アナザー・リバース ~未来への逆襲~

峪房四季

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Scene9 戦いに携えるモノ

scene9-3 時元艦対戦 前編

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 日が暮れた港湾地区。
 〝Answers,Twelve〟のメンバー達を乗せた車列は、管理ゲート前で止まることも無く、寧ろ係員が車を止めることの無い様に事前にゲート開き直立不動で司達を招き入れる。
 そのまま進む車は両側にいくつもの倉庫や施設を眺めつつ、最後にはガランとした船の修理などに用いるコの字型の修理場ドック前に停車した。

「おぉ……でかい」

 車から降りた司の第一声は実に語彙力に乏しいモノだった。
 しかし、興味が無いのかと言うと実は全くの逆。
 大型クレーンや重機の数々、一見するその印象はまさに〝基地〟と言った感じであり、寧ろ司のテンションはブチ上がっていた。

「うっわ、高ッ!? お? あそこのゲートが開いてあのレールの上に船が乗るのか……お、おぉぉ……すげぇ……」

 目をキラキラさせて身を乗り出す司。
 ドックは空だが、それでも十分に男心をくすぐるモノがある。
 ただ、そんな彼の後ろで美紗都は司のハシャギ様にはキュンキュンしながらも、目の前の光景に関しては「え? 広いだけで何も無いじゃん」と随分な冷め顔をしていた。
 すると……。


 ――タタタタッッ……パフッ!


「おぅッ!? え、何?」

 司の腕に飛び付いて来る茜色。
 そんな不意打ちに驚き顔を向けた司が見たのは、遠くて固まっているルーツィアを置き去りにして一目散に司へ抱き付きに来た紗々羅だった。

「ふぅ……ふぅ……ん、んん~~♡ 司……様ぁ♡」

 両手でギュッと司の片腕に抱き付く紗々羅。
 グリグリと顔を腕に擦り付けるその姿はまるで猫のじゃれ付きの様だ。

「……へッ、おいおいどうしたんだぁ紗々羅?」

 たった一度不意打ちで勝ったからと浮かれるのは少々三下染みている。
 しかし、そのたった一度の勝ちで相手がすっかり自分に屈服したのなら、好きなだけ調子に乗ってしまえるというモノだ。
 司は馴れ馴れしく紗々羅の顎下をくすぐり、紗々羅はそんな司の見下した微笑に一切不満を見せず、寧ろ迎え撫でて来るご主人様にメロメロの熱っぽい眼差しを向ける。

「んんん~~♡ もっと撫でてぇ~~♡」

 喉を反らせてされるがままの紗々羅。
 心地良さそうに目を細めるその顔は、確かに彼女が幸せを感じている様に見える。
 しかし、それはかつての〝宇奈月紗々羅〟という存在からはあまりにかけ離れている。
 殺戮幼女が完全に飼い慣らされ、もはやペットと呼んで差し障りないレベルに歯牙を抜かれた。

 同じく司の従僕を自負する曉燕と七緒や、司の強さにほだされつつある美紗都にとっては仲間が増えただけの歓迎すべき光景。
 だが、そんなかつての紗々羅と〝Answers,Twelve〟の両翼を担っていたルーツィアは、司を中心としたその輪から離れて一人得体の知れぬ怖気を噛み堪えていた。

「さ、紗々羅……」

 顎撫でだけでは足りず、両手を広げて司にだっこをせがむ紗々羅。
 抱き上げられる甘え声がさらに高くなり、頬擦りをして啄む様に司の頬にキスをしている。

「おぉ……紗々羅の奴、完全に司の下僕になってやがるな」

「あぁ、見事なモノだ。まだまだ成長途中の力であろうはずなのに、あの紗々羅嬢が形無しではないか」

 立ち尽くすルーツィアの後ろから歩み寄って来る達真と良善。
 組織の№Ⅲが調伏されてしまったというのに、二人の表情には然したる憂いも無く、ルーツィアの頬を嫌な汗が流れる。

「無比様、博士様……よ、よろしいのですか? 仮にも紗々羅は№Ⅲ……対する閣下は、あくまで№Ⅻ……組織の規律が狂うのではないかと……」

 暗にトップ二人の調整を乞うルーツィア。
 しかし、達真も良善も「何が悪いんだ?」といったキョトンとした緊張感の欠片も無い顔を向けて来る。

「結構な話だ……〝Answers,Twelve〟は仲良し集団でも厳格な軍隊でもない。実力こそが全ての利害組織。ジャンジャン身内で喰らい合えばいいと思うぜ?」

「フッ……君も油断しているといつの間にか彼の足下に跪かされているかも知れないね。努力したまえよ」

 司の元へ歩み寄り達真。
 そのあとに続く良善は、ポンポンと軽くルーツィアの肩を叩く。

「……――くッ!」

 自分の中にあった〝トップ二人に何とかして貰おう〟という軟弱な考えに反吐が出る。
 そうだ〝Answers,Twelve〟とはそういう組織だ。
 甘えなど入り込む余地は無く、ルーツィアは今一度気合を入れ直して内心怖気付いていた事実を払拭するべく、二人のあとに続いて堂々と司の元へ向かう。

