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Scene3 利害の一致
scene3-8 会敵〝真打〟と…… 後編
しおりを挟む「だ、だめよ真弥ちゃん! いくらナノマシンの細胞治癒でも血が流れ過ぎてる! 無茶したら本当に死んじゃうわッ!!」
「ハァ……ハァ……て、敵の……前で、キャアキャア喚くんじゃないわよ……みっともない。あ、の……うぐッ! 腐れ外道……私をブツ斬りに出来たのに、て……手加減した」
悪党の情けなど悍ましいだけ。
しかし、再形成して構えた長刀はさっきまでの美しい直線ではなく刀身が所々歪んでおり、出血は止まったもののその顔色は明らかに青白くて体内に血が足りていないのが明白だった。
ただ、そんな立っているのが不思議なくらいの有様である真弥を見る紗々羅の反応は……。
「……ふぁぁ♡」
気を抜けば口端から唾液が垂れてしまいそうなほどのトロけた顔で頬に手を当て悶え震え上がっていた。
「あ、あなた……いいッ♡ 確かに手加減はしたけど、いくらデーヴァでもこんなすぐに立ち上がれるとは思ってなかったわよ!? 最高じゃないッ! 私、斬っても斬っても立ち上がれる人、大好きなのッッ♡♡ あぁ勿体ない! あなたが男なら私お嫁さんになって毎日切り刻んであげたのにぃ~~ッッ♡♡」
太刀を抱き締めピョンピョンとはしゃぎ跳ねる紗々羅。
【人斬家】などと呼ばれているのも納得な分かりやすいほどの狂人。
彼女にとってその白木の太刀で肉を切り骨を断つ行為は、もはや単なる感情表現の一つでしかないのかもしれない。
「奏、千紗……真弥を連れて撤退しなさい。私が時間を稼ぐ」
「ちょ、まだやれるって言って――うぐッ!?」
許可したのは一回だけ、もうこれ以上は看過出来ない。
意地を張って駄々を捏ねる前に治ったばかりの脇腹を殴り真弥を失神させた七緒は、前へと歩み出て片腕を一振り。
するとその手には先端が鍵爪状をしてその両端に鳥の羽を思わせる装飾が施されたロッドが握られていた。
「な、七緒さん……?」
「七姉ぇ……」
「ん? 何よあんた……戦れるの? どちらかと言うと後衛タイプっぽく見えるけど?」
恋愛対象にまで見ていた真弥を無理矢理下げさせられ、少々不満げに唇を尖らせる紗々羅。
対する七緒はそんな狂人を鼻で笑ってロッドを構える。
「あら、案外節穴なのかしら? 私はこの子達の〝隊長〟よ? 部下より弱くて上官が務まるとでも?」
あまり似合ってはいない傲慢不遜な物言い。
だが、紗々羅は嫌いでは無かった。
「へぇ……いいわね、その生意気な顔。あんたも少し刻んであげる♪」
スルリと伸ばした片足で床に半円を描き腰を落とす紗々羅。
人を斬りたくて斬りたくて仕方ない感が常に剥き出しなのにその所作は何故か一貫して美しい。
そして、向かい合う第二戦。
今度はさほど間を置かず紗々羅の方から斬り掛かった。
しかし……。
「ふッッ!!」
「――くッ!?」
上段から振り下ろそうとした紗々羅の太刀がその頭の上を越えるよりも先に飛び掛かった七緒のロッドの柄で防がれる。
「ん? しぃッッ!!」
「うぐッ!? くッ!!」
七緒が上を倒立する様に越え、紗々羅が下を上体反らしで滑り立ち位置を入れ替える。
そこから紗々羅は素早く反転して、その振り向きざまに今度は切り上げを放つが七緒は空中で身体を捻りその刃の軌道をギリギリで躱して着地。
太刀を振り上げたことで胴をガラ空きにしてしまった紗々羅は咄嗟に横へ飛んで体勢を立て直そうとするが、七緒も同時に横へ飛び体勢優位の鍔迫り合いに持ち込む。
「ん、くッ!? へぇ……私より疾い? いや、出だしの挙動からしてどちらかと言うと動きが読まれてる感じかしら? 何らかの能力ね? 確かに黄色い子よりは戦い方が上手だけど……ハッ、しゃらくさいッ!! 女なら正々堂々刻み合いでしょうにッ!!」
「ハァッ! ハァッ! こ、この化けも……――ぐッ!?」
