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Scene4 勤勉なる悪党見習い
scene4-6 腐れ正道 後編
しおりを挟む普段なかなか足を運ばないが、市外へ出るなら唯一の選択肢である町を横断にする新幹線の駅。
各駅停車が辛うじて停まるが、噂では近々閉駅されるのではないかとのこと。
それもあながち間違いではないだろうなと思わせる経年劣化が著しい構内の待合室で、凪梨美紗都は触ると粉が手に付くボロボロの椅子にハンカチを敷いて端の部分にちょこんと座り、ペットボトルの紅茶を傾けつつ人も疎な周囲を見渡し時間を潰していた。
「ふぅ……栄枯盛衰だね」
玄人振ってアンニュイに呟く。
昔はこの駅を中心に色々と栄えていたのに、今は遊ぶところを探すのも一苦労。
それでいてなおこの町で最も見るところが多い方なので、いずれは町全体が廃れ果て人もいなくなるのだろう。
「まぁ、仕方ないけどさ……都会ってそんなにいいかな? 窮屈そうで息が詰まりそうなイメージだけど」
ネイビーシャツワンピースに黒スポーツサンダル。
きっとシティーボーイにかぶれた幼馴染に馬鹿にされたくなくて、手持ちで精一杯合わせたコーデで待つ美紗都。
すると駅全体が不安になるくらいに揺れて、頭上のホームに車両が止まったと思われる。
採算が取れているがあやしいたった数人の乗客が目の前を通り過ぎ、最後に懐かしい顔が美紗都を見つけて手を振り近付いて来る。
「おっす、美紗都……久しぶり」
「おひさ……って、へぇ~~♪ なんか大分都会人してるじゃん! バカズナのくせに生意気~~♪」
こっちにいた時はとりあえずシャツとジーパンだった幼馴染は、こなれたニットベストを取り入れワンポイントにシルバーアクセサリーを合わせた垢抜けた感じに仕上がっていて少々驚いた。
「あはは……うるせぇよ。そ、それより……ホント、久し振りだよな。元気してた?」
「うん、まぁ特に代わり映えも無いわね。それよりあんた……帰省の割に荷物それだけ? もしかして今日の内に帰るの?」
首を傾げて疑問符を浮かべる美紗都。
確かに和成の手荷物は小さなショルダーバックが一つだけ。
さらにそのバックもさほど中身が詰まっている様子も無い。
「え? あ! あぁ……うん、実はその……バ、バイトさ、忙しくて! 本当は今日帰るのも微妙だったんだけど、たまには母さんに顔見せておかないとって思って……終電で帰る予定なんだ」
「あ……そ、そうなんだ」
思わず声のトーンが下がる美紗都。
二日三日泊まるだろうと思い、何ならウチでご飯でもと思っていたが、この様子では数時間ほどしか一緒には居られなさそうだ。
「…………」
「み、美紗都?」
「あッ! ご、ごめん何でもない! というか、たとえ日帰りでもお土産の一つや二つ買って来なさいよ? あんたそういうとこ、本当に昔から変わらないわよね?」
「え? あ、あぁ……そうだな。あははッ、やっちまった……あはは!」
「「…………」」
上手く会話が続かない。
お互いがお互いに内心〝ただの幼馴染との再会〟という軽いノリではないせいで、なんだか酷くぎこちない空気になってしまう。
(ホント変わったな……和成。髪型とかもなんか洒落てるし……昔は新見さんとこで「とりあえず梳いて!」とかだったのに……あはは、これはきっと……彼女とか出来てるな)
自分に問う……何を期待していた?
こんな田舎でゆっくり埋もれていた自分に、久し振りに会った幼馴染が昔とは違う感情で接して来ることでも夢見ていたのか?
