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Scene9 戦いに携えるモノ
scene9-4 時元艦対戦 中編
しおりを挟む司にとって良善は天才だ。
いや、もうそんな簡単な単語だけでは説明し切れない超越者として位置付けている。
そして、この男がいなければ今の自分はいない。
たとえ示した道が邪道であろうとも、司の中ではもっとも尊敬する人と言っても過言ではない。
だが、そこまで恩義を感じていようとも、たまに司はこのダンディな中年男が本気で馬鹿なんじゃないかと思えてしまう。
「いやいやいやッッ!! 何考えてんですかッ!? 俺、車の免許だって持ってないんですよッ!? こんな大きな戦艦を動かすとか無理に決まってるでしょッ!!」
〝ルシファー〟のデッキにやって来た司達一行。
そこは広々とした二段式のU字型をしており、下段側では白服達がコンソールをせわしなく操作しているが、それに引き換え上段側はまるでVIPを接待でもするかの様なラグジュアリー空間になっており、ルーラーズビルにもあった十二席の談話室と配置を合わせたソファーとローテーブルが備えられている。
だが、司はそんな座席で一息付く間も与えられず、良善によってU型の空間の先端部にある光の帯が幾重にも無秩序に巻かれた球体へとズンズンと押し進められていた。
「こらこら、やりもしないで「出来ない」などと言うんじゃない。君の可能性を君自身が否定してどうするんだい?」
「いやッ! 今そういうのいいんでッ!!」
生温い笑みを浮かべつつ在り来たりな心に響く系の言葉を送りながら司の背中を押す良善。
司は懸命に暴れて抵抗しているのだが、良善はまるで合気道の達人の様に司の背中に添えた片手で巧みに身体の芯を抑えて逃れられない。
「ちょッ!? う、わッ!? な、なんで身体がッ!?」
「ははッ! 人体の構造を的確に把握すればこれくらいのことは容易いのだよ?」
「む、無茶苦茶言わないで下さいよッ!!」
右へ左へ時にはしゃがんだり飛び跳ねたりと加減無く暴れている司を背中に押し付けた片手だけで抑え込む良善は、そのままデッキの縁まで来ると問答無用で司を謎の球体の中へと突き飛ばした。
「わぷッ!? う、うぐぐぐぅッッ!?」
一瞬感じたのは水の中へ落ちた様な感覚。
しかし、冷たさは感じず服も水を吸ってはいない。
反射的に閉じてしまった目と口を開いても、視界は歪んではおらず、ちゃんと息も吸えた。
「え? ち、ちょッ……どうなってるんですか?」
球体内部で浮遊する司の身体。
まるでテレビで見た宇宙飛行士の様に、産まれて初めて重力から解放された司だったが、流石に状況的にまだ感動よりも困惑が勝ってしまっていた。
「ふふッ……何をそんなに怖がることがある? 私は君に〝ルシファー〟の操縦をさせようとしただけなのだから、そこはただの操縦席さ。何も危険なことは無い」
司を見上げる良善。
そこに他の者達も集まって来たが、確かに宙に浮いている司に驚いているのは美紗都だけで、あとの者は皆特段物珍しさも感じていない様子だった。
「あ、あぁ……そうですよね。いやぁ……なんか早とちりを…………って、違う! だから戦艦の操縦なんて出来な――」
「それでは出発しよう……時元空間へ転移を開始。空間境界線を越えたあとは司がマニュアルで操作する。姿勢制御のみサポートしろ」
「「「了解しました、良善様ッ!!」」」
「ねぇッ!? 会話してくれってぇッ!!」
球体型の鳥籠の中で暴れる小鳥の様な司を無視する良善はデッキの縁に肘を掛け、下部デッキを見下ろして白服達へ指示する。
白服達は一度立ち上がりビシッと姿勢を正して良善を見上げたあと、各々が両手を広げギリギリ届くレベルのタッチコンソールを目にも留まらぬ速さで操作する。
「艦内時間軸固定」
「隔壁閉鎖、シグナルをコンディションイエローへ」
「TCC設定完了」
「バランサーレスポンス正常」
「comet,reactor臨界確認」
「パワーフロー正常」
「全システムオールリンク確認」
現代人にとっては夢物語のタイムトラベル。
未来人が数十人が掛かりで調整制御するそれはまさにイメージ通りの超マルチタスク。
人サイズの転移ならあの拍子抜けな砂時計で済むのだろうが、こんな大きな物体が時間を越えるとなるとその技術はやはり途方も無いらしく、ようやく司が想像していたSFが繰り広げられる。
だが、願わくばそれを傍観者の立場で味わいたかった。
「おいおいおいッ! 呪文か!? 詠唱かッ!? マジでこんなの任されても――うぐッ!?」
前方の視界が一気に開け、港湾地区の夜景が一望出来ると同時に機体が上昇する。
ただ、浮き出すと同時に司の両手足に微かな痺れが走り、両手は左右に、足は肩幅ほどにと勝手に開いて行く。
「な、なんだ……これ? 全身が何かに繋がったみたいな…………――いぃッ!?」
強烈な違和感。
一瞬の痺れを感じたその直後、司はまるでレースゲームで操作する車の天面を見る様なこの巨大戦艦〝ルシファー〟を俯瞰するあり得ない視野角をその両目に感じた。
「うぅッ!? こ、これって……ま、さか……俺の中の〝D・E〟が、この艦と……?」
見え過ぎる……感じ過ぎる……。
脳に送られる五感情報の尺度が一気に何千倍と増え、油断すると目が回り平衡感覚を失いそうだった。
「ユニバーサル迷彩展開」
