村つた
ホラー
意味が分かると怖い話 の考察をしたいと思います。 解釈間違いがあれば教えてください。 ところで、「ウミガメのスープ」ってなんですか?

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

401号室

ツヨシ
ホラー
その部屋は人が死ぬ

【1行文ホラー】世の中にある非日常の怖い話[完結済]

テキトーセイバー
ホラー
タイトル変更いたしました 恐怖体験話を集めました。かなり短めの1行文で終わります。

処理中です...