手が届きそうな距離で何となく感じる壁。
きっと彼はもっと毎日に刺激がある若者らしい溌剌とした日々を過ごしていて、今更自分が近付く余地は無いだろう。
(ははッ……私、馬鹿だな)
なんだか浮かれていた気持ちがストンと地面に付く。
しかし、それでも久し振りの気心知れた仲との再会だ。
少しくらい、楽しい思い出を作らせて貰おうと美紗都は気持ちを切り替える。
「あ、あのさ! とりあえずどっか行こうか! 今日帰るんなら早めに家へ帰らないとでしょ?」
「え? あ、うん……そ、そうなんだけど、あの……じ、実はさ、ちょっと行きたい所あんだけど、いい?」
「え? どこよ? あ、言っとくけど昔学校帰りにみんなでよく行ってたボーリング場なら潰れたわよ?」
「あ、いや……そういうのじゃなくて、えっとさ、お前んとこの神社……行きたくてさ。ほら、昔よく遊んだじゃん? なんか、ちょっとそういう思い出に触れたい気分で……」
「…………」
美紗都は感じ取った……和成は嘘を付いている。
それが何なのかまでは流石に分からないが、言いにくいことを隠しているは明らかだった。
「……うん、いいよ。行こっか」
不自然にどもる和成に穿った質問するのではなく、美紗都は優しく笑みを浮かべ、二人は揃って歩き出した…………。
駅を出た二人は、そのままバスに乗り込み凪神社へと向かう。
取り立てて名所がある町でもないので、停留所の一覧にはしっかり〝凪神社〟とあり、バス一本時間にして二十分少々の道のり。
ただ、そんな車中で明るく話し掛ける美紗都に冷たい視線がバスの最後尾席から送られていた。
「こちら、千紗……標的は依然ペチャクチャとお喋り中。見ててすっごく鬱陶しい。和兄ぃが困ってるのにも気付かないKYだよ」
一般人に扮し、さり気なく便乗して和成の後に続く千紗。
下ろした髪で隠したインカムで通信をするのは、すでに凪神社の周囲に広がる森の中で待機している七緒達だった。
『了解……あと、必要無い情報はいらないわよ。それとあなた今不機嫌な顔しているでしょ? 怪しまれるからやめなさい』
通信越しにやんわりたしなめられる千紗。
しかし、本人は依然納得出来ていなかった。
「ねぇ……本当に一瞬で殺しちゃうの? №Ⅱの起源体だよ? 千紗はもっと後悔とか反省とかさせた方がいいと思う……奏姉ぇも真弥姉ぇも全然納得してなかったじゃん」
『だからあなたに尾行役をお願いしたのよ。私だって別に納得している訳じゃない。でも、あの絵里さんが「苦しませるな」って言うくらいだから何らかの意味があるのよ』
「でも、絵里隊長……滅茶苦茶怒ってたじゃん」
『それは別の理由よ……』
七緒の酷く疲れた声。
そして、その背後から「くそがッ!」という怒り狂った声と固い何かを殴り付ける音、さらには奏と真弥が宥める様な声が聞こえて千紗はブルルッと身震いする。
ルーラーズ・ビルからの撤退。
その件に関して〝ロータス〟本部からのお叱りを受けた第二十八小隊の四人は、精神的に随分とやられていた。
――刺し違えても殺すべきだった。
――敵を前に尻尾を巻いて逃げるなど我々の正義に傷が付いた。
自分達の失態はまるで無かった様に振る舞い、あくまでも威力偵察だったのだから撤収しても何の問題も無いはずなのに〝会敵したなら殺せよ〟という実に安直で浅考な叱責。
千紗はその剣幕に気圧され、奏と真弥は不満げながらも半ば同意。
そして、隊長である七緒は流石に今回の件で上層部の程度の低さを実感し、表向きは反省の意を示したが、内心は深く自分達の上に失望していた。
加えてそれをさらに助長したのが「監督不行き届きだった」というこじ付けで責任者である大隊長の絵里に下された罰則。元々〝ロータス〟上層部に対する敬意に欠ける態度で目を付けられていたこともあり、絵里には半年間の戦闘不許可命令が下され、復旧したシステムで彼女の〝Arm's〟にはロックが掛けられてしまったのだ。
『これはもう単なる憂さ晴らしよね……実績があるせいで下手に降格も出来ないから、その性格に一番効く手段を取ったんでしょ。冗談じゃないわ……全く』
七緒の声にも苛立ちが滲む。
一応、良善と取引をして手に入れた〝D・E〟に覚醒した司の血液を提出したことで上層部は急に機嫌を直して小隊そのものには寛大な心で処罰は下さないと言ってたが、そこからの呆れたこじ付けで絵里への流れ球。
隊長として四人のために甘んじてそれを受け入れた絵里だったが、通信が終わると同時に激怒した彼女は予定通り起源体№Ⅱ――凪梨美紗都の処分を無報告で決行すると部下である七緒達に発令して今に至るのである。
「なんだかバタバタだよ……大丈夫なのかな?」
『はぁ、のんびり屋さんのあなたにそれを言わせるとはいよいよね……。でも、この作戦で〝博士〟を消すことが出来れば一気に形勢はこちらへ傾く。御縁司討伐も格段にやりやすくなるはずだわ』
