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第二部
第2章〜黒と黄の詩〜⑤
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天竹さんとともに、図書室を出ようとすると、タイミング良く、
「黄瀬くん、葵、お待たせでした!」
と、声をかけられた。
声のした方に顔を向けると、天竹さんの親友であるクラスメートが立っている。
「あっ、紅野さん。ボクたちも、学校を出るところだったんだ」
クラス委員に返事をすると、「そっか、ちょうど良かった」と、応じて、彼女は、
「放課後なのに、ゴメンね……葵が、『黄瀬くんに色々とお話しを聞かせてもらおう』って言うから……」
と、穏やかな笑みを浮かべながら、申し訳なさそうに語る。
「ボクと竜司の話しなんて、語って聞かせるほどの価値があるとは思えないけど……」
吹奏楽部の練習で放課後はいつも忙しい紅野さんの時間の使い方として、自分と友人の思い出話しを聞くことより有効な方法は、いくらでもあるんじゃないのか―――――――?
そんな風に感じながらも、それなりに会話を交わす機会の増えたクラスメートからのリクエスト、ということもあって、ボクは彼女たちの要望に応えることにした。
「場所は、どうしようか? 二人さえ良ければ……ボクたちが使ってる《編集室》なら、周りを気にせずに、落ち着いて話せると思うけど……」
ひと月前に、白草さんが訪ねて来たことで、クラスメート(たとえ女子であっても、だ)を自分たちの拠点に招くことに対する心理的ハードルが下がったボクは、天竹さんと紅野さんに、そう提案をする。
「たしか、黒田くんが一人暮らしをしているマンションのお隣の一室で作業をしてるんですよね? 良いんですか?」
と、天竹さんが聞き返す。同じく、紅野さんも、遠慮がちにたずねてきた。
「黄瀬くんたちが、どんな場所で動画を作ってるのか見てみたい気もするけど……お邪魔しちゃって良いのかな?」
「大丈夫だよ! 二人より、図々しいお客さんをすでにお迎えしたこともあるからね」
転入早々、自分たちの根城に、半分、押しかけるようにしてやって来たクラスメートの顔を思い浮かべつつ、二人に返答したボクは、動画制作の共同作業者となることの多い友人に、LANEのメッセージを送っておくことにする。
==============
天竹さんと紅野さんが、ボクの
話しを聞きたいってことで、
落ち着いて話せる場所として、
編集室に来てもらおうと思う
問題ないよね?
(返信ない場合、了承とみなす)
==============
メッセージを打つ間、ひと月前の転入生とは違い、奥ゆかしい性格の二人は、控えめながらも、
「じゃあ、お邪魔させてもらうね」
「お世話になります」
と、前向きに返答してくれた。
彼女たちの返事を確認したボクは、竜司へのメッセージ送信を終えると、スマホを通学カバンにしまい、
「それじゃ、行こうか?」
と、移動を促してクラスメートの二人とともに、自分たちの活動拠点に向かうことにした。
※
四月に白草さんを招いた時と同じく、コンビニでドリンクや焼き菓子を調達したボクたちは、《編集室》のあるマンションを目指す。
ボクの少し後ろを歩く二人に、振り向きながら、
「わざわざ、こっちの方まで来てもらって申し訳ないんだけど……ホントに、ボクらの子供の頃の話しなんかでイイの? ボクは、佐倉さんや竜司みたいに楽しい話しができるワケじゃないけど、動画撮影や編集のことなら、少しは面白い話しが……」
そう語りかけると、
「私は、小学生の男の子の交友関係に興味があるので……文芸部で書いている小説の参考にさせてもらいます」
「私も、黄瀬くんや黒田くんが、どんな小学生だったのか興味あるな」
と、それぞれの答えが返ってきた。
「ふ~ん……聞いてもらって、楽しんでもらえるネタがあれば良いけど……」
そんなことを話しながら、交差点の信号を渡り、竜司の母親である司さんが経営するショップの向こう側、目的地である編集室が入居するマンションのエントランスから、ボクたち三人と同じ芦宮高校の制服を着た生徒が、スマホを片手に出てくるのが見えた。
「あれ…? もしかして……」