「さて……諸君。というよりも恐らく司と美紗都にとってはこれから少々刺激が強いモノを見せてあげよう。正面を見たまえ」

 八人が一塊になり、良善が場を仕切って全員の視線が空のドックへ向くが……やはりどんなに目を凝らしても何もない。
 名指しされた司と美紗都は「ひょっとして海側から何か来るのか?」と、海水をせき止めているゲートの方へ視線をズラしかけたが、次の瞬間……まるで真夏のアスファルトに立ち込める陽炎の様な〝歪み〟が視界一杯に広がり……。

「お、おぉ……おおおおおおぉぉぉおぉぉぉッッ!?」

「……う、嘘ぉ?」

 ずっと肉眼で見ていたつもりだったが、実は巨大なスクリーンでも張られていて、それを剥がされたかの様に、司と美紗都の目の前にドックには、巨大な艦が忽然とその姿を露わにする。

「すげぇ……すげぇ……す、すげぇぇ……」

 あんぐりと口を開いたままうわ言の様に「すごい」を連呼する司。
 現代の規模感覚で言えば護衛艦ほどの大きさ。
 しかし〝船〟というよりは鉄の鯨といった感じのシルエットをしており、その鉄鯨が胸ヒレを根元から跳ね上げ式に折り畳み、どうにかギリギリドックの中に納まっていた。

「これが〝Answers,Twelve〟が所有する時元航行艦――〝ルシファー〟だ。元々は未来において航空戦艦として建造されていた物を接収してタイムトラベル技術を融合させ……司? 中に入りたいかい?」

「はいッ! 仮にダメって言われても滅茶苦茶駄々捏ねますからねッ!?」

 未来人側にとってはさほど目新しくも無く、現代人側の美紗都は驚きこそすれど、その顔は「うわ~~すごい~~」程度のモノ。
 現代人側で男の子な司一人だけ明らかにテンションがおかしいことになっているが、艦体の一か所から光の帯が伸びて八人全員の身体がフワリと浮かび艦内へ吸い込まれて行く所でまた一オクターブ司のテンションが跳ね上がる。

「おほぉおおッ!? す、すげぇッ! あ!? こ、この廊下の壁! このベルトに付いてるハンドルを握って移動とかするんですか!? やばッ! 宇宙戦艦ッ!? ちょちょ! これどうやって動くんすかッ!?」

「お、落ち着いて下さい司様。今は大気圏内の重力下にありますから……これを使うのは宇宙空間を航行中だけですよ?」

「宇宙行けんのッ!? 行くッ! 行きたいッ!! 月行こう月ッ!! 本当にアメリカの国旗が刺さってんのか見たいッ!!」

 苦笑しながら説明してくれる七緒に飛び付きはしゃぐ司。
 ただ、そんな司の気持ちは察するも良善がやんわりと窘めて来る。

「こらこら……まずは目前の敵への対処が先だ。全部終われは月だろうが火星だろうが好きな所へ行かしてあげるよ」

「あ! そ、そうか……す、すみません。ついテンション上がっちゃって……じゃあこれからいよいよ本格的に〝ロータス〟へ挑んでいく訳ですね?」

「いや……残念ながら流石にそれは厳しい。対面での戦闘なら我々の方が遥かに優位だが、こうした兵器運用による戦闘となれば、時代差による周囲の資源・技術差は無視出来ないレベルにある。時元航行艦の隻数でも少なくとも相手側にはこの〝ルシファー〟と同等艦数十以上はあるだろうし、少し小さめな艦なら数百はいるだろう。流石にこの差は慎重にならざるを得ない」

「す、数百……それにこの艦だけで挑むんですか?」

 少々怖気る美紗都。
 司の顔にも実際に聞くその圧倒的な物量差には表情が強張る。
 だが、そんな二人の表情に欠伸混じり歩いていた達真が珍しくフォローを入れて来た。

「そんなに悲観する話じゃねぇよ。逆にこちらは〝過去を押さえている〟というアドバンテージだってあるんだ。それにデーヴァ共に組織運用する才は無ぇ。ヒット&アウェイでゴリゴリゴリゴリ削ってやればいいんだよ」

「その通りだ……〝物〟というモノはいくらそれそのものが優秀でも使う〝者〟が間抜けならガラクタに成り下がる。これは持論だが実力差を覆すよりこうした物量差を覆す方が手腕が問われるのさ」

 良善の顔が悪党の笑みになる。
 相変わらず分かりやすいくらいに難しい局面を好む性格だ。
 普通こういう場合、付き合わされる側としては堪ったモノでは無いのだが、間違いなく良善は上手くやるのだろう。
 司の顔からはあっという間に緊張感が抜けて――。


「さて、せっかくだ司。実はこの艦は基本的な操舵だけなら〝一人〟で行える。我々八人と各部管理をしている白服数十人の命を乗せたこの艦……君に任せてみるね?」


「………………は?」

 何食わぬ顔で肩を叩いて来る良善のあり得ない一言に、最初の興奮から程良く冷めて落ち着いていた司の身体が極寒に投げ出されたかの様に一気に血の気を引かせて凍り付いてしまった…………。
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