「主翼解放」
「――うぉッ!?」
狭いコの字型のドックから抜け出し、折り畳まれていた主翼が展開される。
これほどの巨大物体で街からでも十分視認される恐れがあったが、司の肌に全身を包む膜の様なモノが広がる感覚がして、恐らく視認性が消されたのだと察した。
「す、すごい……」
拡大知感に慣れ始め、司がふと左手を動かす。
すると……。
「あッ! し、姿勢制御ッ!!」
「え? う、うわぁッ!?」
何気なく上げた左腕。
すると〝ルシファー〟が大きく右へ傾きかけたが、それを察した白服が機体の姿勢制御をしてくれてすぐに体勢が修正される。
「お、おぉ……危なッ! そうか……この戦艦の操縦って、本当に感覚でこなせるってことなのか」
気付きを得た司は下部デッキの白服達に声を掛け、今度は意図的に左右の手を動かす。
すると思った通り〝ルシファー〟は左右に制御された傾きを取り、腕だけでなく身体の前後の傾斜、足の運びなども全てが機体の制御に連動していることを確認出来た。
「うむ……気付いた様だね。察しの通り、この機体はナノマシン持ちなら自身の身体の延長と捉えて操縦することが可能なんだ。つまりこの〝ルシファー〟は汎用性の外骨格ということだね。どうだい? まだ外骨格形成までは掴んでいない君の予習には打って付けだろう?」
ただの悪ノリかと思いきや、やはり無駄な行為はしない良善。
自前で外骨格を手に入れる前の訓練代わりということかと分かると、司は腹の底から大きく息を吐いた。
「そういうことか……まぁ、確かに自分の身体の外に感覚を広げるっていう意味ではいい練習になる。外骨格もそうだけど、今俺が使える第二階層能力の操作にも繋がるな」
司が今すべき自己能力の理解にも通ずる戦艦操作。
もう大分自覚は薄れているが、元常人としては自分の身体から能力を放出するというのはまだなかなか慣れない感覚。
それをこの〝ルシファー〟の操縦をすることで実感を持って学ぶ。
相変わらず実に思慮深くて大変結構な話だが、そうならそうと最初に言って欲しい。
「ったく……俺が慌ててるところを楽しんでたって訳ですか。ホントに性格が悪……っておいッ!」
嫌味の一つでも言ってやろうと思った司だったが、振り返った上部デッキでは達真と良善がすでにソファーに腰掛け、カップを片手に優雅なブレイクタイムを満喫していた。
今回の給仕係は何故かルーツィア。
恐らくその理由は、美紗都は本来なら司が座る良善のすぐ隣である№Ⅻの席にチョコンと座り、曉燕と七緒、それと紗々羅はその№Ⅻの席の後ろに三人揃って並んでいたからだろう。
司の僕である三人と暫定の美紗都に手を出さない。
良善がそういう配慮をするのは何となく想像出来るが、首領という最上位の立場がある達真ならもっと傍若無人に振舞い司の従僕であろうが気にせず手を伸ばしそうなモノなのに、良善に習うその振舞いには〝自分が手に入れたモノでないなら手を出さない〟という矜持らしきモノが感じられた。
「くははッ! ほら、さっさと艦を進めろ! 言っとくがお前なんだかんだでウチではまだ一番の下っ端なんだからな? キリキリ働け!」
コーヒーを味噌汁でも啜る様な手付きで煽る達真の上官命令。
何ともウザったいが、ここは仕方なく司は不満を呑み込む。
「チッ……意図は分かったとはいえ、俺が素人であることは変わらないのに、よくもまぁそんなに悠長に構えてられるよな。俺がしくじったらあんたらも死ぬんだぞ?」
せめてもの嫌味。
だが、それもこの二人には何の意味も無かった。
「ははッ! それなら心配には及ばねぇぜ?」
「え?」
少しくらい肝を冷やせと思い言い放った事実を達真はあっさり鼻で笑って受け流す。
今一度振り返ると、やはりその表情には何一つ憂いの様なモノはなく、良善もリラックスしてコーヒーの香りを楽しむ余裕を見せていた。
「フフッ……司? 別に君を馬鹿にしている訳では無いのだが、生憎君がどんなに突飛なことをしようが、今の君如きが起こせる事象程度では先輩と私は死にはしないよ」
「…………ッ!」
目を細めほくそ笑む良善の表情に司は背筋にゾッと悪寒が走る。
それはつまり、今ここで司に魔が差して突然この機体を墜落させたとしても、達真と良善は何かしらの因果で死なずに済むということか?
(存在としての格の違いってことか? エグいくらい自分の命に自信がおありで……)
明らかな見下し。
だが、残念ながら怒る気にはなれない。
それほどまでに、達真と良善からは〝今の自分が何をした所で殺せない〟という気がしてならなかった。
「あぁ、だが……私達二人以外は流石に危ういと思うからその辺はしっかり自覚したまえよ? 知能の足りない走り屋気取りが単独事故を起こすのは勝手だが、今この艦に大勢の同乗者がいる。安全運転こそ最上であることを忘れない様にね」
「……分かりました」
あの二人の感覚に付き合っていてはこちらの身が持たない。
割り切った司は正面を向き、訓練と実働を兼ねた〝ルシファー〟の操縦に集中する。
闇空に溶け、地上の現代人達には認知されずに空を飛ぶ〝ルシファー〟
そして、白服達の操作により宙を泳ぐ鉄の鯨は、その鼻先から光の粒子を全身に広げ、時間という概念の境界線を超え、ここではない別の世界へと転移して行った…………。
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