「白草さん……?」
ボクと紅野さんが声をあげると同時に、十メートルほど先にいた彼女も、ボクたちに気づいたようで、
「あっ、黄瀬クン! それに、紅野サンと天竹サンも……」
と、言いながら手を振って、こちらに駆けてくる。
「どうしたの? こんなところで……竜司に用でもあるの?」
「それだけじゃないんだけど……クロ……黒田クンのマンションの近くに来たから、ちょっと、寄ってみようと思って……」
「そうなんだ……ボクたちより先に学校を出たはずだけど……竜司は、まだ帰って来てないのかな?」
「う~ん、いまは彼の部屋には居ないみたい……それより――――――」
白草さんは、そう言ったあと、こんなことをたずねてきた。
「黄瀬クンは、誰かと違って、女子を部屋に連れ込むタイプではないと思うんだけど……紅野サンと天竹サンとは、部活か、わたしたちのクラスのお仕事の話し合いでもあるの?」
「いや、え~と……」
いつものように会話の主導権を握ることに長けたクラスメートの質問に、答えを言い淀んでいると、
「私たち、今日は部活を早めに終わることができたから、これから、動画編集に使っているお部屋で、黄瀬くんと黒田くんの子どものころのお話しを聞かせてもらうことになったんだ」
隣から、コミュニケーション能力に長けた紅野さんが、助け舟を出してくれた。
すると、クラス委員の返答を聞いたとたん、白草さんは、パッと明るい表情になり、彼女らしく、厚かまし……いや、積極性あふれる態度で、こんなことを申し出てくる。
「えっ!? 黒田クンと黄瀬クンの子ども時代の話し!? なにそれ、わたしも聞きたい!」
「「えぇっ……!?」」
思わず、ボクと天竹さんの声が重なった。
自分と同じく、クラス内でも一部の生徒としかコミュニケーションを取らないタイプの文芸部部長は、露骨に顔をしかめる。
しかし、友人の気持ちを知ってか知らずか、クラス委員の紅野さんは、
「私は、黄瀬くんさえ良ければ、別に構わないと思うんだけど、どうかな――――――?」
と、ボクに決断を委ねてきた。
「あっ、え~~~と……」
感動詞をなるべく長く使いながら、さまざまな可能性を考慮したボクは、一瞬、
(天竹さんと紅野さんだけならともかく、白草さんまで一緒に居るのは、正直、勘弁ねがいたい……)
と、考えたのだが……。
しかし、ここで断ると、執着心の強い彼女に、『紅野さんたちに話したこと、わたしも聞きたいな~』と、いつまでも粘着され続けるのは確定的に明らかだ、と思い直し、
「わかった……紅野さんと天竹さんが良ければ、ボクは別にイイよ。あと、コンビニで買ったドリンクもあるから……ボクの買ったので良ければ、それを飲んで」
と、クラス委員の提案に同調した。
ボクの返事を聞くと、「ね、葵も良いよね?」と、紅野さんは友人にも意思確認を行う。
「うん……わかった」
天竹さんの言葉は、ボク以上に、不承不承という感じは明らかだったが、三人の了承を得たことに気を良くしたのだろう、弾むような声で、
「みんな、ありがとう! じゃあ、さっそく、黄瀬クンたちの《編集室》に行きましょ!」
と、先導する。
本来、予定されていた参加者ではないにも関わらず、この仕切りっぷり――――――。
(ホント、そういうトコロだぞ……白草さん……)
と、ため息をつきつつ、この日の会合の企画者を横目で見て、
(ホントに、ゴメン――――――天竹さん……)
と、心のなかで謝りながら、ボクは、編集室に女子三名を案内することになった。
「黄瀬くん、葵、お待たせでした!」
と、声をかけられた。
声のした方に顔を向けると、天竹さんの親友であるクラスメートが立っている。
「あっ、紅野さん。ボクたちも、学校を出るところだったんだ」
クラス委員に返事をすると、「そっか、ちょうど良かった」と、応じて、彼女は、
「放課後なのに、ゴメンね……葵が、『黄瀬くんに色々とお話しを聞かせてもらおう』って言うから……」
と、穏やかな笑みを浮かべながら、申し訳なさそうに語る。
「ボクと竜司の話しなんて、語って聞かせるほどの価値があるとは思えないけど……」
吹奏楽部の練習で放課後はいつも忙しい紅野さんの時間の使い方として、自分と友人の思い出話しを聞くことより有効な方法は、いくらでもあるんじゃないのか―――――――?