「うん……あ、もうすぐ神社に着く。予定通りに動くね?」
『えぇ、お願い。今回の私達はあくまでサポートだけど、しっかりとね?』
「了解」
バスの車内に次の停留所の名前がアナウンスされ、美紗都が降車ボタンを押す。
そして、緑豊かな田園地帯と山に挟まれた神社の前でバスは止まり、珍しい若い女性運転手の横を抜けて美紗都と和成は下車。
そして、再び走り出したバスは降りた二人が木でトンネルが出来た石階段を登り始めたのを確認したところで再び停止して車内に一瞬光が瞬いたあと、道の真ん中に乗り捨てられた様に無人で放置されていた…………。
「ハァ……ハァ……こ、この階段……こんなに、キツかった……け?」
「あんたが鈍っただけよ。だらしないわね……これだから都会の軟弱者は~~♪」
石階段の中程で膝に手を付いて息を荒げる和成と数十段上で汗一つ掻いてない美紗都。
よくある都会者と田舎者もマウントの取り合いだったが、数年前は和成も平気でこの階段を登っていたのだから、鈍ったという指摘はぐうの音も出ない正論だった。
「ちょっと休む?」
軽やかな足で和成の元まで降りて来た美紗都がバスに乗る前に買い足した水のペットボトルを差し出す。
それを受け取った和成は石段に座りそれをあおり、美紗都もその横に腰を下ろす。
蒸し暑い夏の気温も左右に広がる雑木林により日差しは遮られて幾分かマシだ。
「ねぇ、和成? あんた……私に隠し事してるでしょ?」
「――ぶふッ!? え、えぇッ!?」
「あははッ! やっぱりね……バレてないと思った? 何年幼馴染してると思ってんのよ?」
飲んでいた水を噴き出し慌てふためく和成。
予想通りの反応にニヤリと笑みを見せる美紗都だったが、和成がすぐに視線を逸らしてしまったのでその内容は相当重いモノなのだろうと察し直して真面目な顔になる。
「ねぇ、和成? 何か悩んでるんでしょ? 水臭いじゃん。私とあんたの仲なんだし、相談してよ? 私で力になれるかは分かんないけど、何か出来ることがあるなら力を貸すよ? 私、あんたの力になってあげたい」
ちょっと切り込んだ言葉に恥ずかしくなって伸ばした足をパタパタと上下させてその爪先を見る美紗都。対する和成は手にした水のボトルが震えていて、それを横目で見た美紗都は彼が切り出すのを静かに待った。
「……お前、ホント昔のまんまな? 誰とでも打ち解けて、その人が悩んでたら親身になって……羨ましいくらいブレてない」
「フフッ、神社の娘舐めんなよ? いつでも神様が見てると思えば自分で決めたことを変えたりなんてしないの。私は自分の出来る限りは誰かの助けになりたいし、誰かの支えになってあげたいって思って……あッ! あぁッ!! ちょ、今のはクサい! 何真顔で言っちゃってんだろ私ッ!? 超恥ずぅ~~ッ!!」
顔を両手で覆い首を振る美紗都。
だが、しばらくしてその手を退かした美紗都の顔は、少し頬が赤くなっていながらも真摯に真っすぐ和成を見た。
「ねぇ、和成……言ってみなよ? 向こうでなんかあったんでしょ?」
「…………」
ボトルを握り俯く和成。
言ってくれるだろうか? 遠慮などせず頼ってくれるだろうか?
自分が彼にとって「力を貸して欲しい」と弱音を吐ける存在であればいいなと思いつつ、もうこれ以上自分からは何も言うまいと美紗都は膝を抱えて和成の言葉を待った。
「…………ごめん、美紗都。僕も本当は嫌だったんだ」
風に吹かれる葉が擦れる音に紛れた謝罪の声。
「……え?」
予想外の言葉に思わず吐息の様な声が漏れる美紗都。
だが、次の瞬間二人が座る石段の数十段上……丁度和成の元まで降りて来る前に美紗都がいたぐらいの場所に隣の林から飛び出した人影が現れ、その手に握られた弓から光の弦が引かれる。
そして、番えられた矢がその先端を瞬時に美紗都のうなじへと定められて放たれる。
耳に届いた石段を擦る音。
それに導かれる様に背後へ振り返る美紗都。
だが、放たれた矢は彼女が振り向き切るよりも先に、その首を貫き一瞬で命を……。
――バキィィンッッ!!
「なッ!?」
美紗都の首を貫通するはずだった矢は、その軌線に割り込んで来た一握りの拳に殴り砕かれてガラスが割れる様な音を立てながら、パラパラと石段に散らばり落ちる。
「……君、凄くいい子だね。君みたいな子がこんな奴らの為に殺されるのは……絶対違うと思う」
ポカンとする美紗都と唖然として腰が浮く和成。
そんな二人の視線の先には、卸したてのスーツを程よく着崩した一人の青年が立ち、血色の瞳を光らせて二人を見下ろしていた…………。
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