背丈的には明らかに七緒の方が優位な押し合いに持ち込めかけていたはずなのに、紗々羅は強引に力で押し返して七緒を太刀で薙ぎ払う。
「くッ! あ、ぐぅッ!? ハァッ! ハァッ! ハァッ!」
「な、七緒さんッ!!」
追撃を避けるためには大きく飛び退いて間合いを取り直すが、一瞬の切り結びでごっそりと体力を削られたせいで足がもつれる七緒。
そこに気を失った真弥を千紗に任せた奏が七緒の前に出て戦闘棒を構え牽制する。
「大丈夫ですか、七緒さん!?」
「ハァ……ハァ……え、えぇ……あの女、やはり尋常じゃない。千紗と殆ど変わらない骨格なのに、筋細胞の熱量が異常だし、反応速度も桁外れ……生き物として身体が矛盾してる」
〝熱〟を視認する能力で紗々羅の身体の動きを先読みしていた七緒。
それは実際効果的で明らかに真弥の時より戦えてはいたのだが、一撃の威力がまるで自分の倍はあろうかという巨漢と戦っている様に感じられて見た目の差異が酷く混乱する。
しかもそれでいながら身のこなしはその小さく細い身体に相応して俊敏かつ柔軟。
今の攻防はどうにか凌いだが次も凌ぎ切れるかは全く読めず、残念ながら気持ち的には撃ち負ける方が可能性は高いと感じてしまう。
「奏……次の動き出しでもう千紗とすぐにこの建物を出なさい。この手応えでは時間を稼ぐと言っても十秒に届くかどうかよ。威力偵察としてはもう十分、たかが小隊規模の奇襲に№Ⅲが出張るくらいの戦力不足。この情報だけでも持ち帰ればあとは大隊長が何とかしてくれるわ」
「そ、そんな……でも!」
死を覚悟する七緒に即答出来ない奏。
そんな会話を耳にして粘着く様な笑みで「じゃあ十秒以内に斬っちゃお♪」とまた腰を落とす紗々羅。
千紗は真弥を抱え、どうすればいいのか七緒と奏を交互に見ている。
するとそこにこの死体が一つ出来るか否かの緊迫感に水を差す緩い声が横槍を入れて来た。
「おや、随分と楽しそうにやっているね……紗々羅嬢」
廊下の先から卸したての様なシワ一つ無いコートの裾とストールをなびかせて歩いて来る男。
その場の空気を入れ替える様にいきなり全員の視線を集めたのは、随分と機嫌の良さそうな良善だった。
「あら、どうしたんですか? てっきりまだ庵でお茶でも飲んでいるかと思ってましたけど……」
「ははッ、いや何……ちょっと愉快な出来事があってね。お邪魔しに来てしまった。済まないが……刀を仕舞え紗々羅」
その場の空気が明らかに数℃下がった。
それくらい有無を言わせぬ言葉の圧に、さっきまで盛大にこの場を楽しんでいた紗々羅は一瞬目を見開くとすぐに腰を上げて刀を仕舞い、不満げに頬を膨らませる。
「もぉ……いいところだったのにぃ」
「ははッ、すまな…………おや?」
紗々羅の肩をポンポンと叩き労う良善がふとあるモノに気付き顔を向ける。
その視線の先は、№Ⅲだけでも死を覚悟していたのにここに来て№Ⅱまでと冷や汗を掻く少女達……ではなく、廊下の端で殆ど死体と大差無い有様になっていた雅人を見ていた。
「……おい、どうした雅人。早く傷を治さないと失血多量で死ぬぞ?」
歩み寄る良善。
だが、一応気遣いの声掛けではあるものの別に手を差し伸べる気はないらしく、傍らに立ちまだ辛うじて息をしている雅人を見下ろす。
「あ、兄貴ぃ……助け、てぇ……」
笛の音の様な掠れた息で良善を見上げる雅人。
紗々羅の剣線上に立ってしまい切り飛ばされた両腕切断面は、グチュグチュと血が泡立ち皮膚が傷口を塞ごうとはしているがそれでも間に合わず、今なお出血が続いていた。
「え? あれッ!? ちょ、雅人君……あなた、まさか……」
自分でやっておきながら今更雅人の状態に気付いた様に目を見開く紗々羅。
ただ、その表情は雅人を瀕死にして放置してしまっていたことに対する焦りというよりは「何でそんな死にかけの状態になっているの?」という驚きの様子が見て取れた。
「……一体どういうことだい? 何を言っている? お前に与えたD・Eなら、その程度の傷はすぐに塞がるし、その気になれば腕も再構築出来るはずなんだが?」
――グチャッ!!
「ぎゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!」
良善の足が雅人の傷口を踏み付ける。
それはあまりに惨たらしく、思わず七緒達も顔をしかめる光景だった。
「雅人……私は君がD・Eの投与後に目覚めてすぐ確かに説明したはずだ。君は命の可能性に更なる余地が生まれたのだと。普通の人間には出来ない拡張性……想像力に基く新たな力の開眼……全てが思うがままだと。なのに君は私が与えた力を何も紐解いていなかったのか? 自分がどんなことが出来る様になったのか……それを試しもせずに毎夜毎夜あの地下で下らぬショーに興じていたのか?」
――グリッ! グジュッ……グググッッ!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁッッ!!! すんませんッ! すんませんッッ!! 次ぃッ! 次からちゃんとしますッ!! ちゃんとこの力を使いこなしますッ!! だ、だから今回だけはぁぁッッ!!!」
「次? 万に一つも無いであろう〝人間を進化させれる私との出会い〟を手に入れておきながら、そのチャンスを有効に活用しようとしなかった君にどうしてまだ次がある? 君があそこにいるデーヴァより無能であろうとも、自己錬磨を続けていればまだ許しようもあっただろうが…………向上心の無い命に価値はない」
「――ひぃッ!?」
中折れ帽子で隠されていた良善の顔。
それを唯一視認出来た床に倒れていた雅人は、恐怖に泣き震え最後の力を振り絞り懺悔を叫ぼうとしたが……。
「あ、兄貴ぃッッ!! 許し――ぐべッッ!?」
――ベキッ! バキバキッッ! ボキボキボキボキボキボキッッッ!!!
人の身体がまるで水を絞った雑巾の様に一瞬で長さ数十cmの捻じれた肉の棒と化してしまい、その肉体の内にあったであろう血肉の全てが濾し出されて床に滴る。
そんな悍ましい液体は、まるで砂鉄が磁石に吸い寄せられる様に良善の足下へ吸い込まれてゆき、ものの数秒で床には一滴の血も残らず、冴木雅人という名前だったカラカラに乾いた肉の棒だけが残っていた。
「はぁ……虚しいね。せっかく提供した物をただただ腐らせていただけとは。全く……彼が居なければしばらく研究室に塞ぎ込んでいたよ」
帽子に手を掛け、顔を上げてニヤリと笑う良善。
顔面蒼白の七緒達に加え、紗々羅ですらおえっと不快げに舌を出して明後日の方を向く狂気の所業からどうしてすぐに顔を笑みに出来るのか。
理解出来ない……理解するべきではない。
こんな男がこの地上に生きていて言い訳がない。
しかし、悔しいが今はこの場からの離脱を第一に考えなくてはならない状況。
七緒はサッと背後の突入口との距離を確認。
視界の端で見た千紗はすでに真弥を抱え直して全力で駆け出す準備は出来ていると頷いた。
あとは奏とタイミングを合わせて……。
――ビチャ……ビチャ……ビチャ……。
「え? な、何?」
七緒達の耳に届くコップから水を床にブチ撒ける様な音。
それはたどたどしく、不規則なリズムにゆっくりと着実に廊下の先のT字路の奥から聞こえて来る。
「おっとぉ~~? これはまさか……」
妙に機嫌のいい良善を見て、最初から嫌な予感はしていた紗々羅は、疑念が確信に変わり引き攣った笑みで振り返ると七緒達と同じ所へ目を向ける。
「フフッ……さぁ、君達の罪との御対面だ。なかなかお目に掛かれない地獄からの生還者。言っておくが気味悪がるのはやめたまえよ? 私は今、彼を心からリスペクトしている」
――ベチャッッ!!
曲がり角の壁に掛かる真っ赤な手。
そこから滴る血の筋は、まるでホラー映画かゾンビゲームの様だが、あまりにも鮮烈なその血の色はそれを〝血〟として見なければ実に美しい赤色をしている。
そして、その壁から姿を出したのは、切り刻まれた真弥よりも肉の棒になる前の雅人よりも全身血みどろになっていた青年――御縁司。
「……やぁ、天沢さん。先週振り」
恐らくカッターシャツを羽織りスラックスを履いていると思うのだが、生地が吸い切れないほど血を含み寒気のする艶を放っている。
「フッ……お? 丁度時間だ。命日にして誕生日……おめでとう、司」
針が真上を差して重なった腕時計に目を落とし皮肉に語り掛ける良善。
その穢れた祝福の言葉に対し、血みどろの司は髪を掻き上げて血で髪を固め、手に溜まった血を払い捨てて笑う。
「かはッ! あぁ、どうもです……バースデーケーキはチョコでお願いします。コーヒーによく合う感じのヤツで……ク、ククッ! あははッ!」
生まれ変わったことで小粋なジョークも言える様になったのか。
それともただ単に壊れたのか。
しかし、それでも司は初めて狼狽えたりどもったりすることなく、真っすぐに顔を上げて多分初恋だった天沢奏を深紅の瞳ではっきりと恨み睨んだ…………。
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