Fの真実

makikasuga

文字の大きさ
上 下
6 / 43
始まり~Fの呪縛~

しおりを挟む
「どういうこと? なんでナオの部屋に草薙が転がり込むのさ」
 警視総監の草薙が負傷し、直人の家に転がり込むことになった。松田の提案らしいが、花村は了承しており、現在一緒にいるという。
「ボスと草薙の間で何らかの話があったんだろ。カナリアの事件のときも、二人揃って現れたしな」
「え、そうなの?」
 あのとき、マキとは別行動だったし、彼がレイの元に現れたのは草薙達が去った後だった。
「嘘だと思うなら、シラサカに聞いてみろよ」
「別に疑うわけじゃないけど。それより、サカさんの帰り遅くない? ボスがこっちに来てるのに」
 花村が草薙を連れて直人の部屋にやってくるというので、レイ達はカナリアが暮らす階上のシラサカの部屋に移動していた。
「おそらく、代わりをやらされてんじゃねえか。今日の会合は裏の仕事絡みだし、アレでもウチのナンバー2だからな」
 レイの嫌味を感じ取ったかのように、玄関が開かれる。噂をすれば影とはこのことだろう。
「おかえり、K」
 主人を出迎えにいく愛犬のように、カナリアが駆け出していく。ちなみに、シラサカを昔の通り名であるKと呼ぶのは、カナリアただひとりである。
「ただいま。今日はナオんとこで歓迎パーティーじゃなかったか?」
「色々あってさ。詳しいことはレイ達に聞いて」
 シラサカは、カナリアの髪の毛をわしゃわしゃと撫で回しながら現れた。
「相変わらずラブラブだね」
 マキが呆れ半分に言えば、カナリアは毎度の如く否定する。
「何回も言ってるけど、そんなんじゃないんだって!?」
「またまた、照れるなよ、ハニー」
 カナリアの反応を面白がってのことだろう。シラサカはニヤリと笑い、背後からぎゅっと抱きしめる。
「やめろって、そんなことばっかするから、妙な誤解されんだぞ!?」
 正直、どっちもどっちだとレイは思う。カナリアがシラサカにベッタリなのは周知の事実だし、シラサカもそれを良しとして、こうして絡んでいるのだから。
「それで、歓迎パーティーがお開きになったのは、どういう理由からだ?」
 シラサカにしては珍しいスーツ姿で、黒目になるようコンタクトも入れている。カナリアを離した後、上着を脱いでネクタイを外す。
「草薙が怪我をしたらしくて、ナオの部屋に転がり込むことになった。松田先生の入れ知恵らしいんだが、ボスも一枚噛んでるらしい」
「なるほどね。面倒事を押しつけて帰ったのは、そういう事情からか」
 さほど驚きもせず、シラサカはソファーに体を沈めた。
「おまえ、知ってたのかよ」
「先生から電話がかかってきて、草薙の名前が出た。その後、急用が出来たってボスが帰ったからね」
 カナリアがペットボトルに入った水をシラサカに差し出す。キャップを開けて、一気に半分程飲み干して、シラサカは一息ついた。
「いきなり退席だったから、何かあったんじゃないかって散々聞かれてさ。急な仕事だって、ごまかしといたけど」
「てゆーかさ、いつのまにボスと草薙は仲良しになったの?」
 マキの問いかけを受け、仲良しねえとつぶやくと、シラサカは飲みかけのペットボトルをカナリアに渡し、レイの側にやってきた。
「八年前の事件の際、俺とおまえが警察のフリをして高校に侵入したことがあったよな」
 当時レイは高校生で、情報屋のリーダーであったヤスオカと暮らしていた。
「ずいぶん昔の話を蒸し返してきたな」
「現場を知ってるおまえならわかるだろ。警察が山程いたにも関わらず、俺達は易々と中に入れた。あの場にいた人間を帰らせ、事件そのものをもみ消した」
「あのとき、早々にSIT(警視庁特殊犯捜査係)の出動が決定されたのは、草薙が裏から手を回したからだとヤッサンが言ってた。それを知ったボスが、草薙に頼み込んで警察を撤退させるようにしてもらったともな」
 レイはヤスオカのことを「ヤッサン」と呼んでいる。
「そうだとしても、ボスは警察を嫌っていたし、草薙とは犬猿の仲だったはずだぜ」
「何が言いたいんだ、シラサカ」
 昔の話を蒸し返されたこともあって、レイは苛立った。
「ぶっちゃけて言うと、ボスと草薙は、本当に仲が悪かったのかってことだよ」
「俺が知る限り、ボスの警察嫌いは嘘じゃない。何人もの人間がバラされてること、おまえだって知ってるだろ」
 警察には関わるなと何度も言われたし、実際関わったが為、何人かの人間が手にかけられたのは紛れもない事実である。
「それはそうだけど。でも、草薙のごり押しから始まったナオは、紆余曲折あったとはいえ、ハナムラの存在を知りながら今も生きてるんだぜ」
「確かにそこは疑問なんだよね。コウは金田さんが救ったようなものだから別として、ナオは草薙が寄越した刑事だし、なんだかんだでハスミンも無事だし」
 マキは直人と同僚であり、元公安の蓮見隼人と飲み仲間になった。そのことがあり、蓮見をハスミンと呼んでいるのだ。
「じゃあ、百歩譲ってボスと草薙が仲良しだったとしてだ、それが何になるんだよ」
「いや、何って言われても……」
 それ以上何も考えていなかったシラサカは、レイの追及に口ごもる。
「ハナムラは裏社会を牛耳る存在、警察はその真逆。二人が裏で繋がっていようが、その事実は変わらないだろ」
「確かに。サカさん帰ってきたし、パーティーのやり直しだね。カナカナ、準備しよ」
 勝手知ったるシラサカの家なので、マキはキッチンへと駆け出していく。
「けど、ナオがいないのに」
「後で呼んでくればいいじゃん。それまでは、カナカナとサカさんの惚気話でいいから」
「だから、俺とKはそんなんじゃないんだって!?」
「はいはい、わかった、わかった」
 おそらく飲み足りないであろうマキは、カナリアを連れて、キッチンへと向かう。
 シラサカにはあんな風に言ったものの、彼らの昔を知る松田は言っていた、花村は情の深い男だったと。

(今でこそあんなだけどな、昔は刑事の兄ちゃんみたく、まっすぐで正義感に溢れた男だった。家のことも嫌ってた。こんな稼業、絶対継がねえって言い張ってた。草薙と二人で、世界を変えるんだって言ってたからな)

 何があってボスは変わったのか、それとも、本当は変わっていないのか。

 シラサカが言うように、花村と草薙の繋がりが何を示しているのか、この時点ではレイにもわからなかった。
しおりを挟む

処理中です...