そんな風に感じながらも、それなりに会話を交わす機会の増えたクラスメートからのリクエスト、ということもあって、ボクは彼女たちの要望に応えることにした。
「場所は、どうしようか? 二人さえ良ければ……ボクたちが使ってる《編集室》なら、周りを気にせずに、落ち着いて話せると思うけど……」
ひと月前に、白草さんが訪ねて来たことで、クラスメート(たとえ女子であっても、だ)を自分たちの拠点に招くことに対する心理的ハードルが下がったボクは、天竹さんと紅野さんに、そう提案をする。
「たしか、黒田くんが一人暮らしをしているマンションのお隣の一室で作業をしてるんですよね? 良いんですか?」
と、天竹さんが聞き返す。同じく、紅野さんも、遠慮がちにたずねてきた。
「黄瀬くんたちが、どんな場所で動画を作ってるのか見てみたい気もするけど……お邪魔しちゃって良いのかな?」
「大丈夫だよ! 二人より、図々しいお客さんをすでにお迎えしたこともあるからね」
転入早々、自分たちの根城に、半分、押しかけるようにしてやって来たクラスメートの顔を思い浮かべつつ、二人に返答したボクは、動画制作の共同作業者となることの多い友人に、LANEのメッセージを送っておくことにする。
==============
天竹さんと紅野さんが、ボクの
話しを聞きたいってことで、
落ち着いて話せる場所として、
編集室に来てもらおうと思う
問題ないよね?
(返信ない場合、了承とみなす)
==============
メッセージを打つ間、ひと月前の転入生とは違い、奥ゆかしい性格の二人は、控えめながらも、
「じゃあ、お邪魔させてもらうね」
「お世話になります」
と、前向きに返答してくれた。
彼女たちの返事を確認したボクは、竜司へのメッセージ送信を終えると、スマホを通学カバンにしまい、
「それじゃ、行こうか?」
と、移動を促してクラスメートの二人とともに、自分たちの活動拠点に向かうことにした。
※
四月に白草さんを招いた時と同じく、コンビニでドリンクや焼き菓子を調達したボクたちは、《編集室》のあるマンションを目指す。
ボクの少し後ろを歩く二人に、振り向きながら、
「わざわざ、こっちの方まで来てもらって申し訳ないんだけど……ホントに、ボクらの子供の頃の話しなんかでイイの? ボクは、佐倉さんや竜司みたいに楽しい話しができるワケじゃないけど、動画撮影や編集のことなら、少しは面白い話しが……」
そう語りかけると、
「私は、小学生の男の子の交友関係に興味があるので……文芸部で書いている小説の参考にさせてもらいます」
「私も、黄瀬くんや黒田くんが、どんな小学生だったのか興味あるな」
と、それぞれの答えが返ってきた。
「ふ~ん……聞いてもらって、楽しんでもらえるネタがあれば良いけど……」
そんなことを話しながら、交差点の信号を渡り、竜司の母親である司さんが経営するショップの向こう側、目的地である編集室が入居するマンションのエントランスから、ボクたち三人と同じ芦宮高校の制服を着た生徒が、スマホを片手に出てくるのが見えた。
「あれ…? もしかして……」
「白草さん……?」
ボクと紅野さんが声をあげると同時に、十メートルほど先にいた彼女も、ボクたちに気づいたようで、
「あっ、黄瀬クン! それに、紅野サンと天竹サンも……」
と、言いながら手を振って、こちらに駆けてくる。
