悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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48:幸せを願う(sideレティシア)

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浮かれていた私は現実を思い知った。

ゲームの世界に所謂転生というものをした私は身を滅ぼさないために色々なことをした。

悪役にならないために、唯一の家族である兄と良好な関係を築き、使用人たちにも傲慢に接しない。

現代社会を生きていたのだから、どう足掻いたって驕り高ぶるお姫さまになることはできなかった。だがそれでよかった。

本来のレティシアではない私が転生したからかシナリオとは大きく解離したことが私の目の前で起きた。

「先程、公爵にあなたとの婚約を申し出ました」

私の好きな人がそういった。

本来ならヒロインに片思いをしているはずの人物が、先程あったばかりの私に婚約を申し込んできた。

パニックだ。パニック、パニック、私の頭の中でみんなが慌ててる。冷静になれと、頭の中の何番目かの私が言った。

「あの、私を選んだ理由をお聞きしても?」

「私的感情の話をしましょうか? それとも政治的理由を?」

その言葉に合点がいった。

そういえば、この話の前にタリーム街で少年を拾ったかときかれた。きっとヒロインをさがしているのだろう。自分を助けてくれたヒロインを。

決して政治や外交に疎いわけではない。これでも破滅エンドの回避のために、前世の記憶をまとめたり、勉強をしたりしていたのだ。

「そういうことですか」

その日、初めて会って言葉を交わしたのだ。

一目惚れなんて言葉は彼には似合わない。この婚約には政治的な意味があるとすぐにわかった。

ショックじゃないと言えば嘘になるが、もともと彼は自分を救ってくれたヒロインを愛しているのだ。

ダメージはあまり大きくはない。

「我が国の情勢はよくわかっています。プセアラン王国といずれ対立することを考えるとエテルネ大公国と姻戚関係をもち同盟を結ぶことは好手です」

彼の立場は大公子ではあるが、血筋的な後ろ盾が無い。レティシアとの婚約は非常に望ましいものだといえよう。

ああ。でも、やっぱり少しは悲しいかもしれない。

できることなら、嘘でも愛しているという理由の方が嬉しかった。

彼はいつも私が誤解するようなことばかりする。

互いを知ろうとし、交流を重ねて、愛の言葉をささやく。

好きな人の顔で、声でそんなことをされてしまえば、簡単には陥落してしまう。

仕方ないじゃないか。絆されるもなにも、もともとそうなのだから。

きっと、私はダメな女なのだろう。この人になら喜んで利用されてもいいだなんて思ってしまう。

だけれども、彼の中には別の誰かが巣くっていた。

それを見たのは月明かりに誘われて眠れない夜を過ごしていた時だった。

廊下でばったり、彼に出会った。

「バティ?」

呼び掛けたのに反応はなく、虚ろな瞳をしていた。

よく見ると様子がいつもと違っていた。寝巻き姿で裸足、片手に鍛練用の木剣を持っている。

彼はその木剣を振りかざして自らを傷つけようとした。

「きゃっ! やめて」

思わず身を呈して彼の自傷行為を止めようとした。

襲ってくる痛みに目を瞑ったが、そんなものは来なかった。

「お姫さん、危ないことはしちゃいけない。もし、お姫さんに何かあったらうちの殿下が悲しんじまう」

彼の剣を止めて、私をも助けてくれたのは、彼の部下で、顔に大きな傷のある強面の男だった。名前はたしかエリックだ。

「あー! こんなところにいたんですね。だから薬を飲んで欲しかったのに、まったく。エリック、さっさと運んで見張っておいてくれ」

エリックの次にあらわれたのはブラッドだった。

ブラッドは武闘派集団の中で唯一といってもいいほど、文官のような風采をもっている人だ。

「ごめんなさい。ごめんなさい。救えなかった。俺が助けるから。逃げて、一緒に生きよう。頼むから……助けさせて。ごめんなさい。一人、なにも知らずに生きのびて。幸せになって。助けさせて」

エリックに担がれながら彼は涙を流しながら懺悔をするように呟く言葉は切実で苦しそうだ。

その姿を眺めていると、ブラッドが優しく声をかけてきた。

「姫君、少しお話しませんか?」

「ええ」

あんな出来事をみてしまった私には拒否権がない。

「殿下は時おりああやって夢にとらわれているんです。悪夢を見て叫んで起きることもあれば、先程のように夢にもうなされながら自傷しようとするんです」

夢遊病というやつだ。いや、夢遊病よりも悪質かもしれない。

「いったいどんな夢を……」

「わかりません。私はあまり主の深層心理に踏み込まない良い部下なんです。ですが、そうですね。きっと誰かを救えなかったのでしょう。そのことに囚われているのでしょう」

虚ろに呟いていた彼の言葉からわかる。

大切な人を救えなかったのだろう。一緒に生きたい、幸せにしたい人を失ったのだ。

ああ、彼は、ギルバートは、その人のことを愛しているのだ。

「殿下にはこのことは内密にしてください。本人は悪夢を見ている自覚はあるみたいなんですが、こうやって起き上がって歩き回っていることは知らないんです。戦場にいた時は気をはっていたので、こんなことはなかったんですがね」

「……わかりました」

ブラッドは一礼すると自分の主のあとを追っていった。

彼の中に私はいるのだろうか。

それでもいいと、私は彼が騙りかけてくる言葉に耳を傾けて笑う。側にいられるだけで幸せだったから。

「一度帰国しないといけないようです」

そうだ。彼はこの国の人ではないんだ。私の側から離れてしまう。それが寂しいなんて、ただの我が儘だ。

「あなたが華々しく社交界に出たら、俺と婚約してくれませんか」

彼の申し出に喜びよりも不安が勝った。

本当にいいのだろうか。私は好きな人と結ばれることができるが、その人は幸せなのだろうか。

「元々そういったお話でしたから」

私は狡い返事をした。

この世界に来て、悪女に転生してから破滅の未来を回避することばかり考えて生きていた。

だが、私が死ぬ前に願ったのは、推しの、好きな人の幸せだった。

「ねえ。あなたは今幸せなの」

誰かを想い悪夢にうなされている最愛の人。

これは私がレティシアを変えて、世界の因果律をみだした代償なのだろうか。

浮かれていた私は現実を思い知った。


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