「どうしたの? こんなところで……竜司に用でもあるの?」
「それだけじゃないんだけど……クロ……黒田クンのマンションの近くに来たから、ちょっと、寄ってみようと思って……」
「そうなんだ……ボクたちより先に学校を出たはずだけど……竜司は、まだ帰って来てないのかな?」
「う~ん、いまは彼の部屋には居ないみたい……それより――――――」
白草さんは、そう言ったあと、こんなことをたずねてきた。
「黄瀬クンは、誰かと違って、女子を部屋に連れ込むタイプではないと思うんだけど……紅野サンと天竹サンとは、部活か、わたしたちのクラスのお仕事の話し合いでもあるの?」
「いや、え~と……」
いつものように会話の主導権を握ることに長けたクラスメートの質問に、答えを言い淀んでいると、
「私たち、今日は部活を早めに終わることができたから、これから、動画編集に使っているお部屋で、黄瀬くんと黒田くんの子どものころのお話しを聞かせてもらうことになったんだ」
隣から、コミュニケーション能力に長けた紅野さんが、助け舟を出してくれた。
すると、クラス委員の返答を聞いたとたん、白草さんは、パッと明るい表情になり、彼女らしく、厚かまし……いや、積極性あふれる態度で、こんなことを申し出てくる。
「えっ!? 黒田クンと黄瀬クンの子ども時代の話し!? なにそれ、わたしも聞きたい!」
「「えぇっ……!?」」
思わず、ボクと天竹さんの声が重なった。
自分と同じく、クラス内でも一部の生徒としかコミュニケーションを取らないタイプの文芸部部長は、露骨に顔をしかめる。
しかし、友人の気持ちを知ってか知らずか、クラス委員の紅野さんは、
「私は、黄瀬くんさえ良ければ、別に構わないと思うんだけど、どうかな――――――?」
と、ボクに決断を委ねてきた。
「あっ、え~~~と……」
感動詞をなるべく長く使いながら、さまざまな可能性を考慮したボクは、一瞬、
(天竹さんと紅野さんだけならともかく、白草さんまで一緒に居るのは、正直、勘弁ねがいたい……)
と、考えたのだが……。
しかし、ここで断ると、執着心の強い彼女に、『紅野さんたちに話したこと、わたしも聞きたいな~』と、いつまでも粘着され続けるのは確定的に明らかだ、と思い直し、
「わかった……紅野さんと天竹さんが良ければ、ボクは別にイイよ。あと、コンビニで買ったドリンクもあるから……ボクの買ったので良ければ、それを飲んで」
と、クラス委員の提案に同調した。
ボクの返事を聞くと、「ね、葵も良いよね?」と、紅野さんは友人にも意思確認を行う。
「うん……わかった」
天竹さんの言葉は、ボク以上に、不承不承という感じは明らかだったが、三人の了承を得たことに気を良くしたのだろう、弾むような声で、
「みんな、ありがとう! じゃあ、さっそく、黄瀬クンたちの《編集室》に行きましょ!」
と、先導する。
本来、予定されていた参加者ではないにも関わらず、この仕切りっぷり――――――。
(ホント、そういうトコロだぞ……白草さん……)
と、ため息をつきつつ、この日の会合の企画者を横目で見て、
(ホントに、ゴメン――――――天竹さん……)
と、心のなかで謝りながら、ボクは、編集室に女子三名を案内することになった。
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